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深草少将からの手紙

作者: 蜜蜂

「へっ?」


 下駄箱の蓋を開けた私は間の抜けた声を上げた。


 パタン……パタン。


 私の通う中学校は珍しく下駄箱に蓋が付いている。その蓋を一度閉めて名札を確認。もう一度開ける。


「うそぉ」


 下駄箱の中の物を再確認して、私はまた声を上げてしまった。

 そこにあったのは若草色の封筒。もちろん私が入れたものではない。どうやら封はされていないようで、封筒と同じ色の便箋がのぞいている。

 下駄箱に手紙。これってもしかして、いわゆるアレですか?

 私は慌てて封筒を鞄にしまうとダッシュで教室に向かった。とっくに教室にきているであろう幼馴染の義宣(よしのぶ)を探して。


「あれ? まだ来てない?」


 教室の入り口で私はキョトンとした。部活の朝練習のためにいつも早くから登校しているはずの義宣がいない。と、後ろから誰かに頭を小突かれた。

 

「いてっ」

「いてっ、じゃないよ。何、教室の入り口でぼーっとしてんの?」

「義宣! なんで? 部活は?」


 おもわず声を上げた私を義宣が呆れた目で見る。


「おいおい、今日から試験の二週間前だから部活は休み。今回こそ数学は大丈夫ですか? 小町さん?」

「嘘! えぇ、どうしよう」


 すっかり忘れていた。私の顔を見て全てを悟ったのだろう。義宣が笑う。


「はいはい。今回も帰ったら補習な」

「ありがとう。持つべきものは頭のいい幼馴染だよ……って、そうじゃない! 義宣、あのね!」

「小町、話なら昼休みに聞いてやるから、とりあえず教室に入ろうか。教室まであと一歩の所で遅刻は勘弁なんだけど」


 義宣の言葉に慌てて席に着いた瞬間、教室の前方のドアが開き担任の先生が入ってきた。


 時間は過ぎて昼休み。場所は屋上。いつもならすぐにお弁当を広げるところだけど、今日は違う。朝、下駄箱に入っていた封筒を義宣に見せる。


「ほぉ、これはまた古典的な」

「ねぇ、ラブレターかな? ラブレターだよね?」

「いや、中身読んだんだろ?」

「まだ」

「はぁ?」


 私の言葉に義宣が呆れた声を上げる。

 わかってる。わかってるけどラブレターなんて人生初だよ! ドキドキしすぎて一人で読むなんて絶対無理!


「お願い! 善宣、読んで!」

「断る。なぜ他人のラブレターを読まにゃならんのだ」

「そこを何とか! 自分で読む勇気なんてない~」


 そう言って縋りつく私に盛大なため息をつくと義宣は封筒から便箋を取り出した。と、そこから一枚の花弁が零れ落ちる。ひらひらと屋上を流れていく花びらを慌てて追いかける。


 サリッ。


 花びらを捕まえた瞬間。背後で何か小さな音が聴こえた気がしたのだけど。


「こりゃ、ラブレターだな」

「噓!」

「ほれ、読んでみ」


 義宣から渡された便箋に恐る恐る目を落とす。


『一目見た時からずっと好きでした。もしよければ返事をください』


 書かれていたのはシンプルな告白の文章。読んだ瞬間、鏡で確認しなくてもわかるくらい顔が熱くなった。でも。


「そそっかしい奴だな。名前、忘れてるじゃん」

「うん」


 そうなのだ。便箋には肝心の名前が書かれていなかった。


「誰だろ?」

「この文章だけじゃ、わからないな。ところで何拾ってたの?」

「あっ、うん。これ。封筒から落ちたから」


 拾った花びらを義宣に差し出す。と、義宣がう~んと唸りだした。


「どうしたの?」

「なぁ、小町。この手紙、平安時代からって言ったら、お前信じる?」

「はぁ?」


 呆れた顔をした私に反して義宣は真面目な顔のまま続けた。


「これ、多分芍薬の花びらだ。そして小町あての若草色のラブレター。もしかしてこれって深草少将ふかくさのしょうしょうから小野小町への手紙なんじゃないか?」

「はっ? ってか、深草少将ふかくさのしょうしょうって誰?」

「嘘だろ。知らないのかよ。とりあえず小野小町は知ってるよな?」

「もちろん」


 自分の名前の由来だ。それくらいは知っている。


「深草少将は小野小町に惚れた平安貴族の一人だよ。結構しつこくて、呆れた小野小町が百日通ってきたら考えてやるって言ったら、言われた通りに通ったって奴」

「百日? 嘘でしょ!」

「通った証に芍薬の花を置いていったって言われてるんだ。木の実って話もあるんだけど、本当は芍薬だったんだな」


 感慨深げに芍薬の花びらを眺める義宣。

 平安時代の人って根性あったのね。私だったらすぐに諦めるわ。

 

「って、じゃあ、この手紙、私がもらっちゃ駄目じゃん! 小町さんに渡さなきゃ!」

「どうやって? 相手は平安時代だぜ」

「あ……」

「まぁ、どうせ百日通えなんて言う時点で脈ないだろ。それより返事してやれよ。下駄箱にいれておいたら届くかもよ」

「まさか〜。それはないでしょ」


 はぁ、自分宛かと思ったのに喜んで損した。ため息をついて、その後はいつもどおりお弁当を食べたのだけど。


「何やってるんだろ」


 放課後、自分の下駄箱にルーズリーフの切れ端を忍ばせている私がいた。

 いや、せっかくなら便箋とか封筒とかあればよかったんだけど、そんなもの持ってきてないし。一応、ハート型に折りはしたので、これで勘弁願いたい。

 手紙には宛先を間違えていること、百日は大変だろうけど応援している、と書いておいた。まぁ、届くわけないけど、一応ね。

 

「噓でしょ!」


 翌朝、下駄箱を開いた私は目を疑った。また入っていたのだ。若草色の封筒が。中には昨日と同じ芍薬の花びら。文面は。


『返事をいただけるなんて思ってもみませんでした。このように艶やかな紙は初めてです。まるであの日、ちらりとだけお見かけした貴女の黒髪のようです』


 そっか。ルーズリーフって和紙より艶々だもんね。って、感心するのはそこじゃない!


「へぇ~、本当に届いたんだ。すごいじゃん。しかも現代の文字と言葉になっているし、向こうは向こうの時代の文字と言葉になってるってことだろ? すごいな。うちの学校の下駄箱」


 昼休みの屋上。今日来た手紙を面白そうに眺めながら義宣が言った。


「そっか。平安時代ってミミズみたいな字だもんね」

「ミミズって」


 私の言葉に義宣が苦笑いする。と義宣がすっと真面目な顔になる。


「そんなことより、小町、もしこれが本物ならまずいぞ」

「何が?」

「調べたんだけど、深草少将って百日目に死んじまうんだよ」

「えっ?」

「最後の日、小野小町のところに通う途中で橋ごと流されて溺れちまうんだって」

「えぇ! じゃあ、百日目は道変えるようにって教えてあげないと!」


 そう言って私は鞄からルーズリーフを取り出す。


「おいおい、もう少しまともな紙ないの?」

「いや、返事がくるなんて思ってなかったし」

「小町、そういう所あるよな。もうちょっと女らしくしないと彼氏もできねぇぞ」

「う、うるさい!」


 やれやれと言いたげな顔で義宣が鞄から綺麗な桃色の便箋と封筒を取り出す。


「どうせ小町のことだから用意していないだろうと思って、姉ちゃんからもらってきた」

「さすが! 義宣、きっといい彼氏ができるよ!」

「おい、なんで彼氏なんだよ」


 私は早速手紙を書いて下駄箱にいれて帰った。

 それから数日。深草少将からの手紙は相変わらずほぼ毎日届いた。


「ねぇ、これ見て!」

 

『素敵な金木犀の一枝をありがとうございます。甘やかな香りに百夜(ももよ)通いの疲れもとれました』


「なんだこれ?」

「あのね、これを入れてみたの! 駅前の文房具屋さんで見つけたの!」


 そういって私は和紙でできた小さな花を見せる。


「へぇ、文香なんて洒落たもの知ってるじゃん」

「文香?」

「知らなかったのかよ。まぁ、いいや。でも、文香を入れると本物の枝が届くとか、うちの下駄箱のスペックすげぇな」


 深草少将の手紙は平安時代のあれこれ、流行っている遊びとか、着物の柄の話とか、読んでいて面白かった。ただ、百日目の道を変えてくれるのかははっきりわからなくて、それだけが心配だった。

 そして、手紙のやり取りが始まってから二週間がたった時。


「何これ?」


 初めて意味のわからない手紙がきた。


『あかつきの (しじ)(はし)書き 百夜かき』


 昼休みの屋上。便箋を見た義宣は一瞬考えた後。


「小町。今から俺の言うとおりに書いて」

「えっ? あ、うん」


『君が来ぬ夜は 我れぞ数かく』


「何これ?」

「いいから。今日はこれを下駄箱にいれておくんだ」

「これだけ? ってか、もらった方の意味は?」

「さぁ、この話は終わり。早く弁当食わないと昼休み終わるぞ」


 結局、義宣は何も説明してくれなかった。

 そして、その日を境に若草色の手紙が下駄箱に現れることもなくなった。

 

「深草少将、ちゃんと道変えてくれたかな」

「どうだろうな」


 屋上でお弁当を広げながら、私は平安時代の恋を思って空を見上げた。


◇◇◇


「少しは疑えよな」


 俺は自分の部屋で苦笑しながら桃色の封筒と便箋をシュレッダーにかけた。

 百夜通いは架空の話。深草少将なんて存在しないことはちょっと調べればすぐにわかる。まぁ、俺の言うことはなんでも信じる小町だから、大丈夫だろうとは思ったけど。

 あの日は本当に焦った。小町に渡すノートを作るのに時間がかかって寝坊したら、下駄箱にラブレターが届いていた。全く油断も隙もありはしない。わざわざ朝練習のある部活に入って、小町の下駄箱を毎日チェックしていたというのに。

 小町が芍薬の花に気を取られている隙に差出人の部分を切り取った。もちろん差出人にはしっかり釘を刺しておいた。


「無意識に俺の好きな香りを選ぶなんて、どんだけ可愛いんだよ」


 小さな花型の文香に目を細める。俺の好きな金木犀の香り。

 生まれた時から一緒に育ってきた俺と小町。好きとかではない。好きなんてレベルではない。俺と小町は生まれたときから一緒になるって決まってるんだ。


 小町、お前は俺だけを信じて、俺だけを見ていればいいんだよ。

 

◇◇◇


「焼きもちなんて、か〜わいい」


 自分の部屋で若草色の便箋を眺めて独り言ちる。並べた便箋は最初の一枚だけ明らかに違う人の字だ。

 二枚目以降の見慣れた字。これを私が見間違えるとでも思ったのかな。


「まぁ、いいか」


 最初の一枚をゴミ箱に捨てて、二枚目からに目を落とす。文香の話をしたときの義宣の顔を思い出して、笑みがこぼれる。

 私と義宣。生まれた時からずっと一緒。これからもずっと一緒。


 義宣、金木犀はわざと選んだんだよ。本当は全部わかってるんだからね。

学生時代、歴史が大の苦手だったので歴史モノだけは無理だと思っていたのですが、公式企画につられて書いてしまいました(><)

幼馴染の甘酸っぱい話になるはずが、なぜか若干怖いラストになってしまいました…

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― 新着の感想 ―
[良い点]  青春は、甘酸っぱい~!!! 事の真相の判明が二段階になっていて、とても面白かったです!  文学の香りがただようと、ヤンデレ(爆)同士の恋愛にも雅な雰囲気が出てきますね……。 [一言] …
[良い点] 小町と絡めて百夜通い、文香や芍薬の花びらなど、題材とアイテムの取り合わせがおしゃれです。 青春が甘酸っぱいですねー。 [一言] すべてお見通しの小町ちゃん、素敵な両片思いですね。
[良い点] 企画から拝読させていただきました。 ほっこりするラブコメでした。 最後のオチが良かったです。 女の子をなめちゃいけませんね。
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