後編
私が部屋を出たと同時に、突然部屋に鳴り響いた拍手。
それを皮切りに次々と、拍手の音が増え始め、その場はお祝いムードになったそう。
「おめでとう!」
「二人は、お似合いだね。」
「本当。ピッタリだわ!」
と、二人を褒め称える言葉を掛けられ、祝福されていることがよほどうれしかったのか、笑顔でお互いを見つめ合う、私の元カレ小暮貴史と、見事に略奪に成功した畠中恵美琉。
まるで。
“勝った!!”
と、言わんばかりに、照れくさそうにみんなの前で仲良しアピールするかの如く、肩を寄せ合って喜んでいたらしい。
まあ、二人の計画は確かに成功しているよね?
数人の知人のいる前で、誠実ぶって周りを味方に付けようっていう魂胆見え見えの、今回の手口。
しかし。
「小暮、畠中さんみたいな可愛い彼女が出来て、お前がうらやましいよ~。」
と言う、とある男性社員の一言で、場の雰囲気が変わったらしいのだ。
「え?倉橋さんって、畠中さんみたいな女性が好みだったんですか?」
その場にいた一人の女性が、驚いたようにそう尋ねたらしい。
「そっかあ。倉橋さん、仕事態度もまじめで人当りいいから、誠実な人だと思ったんだけどなあ・・・・・・。」
「結局、女性を顔でしか見れない人だったんだ。幻滅~。」
「小暮さんと同類なんだ。今後の付き合い方、気を付けよっと。」
「他の女子にも、騙されないように教えてあげないとね~。」
と、彼女たちはスマホを取り出して、ポチポチとここにいない知人たちとの情報共有を始めたらしい。
そんな彼女たちの行動に驚いた倉橋君は。
「え?どうして?みんな、祝福しているんじゃないの?」
突然の彼女たちの態度に、とても驚いていたらしい。
「ええ。祝福していますよ? 最低な人間同士がくっついてくれたおかげで、他に被害がでなくて済むじゃないですか~。」
畠中さんと同僚の女の子がそう言うと、先ほどまで幸せムード満載だった二人は、言われたことが理解できずに、その場で固まってしまったらしい。
正直、その顔見てみたかったなあ・・・・・・。
「え?最低な人間?」
倉橋君は、その意味がよく分かっていなかったらしい。
「え? 倉橋、お前さっきのやり取り見て、わかんないの?」
「それ、やべーわ!」
「お前、小暮と同類だったんだな。」
「お前、まともな女と結婚できねーぞ?」
その場にいた他の男性陣たちも、倉橋君の言動にドン引きしていたらしい。
ほうほう。
うちの会社には、まともな思考の社員が何人か居てくれたんだな、とこの時点で少し安心する。
「二股かけた上に若い女を選んで、今まで一緒に頑張って来た彼女を捨てるような男。最低以外の何者でもないじゃない!バカなんですか?」
「彼女いる男性を寝取るとか、クズ以外の何者でもないじゃない。そんなことも分からないなんて、知れてますね?」
「まあ、所詮顔と若さでしか選べない、残念な男だったんだよ。」
彼女たちの冷たい視線が、貴史と畠中さんに集中したらしい。
「え? あ、まあ。でも自分より仕事ができる女が彼女って、男としてはさ~。」
と、周りの空気を読めずにまだ貴史を庇う倉橋君に対し。
「え?倉橋さんって、男尊女卑な考えの持ち主?」
「自分より彼女が仕事ができるとかって、僻むなんてサイテー!」
女性陣が、まるで汚物を見るかの如くな侮蔑のこもりまくった冷たい目つきで、倉橋君を見ていたらしい。
「普通、彼女の応援しつつ、自分も頑張らねえ? “負けてられっか!”って。」
「“よっしゃ!俺も頑張るぞ!”って闘志燃やせないようじゃ、出世は難しいよな。」
「女性を下に見るようじゃこれから先、この業界で仕事続けるのは、難しいと思うぜ?」
男性陣も倉橋君の考え方に、呆れ返っている様子だったとか。
「今分かって良かったよね? こんな男、選ばなくて正解!」
「顔と若さだけが取り柄で、仕事できないような女庇う時点で、アウトだよね?」
「そうそう。男取るのは上手でも、仕事は全くできないのにね。」
「学生時代から、人の男取るの好きだったらしいよ?」
「え? マジ?」
「うん。同じ大学出身の子から聞いたから、間違いないよ。」
「うわ、サイテー!」
周りが盛り上がっていく中、話題の二人はと言うと、さっきとは打って変わって顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに俯いて、その場に立ち尽くしたままだったとか。
畠中さんに至っては、周りの同情を引こうと必死なご様子で、目に涙を浮かべながら男性陣の方へと視線を向けていたのだけれど。
その場にいた男性陣は誰一人として、救いの手は差し伸べなかったらしい。
というか、あまりにもきれいなガン無視で、幸奈は思わず笑ってしまいそうになったのだとか。
そんな状況の中、突然。
“パンパン!!”
と、手を鳴らす大きな音が部屋中に鳴り響く。
「無駄話はそこまで! 早く仕事に戻らないと、残業時間が伸びてしまうぞ~!」
その一声で、部屋の中は一気に静まり返る。
「あっ、石田社長・・・・・・。」
その声の先には、すらっとしたモデル並みの長身体躯に、お高そうなブランド物のスーツを着こなした、わが社のイケメン社長がいらっしゃったのだとか。
今日は、我が支店へ視察に来ていたのは皆知っていたが、この部屋にいるとは誰も思わなかったらしい。
「石田社長、私・・・・・・。」
助け船が来たと言わんばかりに、プルプルと生まれたての小鹿のごとく体を震わせながら、目にたくさんの涙を浮かべ、か弱き女を演じるためのフル装備をして、石田社長の元へと近寄って行く畠中さん。
そして社長の目の前までたどり着くと。
「これは、誤解なんです!」
突然、予想外の言葉を口にした。
「え?」
となる、その場に居合わせた社員の皆さん。
「私、社長があまりにも松風先輩と仲良くするから、だから、焼きもちを焼いてしまってぇ~。」
そう言って、社長の腕を掴もうと手を伸ばしたのだが。
「え? 君はそこにいる小暮君と付き合っているのだろう? 誤解されるような態度を取るのは、よくないと思うよ。」
と、優しく諭されつつサラリと身体を躱されて、彼女が差し出した手は、宙に浮いたままだったのだとか。
「でも、私が本当に心から愛しているのはぁ~。知ってますよねぇ~。」
まるで祈るかの如く、両手を胸のあたりで握りしめ、上目遣いのウルウルお目目で社長を見つめたらしい。
そう。
実を言うと畠中さんは、入社当時からこの半年ずっと、石田社長にアプローチしまくっていたのだとか。
しかし。
他の女子社員の話によると、全く相手にされていなかったらしいのだが。
「うん、知っているよ?」
毎回、このようにそっけない返事しか、返してもらえないのだそうだ。
「だったらぁ~。」
と、それでもめげずに、毎回ボディタッチに持ち込もうとする畠中さんの行動力は、本当にすごいと思う。
「そこの小暮君だろう? さっき思いっきり幸せアピールしまくっていたじゃないか? おめでとう!僕も二人はとてもお似合いだと思うよ。」
と、若くしてこの会社を億単位の売り上げにまで業績を伸ばした敏腕社長様は、女性陣が思わず気絶してしまいそうなほどの、それはそれは美しい満面の笑みで、彼女にそう言い放ったのだとか。
その笑顔にはその場にいた男性達も、思わず顔を赤くしたらしいくらいだから、如何に破壊力抜群だったのかが想像できる。
畠中さんに至っては、おまぬけにも口を大きく開けたまま、その場に固まってしまったのだとか。
その後、石田社長はそんな彼女をスルーして、なんと貴史の元へと足を運んだらしい。
それから彼の前まで来ると、顔を近づけて耳元で何かをボソボソと周りに聞こえないくらいの小さな声で呟いた後、ポンポンとテンポよく彼の肩を軽く叩き。
「お幸せに。」
と言って、その場を去ってしまわれたらしい。
静まり返る、休憩室。
その静けさをけ破ったのは。
「こんな・・・・・・、こんなはずでは・・・・・・。」
絶望だと言わんばかりの表情で、その場にへたり込む畠中さん。
「え? それどういうこと?」
事態が呑み込めない様子だったらしい貴史。
そんな彼を無視して畠中さんは。
「私はただ、あの図々しい年増女の悔しがる姿が、絶望する顔が見たかっただけなのに~!!」
突然、そんなことを大声でわめきだしたらしいのだ。
「え? 恵美琉が好きなのは、俺だろう?」
「はあ~? ばっかじゃないの?」
と言う会話があったかと思うと。
二人はその場で罵りあいの喧嘩を始めたらしい。
その後もしばらくは休憩室から、二人の罵りあいがずっと聞こえていたんだとか。
そんな二人を無視して、その場にいた皆さんは何事もなかったかのように、それぞれの仕事場に戻って行ったそう。
まあ、倉橋君だけは、力なくがっくりと肩を落とし、その背には哀愁を漂わせていたらしい。
目じりには、光るものが見えたとか見えなかったとかと言われるのはきっと、その場にいた女子から総スカンを食らったからであろう。
幸奈曰く、彼はもう社内恋愛は絶望的なのだそうだ。
それくらい、女性陣から見ての倉橋君の評価は、急降下なのだとか。
みんなと同じタイミングで休憩室を後にした幸奈は、私にこの状況を知らせなくてはと、心当たりの場所を探してくれていたんだそうだ。
・・・・・・そして、今に至る、と。
「へえ~私も見たかったな~、その茶番!」
幸奈の話を聞きながら飲んでいたキャラメルマキアートは、もうほとんど残っていない。
「この一部始終はたぶん、野田川さんがスマホ録画していたと思うから、あとで見せてもらえばいいよ~。」
なんと、証拠映像まで残っているのだとか。
いい世の中になったものである。
「え?野田川さんが?」
「うん。大学時代、畠中に彼氏寝取られたことがあるんだってさ。」
そっかあ。
こんな身近に、私以外にも彼女に彼氏取られた人、いたんだね。
「多分今も、あの二人の醜い喧嘩模様をじっくりと録画していると思うよ。」
無口無表情で、ただひたすらスマホを向けて録画をし続ける野田川さんの姿は、とても怖かったのだそう。
そんな事をしてしまうほどに、別れた元カレのことが好きだったのかな?
それとも。
彼女も私と同じように、大勢の人の前で恥をかかされたのかもしれない。
畠中さんは、やたら自分の方が若くてかわいいから男性にモテて当然と、マウント取ってくるような人だったから。
“野田川さんとは明日にでもゆっくりと、ご飯でも食べながらお話しようかな”
彼氏と別れてから今まで、いろんな思いで苦しかったのかもしれない。
そうでなければ、あんな醜態をずっとスマホ録画なんて、普通は出来ないもの。
今日はひとまず、そっとしてあげておいた方がいいかもね?
でも、あとで励ましのl〇neくらいは送ってあげたほうがいいのかな?
明日になれば、いつも通りの落ち着いた彼女に戻っているといいのだけれど。
彼女はまじめで仕事も出来るからきっと、気持ちを切り替えて会社に来てくれると信じている。
だから同じ目に合った女同士、話せばきっと分かり合えると思うのよね? 私達。
そうと決まれば、どこのお店にお誘いしようかな? なんて考えていると。
「それはいい。証拠はきちんと残さないとな。」
突然、女子トイレに男性の声が響いたので、私と幸奈は同時にビクン! と肩を跳ね上がらせた。
「ああすまない。怖がらせてしまったかな?」
声のする方を見れば、そこには長身イケメンの石田社長がいらっしゃる?
え?
ここ、女子トイレの中だって分かっていますよね?
心の中ではそう思いつつも、流石に自社の社長様にその事を尋ねるには、ハードルが高すぎた私達。
「石田社長、お疲れ様です。」
「お疲れ様です、石田社長、どうしてここに?」
深々と頭を下げて挨拶をしつつも、そう答えるのがやっとである。
しかし。
社長はそんな私たちの気持ちを、知ってか知らないでか。
「ああ。松風君を探していたんだ。」
と、ごく普通に答えてくださいました。
「え? 私・・・・・・ですか?」
もしかしてさっきの件で何か? と、思わず身構えてしまったのですが。
「ああ。せっかくあんな見込みのない男と別れられたんだ。お祝いにこれから僕と一緒に、食事にでも行かないかと思ってね。」
突然の思ってもいなかったお誘いに、一気に緊張感が解けていく。
え?
この状況って・・・・・・。
「ええ。ぜひそうしてあげてください。既にご存じだとは思いますがこの子、ついさっきフリーになったばかりなんですよ~!」
何かを察した幸奈は、素早く私の耳元で。
「明日、素敵な報告を待っているね~。」
それだけ耳打ちすると、石田社長に軽く会釈をして、その場を足早に去って行ったのである。
突然の、元カレとは比べ物にならないハイスペックな男性からのお誘いに。
“これは夢なのか?”
と、しばし呆けていると。
「彼にはちゃんと、“松風君と別れてくれてありがとう。畠中君まで引き取ってくれるとは、君は意外と優秀だったんだね”って、お礼は直接伝えてあるからね?」
私へ軽くウインクをしながら、大きくて形の綺麗に整ったその手を差し伸べてくれる、石田社長。
その声はとても爽やかで素敵な上に、なんだか楽しくて仕方がないといった感じである。
「はい、喜んで!」
私は迷わず、社長の手を取った。
彼氏に簡単に捨てられてしまうような私にも、これから新たな幸せがやってきそうな、そんな予感を胸に秘めながら。