5話「魔法」
私がカリス様に弟子入りしてから二週間ほどたった。
ようやくここでの生活にも慣れてきて、カリス様の魔道具製作の手伝いなどもするようになっていた。
カリス様は上級ポーションや魔力が付与された香水などの雑貨で生計を立てている。
このような魔道具は魔法使いしか作れないために、希少で利益率が高いのだという。
一見不便そうに見えるこの家の立地も、それらの素材となる植物が近くに自生しているので、仕事をするのに都合が良いらしい。
順調に弟子としての仕事を覚えていった私は、三日前から家事の合間に文字の読み書きも教えてもらっていた。
これは魔導書を読んだり、お店との取引をする時に必須のスキルなので、魔女になるためには勉強しなければならないのだ。
今日も隣り合わせで文字の書きとりを教えてもらっていたら、カリス様が私の事を褒めはじめた。
「ダフネは頭が良いね。要領が良くて文字を覚えるのも早い。優秀な弟子を持って私は鼻が高いよ。」
カリス様はよく褒めてくれるのだが、今日は一段と褒めそやしている。
その理由は師匠譲りの教育方針なのか、それとも彼女の優しさからくるものなのかと問われたら、私は後者だと答えるだろう。
その言葉を受けて、私は照れ臭そうにしながらえへへと笑った。
「これならそろそろ魔法の基礎に入ってもいいかな。」
なるべく自分の口からそれを言葉にするのは控えていたのだが、カリス様の突然の申し出に私は目を見開いて反応してしまった。
「やった!ありがとうございます!」
普段はカリス様に良く見られたいがために少し大人びた態度をとっていたのだが、この時ばかりは年齢相応に飛び跳ねて感情をあらわにした。
魔法の勉強ができるという事実は、私にとってそれほどまでに特別な事だったのだ。
それと同時にカリス様に弟子として正式に認められた気がして嬉しかった。
カリス様はそんな私を笑いながらしばらく眺めて、魔法の説明を始めた。
「まずは魔法の基本について話すね。魔法とはこの世界を構築している、『地』『水』『火』『風』『空』という『五大元素』をもとに成り立っているわ。自身の魔力でその要素を増幅する事によって火や水を出しているの。」
料理の時の火や飲み水の供給もこの原理なのかと合点がいった。
「意外と種類が少ないんですね。」
「そうね、でも各要素を組み合わせる事で様々な属性を生み出す事ができるの。これは上級レベルの話だから参考程度に覚えておいてね。」
メイドームへ行く時に使っている移動魔道具は、きっとこの属性の組み合せで作られているのだろう。
そう考えるとできる事の幅はかなり広そうだ。
「ところでダフネは魔力を感じた事がある?」
今までカリス様が私の目の前で魔法を使っても、魔法は見えるが魔力のような物は一切感じ取れなかった。
首を横に振って答えるとカリス様が話を続ける。
「私も最初はそうだったわ。ほぼ全ての人は魔力を持っているのに知覚出来ないみたいなの。」
「じゃあどうやって感じとるんですか?」
私は素朴な疑問を投げかけた。
「瞑想で魔力を知覚できるようにするのよ。」
瞑想という私には聞き馴染みのない言葉が出てきた。
カリス様の補足によると、精神を集中させる事を指すらしい。
それでもまだイメージが湧かないので少しだけ申し訳なく思ってしまった。
「とりあえず実践してみましょ!まずは目を閉じて肩の力を抜くこと。落ち着いたらそのままゆっくり深呼吸してね。」
カリス様は私がピンときていない様子を察したのか、瞑想のやり方を説明し始めた。
私はその言葉に従いゆっくりと目を閉じる。
新しい事に取り組む時は、いつも緊張して心臓の鼓動が早まっていたが、この時は妙に冷静だった。
------------------
今日は初めてダフネに魔法を教える事にした。
理由を問われたら「ここの生活に慣れてきたと感じたから」と答えるだろう。
ダフネは弟子としてよく頑張っているし、優しくて良い子なので魔法を教えても構わないだろうと思った。
いつも教えた事を器用にこなしてしまうから、今回もあっさりと身につけてしまうだろうという予感はしていた。
本当にただそれだけのはずだった。
しかし、目を疑う光景が私の前に現れた。
ダフネの魔力が急激に増えた!?
通常、魔法を使えない一般人でも魔力は身体から出ているものだが、魔法使いと比べてとにかく量が少ない。
魔女たちはこれを修行によって増量し、魔法を使うためのエネルギーにしているのだ。
ダフネも例に漏れず、出会った時から微弱な魔力をまとっていた。
ただ今は明らかに一般人とは思えない量の魔力を全身から放出させている。
自身の魔力を意識したから!?瞑想の導入だけでこんなふうになるなんて聞いた事がない!
突然の異常事態に思わずうろたえてしまった。
だが、色んな疑問が生まれて山積みになる中で、私が一番解せなかったのはその魔力量である。
魔女や魔法使いは私みたいに魔道具を作って生計を立てている者もいれば、兵士として魔術で人を殺めて暮らしている者もいる。
しかも後者の方が数が多くて競争も激しい。
継戦能力に直結するため、兵士の魔法使いたちは基本的に魔力量が多い。
何故今こんな事を考えたのかと言うと、過去にこんな事があったからだ。
私がまだ師匠に付いて見習いをしていた頃、私たちの住むこのセントヘイム王国の魔法使いの将軍と会った事がある。
その人は師匠の旧友だったので私の事を可愛がってくれたのだが、老練の彼の身体からほとばしる魔力が凄まじく萎縮してしまった。
ここまで話せば察する人もいるかもしれない。
その将軍並みの魔力が今のダフネの全身から溢れているのだ。
私は狼狽をダフネに悟られないように落ち着いて指導を続ける。
「そ、それでいいわ。呼吸の速さは意識しないでなるべく自然に行なう事。その深呼吸で空気を全身に取り込んで、空気と一体になるイメージを持つのよ。」
私はいつも通り自然に話せているだろうか?
ただの少女だと思っていた弟子が、この国で最強の魔法使いに並ぶほどの力を見せている。
この状況で動揺しないわけない。
これはもはや私の手に負える才能ではないだろう。
すぐに師匠に伝えるべきだ。
そう思った瞬間にダフネが目を閉じたまま口を開いた。
「私、魔力を感じられるようになったかもしれません。」
感じられるどころか最強クラスの魔女になってますけど!?
私は思わず心の中でダフネにツッコミを入れてから、話し方や声色がいつものダフネだった事に気付いて少し安堵した。
異次元の魔力量をまとっている姿のせいで、彼女の事が異形の怪物みたいに感じられたが、中身に変化はないようだった。
「驚くほど早いけどそのようね。でも瞑想は一日三十分毎日行なうこと。これは心を鍛える目的もあるからね。」
一瞬悩んだ末に、私は嘘偽りのない言葉を並べてダフネへの指導を続けた。
それを聞いたダフネは元気良く「はい!」と返事をした。
真っ直ぐな彼女の態度を見て、心に針を刺されたような痛みが広がった気がした。
------------------
凄い…!自分の魔力を感じられてる!
身体の周囲に温度のない膜をまとっているような妙な感覚だ。
身体全体が保護されているみたいなイメージが強いかもしれない。
カリス様の言いつけを守っているのでまだ目を開けられていないが、きっと見えるようにもなっているのだろう。
カリス様は早いと言っていたけど、もしかして魔法もすぐに使えるようになるのかな?
という邪念が一瞬頭をよぎったが、今は瞑想の訓練の最中だという事を思い出してすぐに自分をいさめた。
今は瞑想に集中しよう。
魔力の知覚を習得した私は、自分でも驚くほど冷静だった。
まるで既にあった物を取り戻したような妙な感覚。
この状態が自身の自然体なのだと確信めいた感情すらあった。
これでようやく本当の意味でカリス様の役に立てると思うと嬉しかった。
読んでいただきありがとうございます。
次回の6話「魔王」は11/1(月)0時更新予定です。
よろしくお願いします。