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前編

春香(はるか)、すまない。別れて欲しい。俺が本当に好きなのは、この子だったんだ!」


 久しぶりに会えた、と思ったら。

 久しぶりに聞いた声が。

 まず第一声が()()だなんてね。


 誠実な男性を演じているつもりなのかしら?

 私の目の前で、誠心誠意といった感じで、深々と頭を下げていらっしゃいますが。


 そして。

 そんな彼の隣には、といいますと。


「ごめんなさい、松風(まつかぜ)先輩。私が悪いんです。」

 

 体を小刻みに震わせながら、彼と一緒になって、私に向かって頭を下げている一人の女性。

 下を向いているから分からないけど、声からしてたぶん、泣いているんだろうなあ。

 本心の涙かどうかは、正直分からないけれど。


 彼女は今年新卒採用で入社した、名前は確か畠中恵美琉(はたなか えみる)さん。

 うちの会社の受付をしていて、華奢で可愛いと男性社員に大人気らしい。


 そう。

 ()()()()()()

 

 なるほどなるほど。

 所詮、私の男を見る目がなかったということなのね。

 なんて、冷静に状況分析をしている私はどうかしている。


 普通、こんな場面に遭遇した女性といえば。


 突然のことに、激しく狼狽えて騒ぎ出す?

 驚きすぎて、ショックで泣きだしちゃう?

 それとも、相手を激しくののしっちゃう?


 どれも選ぶことなく、ただ無表情に目の前の二人を見ている私。


 これって、変? かな?


 でもね?

 

 最近、あまり会えないからもしかしてとは、思っていたんだよね。

 二人が怪しいという話は、同僚や先輩たちから聞いているし。

 そして、実は付き合っているという事も。

 同じ受付の子が本人から直接聞いたのだと言うのだから、たぶん間違いないと思う。

 それ以前に、自慢げに。


「今、若手の中でもエリートだって言われている小暮(こぐれ)先輩と、付き合っているんだ~。」


 て、嬉しそうにあちこちに話しまくれば、誰の耳にも嫌でも入るわけで。


 それにしても、この5年間。

 私たちが付き合っていたという事実は、会社にバレずに済んでいたというのにね。


 私も自慢げにみんなに話していれば、こんなことにはならなかったのかな?


 好きで入ったからこそのこの会社。

 そして、憧れていた仕事。

 少々のめりすぎて、彼のことがおろそかだったかもと言われれば、否定できないけれど。


 もう少し。

 仕事よりも彼のことを優先していれば、こんな惨めな公開処刑に遭わずに済んだのかな?


 もう少し。

 オシャレにも手を抜かず、彼女のように可愛い女の子アピールでもしていれば、二股なんてかけられなかったのかな?


 もう少し。

 若ければ・・・・・・っていうか、年齢はどうしようもないよね?


 この状況から見れば、何もかもが今更なわけで。

 手遅れなのは、確定事項なのだけれど。


 少人数とはいえ、知った顔がちらほら見える中で、今のこの状況はマジでキツイんですけど。


 なぜなら今私たちのいるこの場所は、会社の休憩室なんだもの。

 仕事中、ちょっと一息入れたいときに利用されるこの部屋には、意外にも飲み物やお菓子、軽食の自動販売機が充実しておりまして。


 いくら退社時間後の残業時間帯だとは言え、社内にはというか、この部屋には何人かの社員が私と同じように、休憩をしに来ているというのに。


 まさか、このタイミングで言ってくるなんてね。

 今のこの状況。

 傍から見ればどう転がったとしても、私の方がいい見世物で、そして悪役そのものなんだよね。


最近、小説によくあるパターン、婚約破棄を言い渡される悪役令嬢って、今の私と同じ気持ちなのかなあ~?

 まさか現実世界で、しかも私自身が同じ目に合うとは夢にも思わなかったけれどね。


「分かりました。こんなにたくさんの証人がいるんだもの、問題ないと思うわ。お二人とも、どうぞお幸せに。」


 私は頭を下げたままの二人の前で、スクッと椅子から立ち上がると。

 にっこりと満面の笑みでそう伝え、いつも通りにふるまいつつも、その空気の悪い部屋を後にした・・・・・・というか、そうするしかないじゃん?


 そして。

 

 私が部屋を出た後では。


 突然、誰かの拍手をする音が聞こえてきたりするわけで。

 続けて次々と拍手する音が増えていき、いつの間にか休憩室はお祝いムード満載、といったところか。

 

「みんな、あの二人の味方なのか。まあ、私にはどうでもいいことだけれど。」


 私は、すぐさま女子トイレへと急いだ。


 こんなに盛大にフラれたのだから、密かに泣いているのだろう。

 さっきの光景を見た人、知っている人たちはきっと、そう思ったんだろうなあ。

 その証拠に、廊下でするコツコツと聞こえる足音は、私だけのたった一人分。


 わき目もふらず、こんなに足早に移動していては、そう誤解されても仕方ないわよね。


 わざわざ1階下まで降りて行った先の、女子トイレ。

 ここには今、誰一人として、利用者がいなかったのがせめてもの救いだわ。


 正直、一人で助かった。

 

 ()()()()()

 今思っていることが、誰にも知られなくて済むんだもの。


 それにしても、困ったことになったなあ。


「私、まだ仕事が残っているんだけどなあ。どのタイミングで戻ったらいいんだろう?」


 今戻れば、確実にいろんな人に出くわしてしまう。

 あの場にいた連中が、すぐにでも会社内の残っている他の連中に、面白おかしくさっきのことを話すよね? きっと。


 いや。

 残っている連中だけじゃない。

 すぐさま、l〇neで情報を流しまくって、すでに退社した連中にまで知れ渡っていると思った方がいいかな。


 ・・・・・・ありえる。


「あと、どれくらいここにいれば、仕事に戻れるんだろう?」


 スマホの画面で時間を確かめながら、そのことだけが頭の中をぐるぐると駆け巡った私は、かなりの仕事中毒なんだなと、思わず苦笑いがこみ上げる。

 

 正直。

 別れたことは、どうでもよかったもの。


 もし今、泣いてしまうのなら。

 悔しくて、涙が出てしまうのなら。

 

 あんな若いだけが取り柄の女性に、フラッとついて行ってしまうその程度の男に、5年間も無駄な時間を割いていた自分に対して・・・・・・かな?


 その悔しさであれば、涙も出そうな気がするのだけれど。


 何故だろう?

 泣くという気持ちが、1㎜も湧いてこないのよね。


「5年前は、確かに好きで付き合ったはずなんだけどなあ・・・・・・。」


 部屋を出るときに、ついでに持ってきたまだ熱々で中身もほとんど減っていない、トールサイズのキャラメルマキアート。


 女子トイレという場違いなところにて、一人淋しく飲みながら、これからのことに頭を悩ませていると。


「春香~、いる~?」


 聞き覚えのある声が、私を呼んだ。


「うん、こっち~。」


 そう答えれば、女子トイレの入り口にて見慣れた一人の女性が、ひょっこりと顔を覗かせた。


「静かだから、もしかして泣いているのかと思ったよ~。」


 そう言いながら中に入って来た彼女は、神妙な顔つきからすぐさま、何やら楽しげな表情に変わっていく。


「え~、まっさかあ~。」


「だよね~。」


 女子トイレの鏡の前でお互いに顔を見合わせ、どちらかともなく笑みがこぼれた。

 いつでも私の味方でいてくれる親友がいるって、本当に幸せ。


「今の気分は?」


 と、聞かれたので。

 微笑む親友の幸奈(ゆきな)の顔を見ながら。


「気分はサイコー!! だって、これで私は自由だもん!!」


 私は両手で力強く、ガッツポーズをしてみせた。


「そうだよね~。おめでとう、春香!」


 どちらかともなく両手を合わせて、アラサーの女子二人が年甲斐にもなくその場でピョンピョンとジャンプをしたって、誰も見ていないからいいよね?


 なぜなら。


 これで本社への転勤を、心置きなく堂々と引き受けることが出来るから。


 私はこの会社が好きで、入社を決めたんだもの。

 嬉しいに決まっているでしょ?


 彼もそうだったはず。

 だからこそ、私の気持ちも分かってくれているものだと思っていたんだけどな。

 結局は、私の勘違いだったのだけれど。


 仕事でどんどん評価されていけばいくほどに、私はますます忙しくなっていって。

 毎日がとにかく楽しくて充実した日々だったから、ちっとも苦にならなくて。

 今思い直してみれば、彼といるよりも仕事をしている方が、ずっとず~っと楽しかった気がするんだよね。


 だからなのか?

 

 同期で入社した彼よりも、いつの間にか私の方が出世していたんだよなあ。

 まあ私は女性部門、彼は男性部門なのだから、いろいろと違いはあるのだと思うけど。


 だから私は気にしなかったのだが、彼は気にしていたらしい。


「なあ。結婚したら、家庭に入ってくれないか?」


 いつの間にか、こんなことを言うようになった。


「毎日、お前の手料理が食べたい。」


 だの。


「俺の部屋の掃除しといてくれ。」


「洗濯もよろしく!! もちろんアイロンもちゃんとかけてくれよな。」


 だの。

 途中から、まるで家政婦扱いのようになっていったなあ。

 付き合ってしまってから後悔した原因の一つが、コレなんだよね。


 彼は、家事が全くできない男性だったのだ。

 それどころか。


『家事全般は女がするのが当たり前』


 といった、亭主関白・男尊女卑上等な昭和時代以前を彷彿とさせる、大変古い頭の持ち主だったんだよね。


 一人暮らしをしていたから、てっきり何でも自分でこなせる人かと思っていたけれど。


 実は、彼の母親が週末ごとにきて、掃除や洗濯に、料理、アイロンまでしていたと知った時。

 あの時にしてたのになあ。


 “嫌な予感!!”


 あの時の私の感を信じていれば、こんなことにはならなかったのかな?


 彼の母親が、祖母の介護に追われるようになって来れなくなってからは、その役目を私に押し付けてきたんだよね。


「どうせ俺たち、結婚するんだから。予行練習だと思えばいいじゃん?」


 って。

 どういう神経をしているんだか。

 いつもきれいに片付いている部屋、冷蔵庫には作り置きの数種類の美味しい料理。

 それらを見て、家事もできる男性なのだと、勝手に誤解をしていた私にも非はあるんだよね。

 だから黙って、言われるがままに家事全般をこなしてきたのだけれど。


 お料理だって、お掃除だって、お洗濯だって、アイロンがけだって。


 同じ会社に勤めているのだから、波風立てないように、私なりに気を使ってきたつもりだったんだけどなあ。


 しかし。

 

 ここ1ヶ月、すれ違いばかりで全くと言っていいほどに、呼び出しが無かった訳で。

 今思い返せば、会うこともなければ、連絡の頻度も急激に減っていってた気がする。


 『アレ? 私、いつの間にか“都合のいい女”?』


 なんて、つい最近までの出来事を思い返していたら。


「そういえば、ウケるんだけど~。」


 突然。

 ウッキウキ口調で聞いてくれと言わんばかりに、幸奈が話を切り出してきたその内容が、何とも予想外の出来事で。


 まさか、こんな結果になろうとは、この時の私には想像もできなかったんだよね。

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