第98話 隠れ聖女と夢魔教師~その4
《ギャレン視点》
今、目の前で戦っている少女は強い。精錬された動き、高い魔法技術、剣術もこの歳の女性騎士とは思えない程早く、おまけに聖女。
一体天は彼女に何物を与えたのだろうか?
だが、それでも俺が負ける未来は見えない。相手の攻撃に対し、ガミジンと融合した俺はパワーもスピードも桁違いに上がっている。おまけに魔法の使用練度も上がった。負ける道理はない。
「ふんっ」
「くっ....!!」
リーチで見れば拳と剣では流石に負けるが、それでも手数の多さでそれをカバーする。凄まじいラッシュは徐々にライラを下がらせていった。
「なんだ、そんなものか?先程立てた作戦はどうした?」
そんなものあるかどうかも分からないが、ハッタリをかましてみる余裕はある。相手が何か策があるのなら、それを引きずり出して潰せば確実な勝機となろう。
ラッシュの最中、変則的なカーブを加えて相手の防御をすり抜ける。そのまま拳が体を直撃....するとと思った瞬間にゾクリと嫌な予感がした。咄嗟に拳を引き戻しバックステップで距離を取る。
すると、先程拳が当たるはずだった場所には短剣サイズの簡易聖剣が生成されており、あのまま行けばガントレットごと拳に刺さっていただろう。
「危ねえことしやがる」
「残念です。当たると思ったのですが」
相手との力量差は圧倒的。おまけに夢郷操作の権限がこちらにある以上、その差は更に広がっていると言っても過言じゃない。
だからこそ彼女は小細工でその差を埋めている。身体的な差を技量と能力で埋めているのだ。正直な所厄介極まりない。
だが、俺にだって負けられない理由がある。
そう思い、胸からぶら下がっているペンダントを服の上から握った。
(カレン....お前ともう一度話すまで、俺は負けるわけには行かない)
覚悟のこもった目で俺は目の前にいる少女を見た。
***
《ライラ視点》
幾度も続く攻防は止まることなく、そしてジリジリと私は後ろに下がっていく。
いくら策と能力で上手いことカバーができても、そもそもの身体的能力差が圧倒的だ。私の攻撃では削り切ることは難しい。
(唯一相手に有利な点は聖属性魔法が使えること....魔族と融合した今のギャレン先生なら、私の聖属性魔法がかなり効くはず!)
だからこそ攻防を繰り返しながらそのチャンスを伺った。既に展開された新たな夢郷空間は真っ白な場所。先程の教室のように仕掛けることが出来ない以上、確実に相手に当てることを考えなければならない。
ギャレンのラッシュの最中、あえて私は外側から飛んできた拳を剣で受ける。その瞬間、がら空きになった反対側に案の定拳が飛んできた。
(来た!ここだ!)
拳が迫りくる中、私はバレないよう短剣サイズの簡易聖剣を作成し、拳の軌道上に置く。
だが、ギャレンも何かを察知したのかサッと拳を引っ込めてバックステップで距離をとった。
「危ねえことしやがる」
「残念です。当たると思ったのですが」
聖剣によるトラップはうまく行かなかったものの、これで確実にはっきりしたことがある。やはりガミジンと融合したギャレンは魔族と同等の扱いになっている。
聖属性魔法やそれに準ずるものに過剰に反応しているのがその証拠だ。
「魔族と共謀するなんて人間を捨てたんですか?」
「俺は俺の願いを、夢を叶える為なら悪魔にだって命を売る。手段は選ばない」
「娘の蘇生....ですか。でも、魔族に堕ちたあなたを娘さんが見たらどんな反応をするでしょうね」
少し煽ってみる。相手が冷静である以上は私の策もどの程度通用するか分からない。これで相手の情緒を乱すことができれば、策の成功率は跳ね上がる。
でも流石に冷静に交わされるかな....と思っていると、ギャレンはその場から動かなくなる。そして小さな声でゆっくりと言った。
「....黙れ」
「カレンだって、あなたが魔族になってまで蘇らせてくれることを望んではいないはずです」
「黙れ」
「この状況を見て、カレンがどう思うか親であるあなたがー」
「黙れぇぇえええ!!」
激高したギャレンが鬼のような形相で迫って来る。全力で踏み込んだ強靭な脚力で地を駆け、一瞬で私の目の前まで迫った。
先ほどよりも早く空を切るような拳。私は咄嗟に防御魔法を展開し、リムの物と重ね合わせたうえで剣を縦代わりにしてガードする。だが、相手の威力の方が上だったため防御魔法が数枚粉々に砕け散った。
威力に押されるように私は後方へズザザ....と下がって停止した。
ギャレンは怒りの病巣でこちらを睨む。感情が高ぶっているのか発せられる黒い魔力の禍々しさが段々と濃くなっていた。
「黙れ黙れ黙れ黙れぇえ!!!お前に何がわかる!娘を失った俺の辛さがっ....若くして死んでいった娘の苦しみが分かるか?!貴族として生まれ、ぬくぬくと温かい環境で育ってきたお前に!俺達の何がわかる!!」
ギャレンは叫ぶ。自分たちの苦しみを分かっていない私を非難する。
確かに、ギャレンやカレンの話を聞けば私がいかに恵まれた環境で育ったかは分かる。私は万能ではない。他人の気持ちや心の声までを理解するのは難しい。
でも....
「分かりますよ。私だって、地獄は見てきたつもりです」
燃え盛る森の記憶、こだまする叫び声。何度も石に擦り付けた左腕の痛み....忘れられるわけがない。私だって、ただ温かい環境で自堕落に過ごしてきたわけじゃない。
「何を言う....!お前如きに俺の心が分かるわけがない!『地獄は見てきた』?ぬるま湯のような地獄で俺の気持ちを分かった気になるな!!」
「確かに、あなたの心まで私は読めません。あなたの苦しみも、あなたの背負うその十字架の重さも分かりません。でも....あなたを止めることはできる!!」
「お前に理解などされたくもない!俺の心は....俺の願いは俺だけのものだ!!お前が邪魔をしていい道理はない!!」
禍々しい魔力がさらに濃くなる。まるで瘴気の様に纏わりつく魔力がギャレンのガントレットを染め上げた。だがその中で私は見逃さなかった。ギャレンの瘴気のような魔力が強くなるにつれ、体の中に存在する”別の存在”が強く光を発していたのを。
「あなたの夢を叶えるために、その他大勢の夢と未来を奪っていい道理もないです!生徒を導くはずのあなたが、その未来を奪ってどうするんですか!!」
「黙れぇぇぇぇえええ!!!」
ギャレンが咆哮と共に突進してくる。よし、理想の展開だ。今までの戦闘はギャレンが冷静であったからこそ崩せなかった盤面。今ギャレンは完全に思考を放棄して感情で動いている。今が作戦決行するチャンスだ。
魔力によって真っ黒に染まったガントレットと、追加で生えたガミジンの腕に黒い炎が着火した。4本の腕によるラッシュ攻撃は私の視界を拳で埋めた。
剣に聖属性魔法を纏わせ、全ての拳と攻撃を回避と剣による受けでガードしていく。途中、しがみついているリムによって魔法攻撃を挟んでいたが、その魔法すらもガントレットによって振り払われてしまった。
反撃も繰り出しつつ手数による暴力を捌いていく。先ほどまでの戦闘とはわけが違う。あれだけ煽ったうえでのこの戦闘に、手加減なんてものは存在しなかった。
「チッ....ちょこまかと....!」
「ギャレン先生....あなたを止めます!!」
聖属性魔法で簡易聖剣を周囲に展開する。相手が手数で勝負してくるならと、私も負けじと手数を増やした。
空中で剣がぶつかりう音が響く。ギャレンの拳に対し、空中を飛翔する剣が相手の攻撃を防いでいる。私はギャレンの両腕のみに注目し、反撃の隙がないかを探りつつ攻撃を捌く。
(右ストレート、左カーブ....下!)
咄嗟に跳びあがると地面から無数の棘が生えてきた。あのままあの場にいたら私はくし刺しにされていただろう。やはり夢郷を操作する力が厄介だ。早い所取り戻さないと....!
次の大振りを回避した瞬間、ガクンと私の膝が崩れた。何事だと見て見ると、いつの間にかギャレンの足が私の脚を蹴っており、ミシミシと嫌な音を発している。このままだとマズいと判断した私はすぐさま聖属性魔法を拳にまとわせる。そのままギャレンの横頬を殴った。
「ぐっ....!」
「くっ....!」
やはり魔族と混ざったことで強化された身体能力は高い。リムが防御に徹していなかったらと思うとゾッとする。
『ライラ、やるのよね?』
頭の中で響くリムからの思念伝達。その言葉にコクリと頷くと、リムはすぐに行動を開始した。私は剣で相手の攻撃を捌きつつ、次の大振りによる攻撃の瞬間に戦わせていた簡易聖剣を手元に戻す。戻って来た複数枚の聖剣が重なり盾としてギャレンの子無事を防いだ。
そのまま反撃のモーションに入った瞬間、私は剣から手を離す。
「!?」
さすがのギャレンもこの状況で驚かないわけがない。今目の前にいる少女は自分と敵対しているのだ。なのに敵は武器を”捨てた”。その行動の指し示す理由が思いつかないのだろう。瞳の多くから困惑の感情が読み取れた。
そして、そのコンマ数秒の時間でもタイミングを逃すはずがない。
「リム!!」
「任っせてー!!猛獣の記憶!!」
リムの記憶魔法によって召喚された魔獣達。真っすぐにギャレンの下へと進み、そのまま鋭い牙を突き立てる。
「鬱陶しい!!」
ギャレンの攻撃で瞬く間に塵となって消える魔獣達。そしてその間に私は数歩踏み込んでギャレンの懐に潜り込んだ。
聖属性魔法を拳にまとわせ、そしてその魔法に呼応するように左指にはめた赤いルビーの指輪が発光し始めた。
「うぉぉおおおおおお!!!」
そのまま聖属性魔法を纏った拳がギャレンの腹で炸裂した。その時、”何か”が流れ込んでくる感覚。そのまま威力を殺すことが出来ず、ギャレンは吹き飛ばされて停止した。
「何が....!?」
困惑するギャレン。その顔が攻撃を行った私に向いた瞬間、その顔が驚愕に変わった。
私は無言で指輪を見る。そして、小さく言った。
「おはよう、ムーバ」
「ああ。おはようライラ」
指輪の中から飛びだしてくるムーバ。光の粒子が段々と纏まっていき、夢獏の姿を作り上げた。
だが、まだ実体がないのか段々と薄くなっているのがわかる。鼻の長い神獣が、私の周りをフヨフヨと飛んでいた。
吸収したはずの神獣が目の飴に現れて驚きが隠せないギャレン。
そして、私は剣の切っ先をギャレンに向けて言った。
「私が....いえ、私達が止めます!」
意志の籠った私の目と、殺意の籠ったギャレンの目が空中で交差した。
当作品が面白い!気に入った!という方は評価やいいね、感想などお待ちしております。
次回更新日は12月23日AM 7:00の予定です。




