4話「師匠」
その小さな少女は漆黒のローブを身にまとい、姿形に反して大人びた雰囲気を醸し出している。
声自体は幼く聞こえるのだが、話し方や表情からは妖艶さのようなものを感じた。
振り返ったカリス様がその子の顔を見ると同時に、信じられない言葉を口にした。
「げっ、師匠…お久しぶりです。」
「え〜!?カリス様の師匠!?」
私は耳を疑った。
今日はもう驚く事はないだろうと思っていたのだが、その予想をあっさりと覆されてしまったのだ。
カリス様から師匠と呼ばれたその人は、妖しい雰囲気をまとっているとはいえ、私と同年代にしか見えない。
不老とは聞いていたが、まさかこれほどとは想像していなかった。
その師匠は私の事が気になるようで、爪先から頭のてっぺんまで舐めるように見ている。
「あら、この可愛い子はどなた?…って今『げっ』って言った?」
「言ってません。この子は私の弟子のダフネです。」
その発言を聞いたカリス様の師匠は、とても嬉しそうな顔で私に詰め寄って来た。
私の事を目をキラキラさせながらまじまじと見つめ、興味津々といった感じだ。
「カリスの弟子!?すっかり一人前になっちゃって!」
あまりにもぐいぐい来るものだから、私は恥ずかしくなってしまい、カリス様の後ろに隠れてしまった。
「師匠、あんまりダフネをからかわないでください。」
「そんなつもりないわよー!」
師匠はカリス様に叱られて口を尖らせている。
その様子があまりにも似合っていたので、本物の子供みたいだと私が思っていると、カリス様は溜め息を吐いてから師匠の紹介を始めた。
「この人は私の師匠のソフィア。変人だけど正真正銘の魔女よ。」
「一言余計!」
師弟関係なのに友達みたいなかけ合いをしているのがおかしくて、私は思わず吹き出し笑いをしてしまった。
しかしすぐに表情を戻し、改めて自己紹介をする。
「ダフネと言います!三日前にカリス様に弟子入りしました!」
「へー、魔法は"まだ"使えないみたいね。よろしく!ダフネ!」
「ソフィア様、よろしくお願いします!」
挨拶を終えるとソフィア様は私の肩をポンポンと軽く叩いて楽しそうに笑う。
改めてまじまじと見つめてもソフィア様は子供にしか見えない。
私は無性にソフィア様の年齢を聞いてみたくなったが、初対面でするのは失礼だと思ったのでぐっと堪える。
そんなふうに悶々としている私を尻目にカリス様はソフィア様へ質問した。
「こんなところにいるのも珍しいですね。何かあったんですか?」
「大した用じゃないわ。ただの散歩よ。」
どうやら明確な目的があってここへ来たわけではないようだ。
それともなにか話せない用事があるのかは、その時の私には判断出来なかった。
「でも、いい物が見られたから収穫ね。」
ソフィア様は私の事を見て、ニヤリと笑みを浮かべながら呟く。
私はその視線で背筋に寒気を感じ、ヘビに睨まれたカエルのようになってしまった。
カリス様はそんな私を守るようにそっと抱き寄せて、目でソフィア様に威嚇している。
「じゃあ私はこのへんで失礼するわ。ダフネちゃん、また会いに行くからねー!」
「は、はい!お元気で!」
カリス様の威圧が効いたのか、ソフィア様は簡単な別れの言葉を告げて、足早に立ち去ってしまった。
「本当に相変わらずね。」
カリス様が呆れたようにため息をつく。
「可愛らしい見た目なのにちょっと怖かったです。」
私はソフィア様の獲物を見るような目線を思い出して身震いする。
「アレに騙されちゃダメよ。流石に孫弟子に手を出すほど人として終わってないと思うから、ちょっと面倒臭い人ぐらいに思っててちょうだい。」
それは少々失礼なのでは?と思ったが、先程のやり取りを思い浮かべながら、「分かりました」と言って頷いた。
ソフィア様は今まで会った事のある人と比べ、かなり異質な存在であった。
表面ではふざけているように振る舞っていたが、時折野生動物に似た警戒心を見せ、私の事もただ可愛がるだけではなく、一種の観察めいた雰囲気すら感じられた。
そんな"小さな嵐"が過ぎ去った頃には、すっかり疲れ果ててしまっていた。
「そういえば、ソフィア様はおいくつなんですか?」
ソフィア様と会ってからずっと疑問に思っていた事を、本人がいないタイミングでカリス様に尋ねてみる。
「二百何十歳とか言ってたわ。本人もよく覚えていないみたいよ。」
私は異次元の返答に言葉を失ってしまった。
改めて魔法の凄さを知ると同時に恐ろしさも覚えた。
「もしかしてカリス様も不老なのですか?」
私がそう聞くと、カリス様は軽く笑いながら答える。
「私は不老魔術は使ってないよ。というより使えないってのが事実かな。あの魔術は膨大な魔力を常に消費し続けるから常人には不可能なの。」
同じ魔女でも才能によって、できる事の幅がかなり違うようだ。
しかし、カリス様は特にその事を気にしている様子も見せず、あっけらかんとしている。
私も二百年生きてみたいとは思えないので、きっと同じ気持ちなのだろう。
「まあ、師匠の事は"精霊"だとでも認識しておけばいいわ。」
精霊という単語がソフィア様の容姿と絶妙にマッチしていて可笑しくなった。
大笑いをするのも失礼なので、私は困ったように微笑んで「わかりました」と答える。
これが私とソフィア様の出会いだった。
その後、私たちは一旦メイドームの家に戻って荷物を置き、少し休んでからカリス様の提案で飲食店のある区画へ向かった。
「エールの美味しいお店があってね!ダフネを連れて行きたかったんだよ!」
どうやらお気に入りの酒場があるらしく、子供のようにソワソワしているカリス様を見て微笑ましいと思った。
普段のカリス様は「仕事をする時に集中できなくなるから」と言って、ビールやワインなどのお酒を断ち、水や紅茶を常飲している。
本来は飲み水と茶葉は高価な物なので常飲するのには不向きなのだが、カリス様は魔法で水を生成できるため、その問題をクリアしていた。
「塩漬けじゃないお肉も食べられるわよ。期待しててね。」
カリス様の言葉通り私は期待に胸を膨らませ、足取りを軽やかに進める。
舌の肥えたカリス様が絶賛するほどなのだから、きっと絶品に違いない。
お店に着く頃には陽が沈みかけており、周りの酒場と思わしきお店からも、ランプの光と客の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
私が少し緊張しているとカリス様は勢いよくお店に入って店員に話かける。
「二人よ!あの席良い?」
「いらっしゃい!大丈夫だよ!飲み物は何にする?」
「エール二つ!あとラムチョップも!」
入店するや否や手慣れた感じで注文を済ませ、私の手を引き颯爽と座席についた。
繁盛しているお店のようで、お客さんはかなり多い。
彼らが美味しそうに料理を食べながら談笑している様子を見ていると、なんだかこちらまで楽しくなってきた。
「いいお店ですね!」
「でしょ?私の行きつけだよ!」
喧騒に負けないように大きな声でカリス様と会話をしていると、すぐに店員がビールを運んできた。
「じゃあ、私の弟子になってくれたダフネに!かんぱーい!」
「か、かんぱーい!」
カリス様は臆面もなくこういう発言をするので、そのたびに私は心臓を高鳴らせてしまう。
照れ隠しのためにその勢いのままビールに口をつけた。
カリス様の家に来るまで私は村で醸造していた粗悪なビールを飲んでいたが、小さな頃から飲み続けていたので味に対して疑問を持っていなかった。
しかしこのビールは、ホップの香りがまるで果物のように華やかで苦味も控えめなため、まるで別物のように感じられた。
「こんなに飲みやすいビールがあるんですね!」
「このお店で作ってるんだって!メイドームは修道院のも美味しいんだけど、ちょっと苦味が強いのよね。」
まだまだ私には知らない事がたくさんあるんだなぁと、感心しながら相槌を打った。
このあとに食べたどの料理も、今まで味わった事のない物ばかりで、私は感動しっぱなしだった。
思えばカリス様と出会ってから色んな事を教えてもらっている。
きっとこの行動の全てが、私がここの生活に慣れるための教育なのだろう。
今回の外出で私は、早くそれらを乗り越えてカリス様に魔法を教えてもらいたいと、強く想う事となった。
読んでいただきありがとうございます。
今回から後書きに次回のサブタイトルも記載していこうと思います。
5話「魔法」は10/25(月)0時更新です。
よろしくお願いします。