第9話 シノブの令嬢捜査線《シノブ視点》
「は、尾行....ですか」
とある休日の朝、主君であるレオンハルト殿下に呼ばれた私は彼の部屋に来ていた。
私は習慣上、朝が早い。他の側付きよりも早く起き、目が覚める前に主君の朝の支度がスムーズに進むように準備する。
私の名はシノブ。本名はシノブ=アサギリと言う。
この世界にはたまに異世界と呼ばれる場所から人間が飛ばされてくる。その理由は大抵不明だが、帰る方法はないためこの世界で暮らしていくことが多い。
私の先祖は百数十年前にこの世界に飛ばされた異世界人だ。どうやらニンジャ?という役職を持っているらしく、弟子を取ってこの世界にニンジャを定着させたのだ。
私はそんな才能を買われ、次期当主権を弟に譲って主君の側付きとなった。
初代当主の才能を完璧に受け継いだとか言われたけど、私だって努力はしたし才能だってない。だからこそ、苦難の努力を乗り越えた先の栄光だと私は思っている。
珍しく早く起きていた主君から聞かされた命令は『尾行』。それも、主君からそう言った特定の誰かに対する命令を出すのは珍しい。今の所前例はない。
「あぁ。とある女性....いや、令嬢を尾行してほしい」
「主君の頼みとあらば断わる理由はありません。恐れながら質問をしてもよろしいでしょうか?」
「どうしてその令嬢を尾行するのか、だろ?」
「はい」
「俺とマハトを助けた冒険者を知っているか?」
「A級冒険者の“白金の姫君”ですよね?“東の魔女”とも呼ばれていましたか....」
「あぁ。そのアリアの正体は誰も知らない。いつも被ったフードで隠れていて顔も見えず、声と体格からでは正確な年齢は分からない」
私も遠目に見たことはあるが、白銀のローブに垂れた金髪の編み髪。結晶の付いた杖は身長ほどあり、遠目から見ただけでも背筋がゾクリとするほどの魔力があった。
「だが、最近その正体である可能性のある令嬢を見つけてな。確信は無いが、調べてみる価値はあるかもしれない」
「なるほど、わかりました。主君がそういうのであれば、私はそれ以上追及はしません。その令嬢の名前は?」
「エキドナ王国直轄“四大貴族”が一家。ティルナノーグ家の令嬢、ライラ・ティルナノーグだ」
***
朝、まだ貴族寮の中でも動いている人数が片手で数えられるほどに少ない時間帯、休日ということもあり時刻で言うと朝9時だ。
これから段々と起きてくる貴族がいるであろう時刻に、彼女は現れた。既に支度は終えているようで、その恰好はラフなジャージ姿。令嬢のお出かけにしてはあまりにも不格好だ。それに付き人の1人も付けていない。
(休日の朝からランニング....騎士の家の令嬢ならその習慣も頷ける)
ティルナノーグ家は騎士の家。であれば、幼い頃から体幹トレーニングの習慣があってもおかしくはない。
私は彼女に気取られないよう気を付けながらその後を追った。
約1時間ほどのランニングを終え、スタート位置の貴族棟前に戻ってくる。多少息は上がっているもののターゲットはまだまだ余裕そうだ。
対する私は息は上がりまくり。気配を消し、バレないよう呼吸も最小限にしているがそれでもなお人間としての機能の限界には抗えない。
(ハァ....ハァ....速すぎる....これが竜爵家の....騎士の一族....)
その体力の多さ・体幹の良さ・スピード、どれをとっても敵わなかった。私も忍びとしての訓練を怠ったわけではない。むしろ付き人になってからさらに才能を飛躍させた方だ。
初代当主の再来とまで言われた才能を、あっさりと抜かしていった。これだけ見れば、彼女がティルナノーグ家の令嬢であることは一目瞭然だろう。
だからこそ、主の言ったことが引っかかる。
主を助けた冒険者は近接戦が得意な戦士ではない。杖を持った魔法使い職だ。この世にあるパラメータは、すべてプラスとマイナスで均衡が取れている。
『騎士の一族』とも呼ばれるティルナノーグ家は、体力・筋力・俊敏性・動体視力などの近接戦闘に長けた能力を持つ。竜から加護を受けた家の1つだ。血を辿って能力やセンスが受け継がれるのは言うまでもない。
だが、主を助けたのは魔法使い。ティルナノーグ家は魔力操作や魔力量に乏しい一族でもある。となれば騎士の一族の令嬢である彼女が、宮廷魔法師と同レベル以上の魔法を扱えるなどあり得ない話なのだ。
(主の勘違い....いやいや、付き人が主君を疑ってはいけない。それに、主君は『可能性のある』と言った。確定ではない)
そう自身に言い聞かせ、貴族寮のメイドに挨拶をしながら寮に入っていくターゲットを見つめる。気さくに話し、周囲の雰囲気や態度からも相当好かれているのはわかった。
そこから数十分ほどして、町娘風の恰好に着替えたライラが再び出てくる。またもや付き人は無しだ。
「まぁ....あの家の令嬢なら、下手な騎士より強いからね....」
付き人がいないのは当たり前といえば当たり前なのかもしれないと、街へ歩いていくライラを追いかけた。
彼女の向かった先は一般の洋服店。商店街を抜け、庶民の娘から貴族まで通う有名店だ。現王妃が気に入っており、王族専属の高級店にどうかと交渉を持ちかけたところ断って一般の有名店に収まったという話を聞く。
王妃様も独占欲が強いわけではない至って聡明な方なので、今でも一般客としてよく足を運んでいるそうだ。
そんな店に入り数十分。いまだに出てくる気配はない。
近くの家の屋根の上から視察しているが、やはり女性の買い物は長いらしい。それから追加で20分ほど待っても出てはこなかった。
(長い....私なら服なんて動きやすいだけでいいのに....お貴族様の服選びはずいぶんと長いのだな)
そう考えた瞬間、店の扉が開いて出てきた人物。その人物に目が釘付けになる。
銀色のローブ、結んでないけど垂れている金髪....杖こそないが、目標としている姿と酷似していた。
「!!動いた....!やはり主君の言っていたことは正しかったのか....!!」
そうなれば追いかけるほかない。街の中の方に向かって歩いてく銀色のローブを追って、私は備考を続けたのだった。
***
「....で、失敗したと」
目の前で主君に膝まづき、頭を垂れて今日の成果を報告している。
主君の口から洩れた言葉の通り、一言で言えば....
「....はい。面目ありません」
「いや、いい。勘違いは誰にでもある。しかしこれでは確証が得られないな....」
どういったことがあったのかと言うと、あの後私は銀ローブの女性を追いかけたのだ。時々立ち止まっては買い物をし、そのたびに移動してまた買い物をする。
そこで少し違和感を覚えたのだが、寄っている店が織物屋や防具屋、魔導書店などだったことから冒険者としての前準備だろうと疑うことなく追いかけた。
しばらくして、冒険者ギルドの付近にある裏路地に入った彼女を見ながら、ルートの確認をする。このまま進んでいけば冒険者ギルドに着くことから、正直私は確信していたのだが....
「キャーーー!?」
その悲鳴でハッと気づき、悲鳴の合った方向を向く。
そこには買ったものを抱えた彼女とそれを囲むチンピラが5人ほど。A級冒険者の彼女なら、こんな状況軽々制圧して終わりだろうと傍観することにした。
だが、いつまでたっても彼女は動かない。むしろじりじりと後ずさりしているようにも見える。
(なんで動かない?A級冒険者であればこの程度....)
その瞬間、振り下ろされた拳に腰を抜かした彼女が倒れ、ガードするように頭を護った。
その行動は不可解そのもの。だが、そんな状況を黙って見ていられるほどシノブとて非情ではない。
「あぁ....もう!!」
咄嗟に彼女に暴行を加えようとしている男の目の前に現れ、そのまま顎に回し蹴りをお見舞いしてやる。
あまりに一瞬の出現からの攻撃だったからか、反応もできずに蹴り飛ばされた不良。後ろにいた残りも目を丸くし、倒れた彼女の瞳が私を見つめていた。
「ぼごぉッ!!」
変な悲鳴を上げて吹き飛ばされた不良。着地した私はクナイを構えて威嚇する。
「これ以上の狼藉は許さない。主君の愛する王国にて婦女暴行をお香なう不届き者は....排除する」
鋭い眼光を添え、最大限に威嚇した。その威嚇が効いたのか、不良たちは吹き飛ばされた男を担いで逃げていった。
こういうところは勘がいいらしい。今の一撃で勝てないことを悟ったのだろう。
「あ....ありがとうございます」
「礼は不要だ。しかし、礼というのであれば1つお願いがある」
「は、はい!私にできることであれば!」
「そう身構えなくていい。簡単なことだ。....そのフードを取って、顔を見せてはくれないか?」
「わかりました!今取りますね!」
そう言って取られたフードの奥、そこにあった顔は私の考えていた人物の顔ではなかった。
「なっ....!?君は誰だ?ライラ・ティルナノーグではないのか?!」
「いいえ、私の名前はモナカです。仕立て屋ガーレデンの小物担当をしています。ライラさんでしたら、私が出ていくときには店長とお話ししていましたよ?」
「え?!じゃあ....その防具屋や魔導書店に寄った理由は?」
「魔獣から取れる素材の調達や、特殊な魔法加工を必要とする素材のための魔法書を探しに....」
完璧にミスだ。迂闊だった。銀色のローブ・金の髪、その2つの材料だけで判断した自分を呪いたい。
モナカに気を付けるように助言をし、そのまま仕立て屋ガーレデンに戻った時にはもうライラ・ティルナノーグはいなかった。
「....という経緯です」
「迂闊だったな。まさか似たような格好の人物が出てくるとは」
「し、しかし主君!次は....次は必ず!」
「いや、もしかしたら気取られた可能性がある。そう都合よく同じような格好の人物が出てくると思うか?シノブの隠密は完璧だっただろうが....調査方法を変える必要があるな」
「申し訳ありません....」
「いや、俺はシノブを責めているわけではない。むしろよくやってくれたと思ったくらいだ。次の作戦は....そうだな....」
しばらく考えた主君。主君の中ではライラ=アリアというのはある程度目途が立っているのか、調査をやめるつもりはないらしい。
「よし、俺が行く」
「は?」
「俺が変装し、冒険者となって近づこう」
やはり私の主君は、とんでもないことを言い出すのだった。




