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わたし、魔女の弟子になります!  作者: ふえるしむ
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2話「朝食」

興味を持っていただき、ありがとうございます。

微睡みの中、花弁をすり潰したような甘い匂いが鼻腔を通り抜けた。

背中は柔らかな物に包まれており、肩甲骨と骨盤が床に直接触れていない睡眠はいつぶりだろうか?

永遠とこの空間に意識を漂わせていたいと願うほどの夢心地だ。

しかしそんな天国にいるみたいな時間も長くは続かず、昨日の自分の身に起きた事の記憶を取り戻したところで、跳ねるように飛び起きた。


私!魔女に弟子入りしたんだった!


急に現世に戻って来た私は、まだ頭の整理が追いつかない。

周囲を見渡すとそこは昨日魔女と話した部屋だった。

先程の感じた甘い香りは、テーブルの上にあるガラスの瓶を熱している謎の器具から漂って来ていたようだ。

それは果物の皮のような物を煮詰めており、小気味良くコポコポと音を立てている。


私は藍色の大きなソファの上で、毛布をかけられて横になっていた。

どれくらい寝ていたのだろうか?

カーテンの隙間から差し込む陽光は、明らかに夕陽とは異なった色調だ。


そんな事を考えながら謎のガラス器具を見つめていると、身体に変化を感じた。


あれ?背中が痛くない。


叔父夫婦に虐待され始めてから一番酷く痛んだのは背中だった。

顔やお腹を守るためにうずくまっていたので、背中ばかりがその暴力に晒されたからだ。

そんな状態だったので、ここ最近は常に背中の痛みと付き合っていたのだが、どういうわけか今は完全に快方していた。


しかも、しばらく浴場に行かせて貰えずに垢まみれだった全身が、本来のつややかな肌を取り戻しており、服まで着替えさせられている。

どのようにしてなされたのかは不明だが、私が寝ている間に全身を清められたみたいだ。


そこでふと昨夜の出来事を思い出し、急に顔が熱くなるのを感じた。


魔女様の前で取り乱してしまった!

もっときちんとお話するつもりだったのに!


そんな気恥ずかしさに悶えながら、彼女の穏やかな体温と声色を反芻していると、外からなんとも懐かしい音が聞こえてきた。

私は立ち上がり、その音の鳴るドアの方へ恐る恐る進んだ。

ドアを開けると目を疑うような光景が眼前に広がった。


貴族令嬢さながらの気品ある服装に身を包んだ魔女が、丸太に足をかけて慣れた手つきで鋸を扱い、木材を切り出している。

私の父が大工をしていたのでこの作業自体は見慣れていたのだが、余りにもミスマッチな眺めであった。


私が呆気に取られていると、魔女がこちらに気付き手を止めて、笑顔で話しかけてきた。


「おはよう!よく眠れた?」


「お、おはようございます。たくさん眠れました。それ、何を作ってるんですか?」


挨拶もそこそこに、不釣り合いな様子が気になり過ぎて、質問せずにはいられなかった。


「君のベッドだよ。ずっとソファに寝かせるわけにもいかないからね。」


「そんな!私なんかの為に!」


まさかの大物製作である。

しかも昨日弟子入りしたばかりの私のためときた。

私はまだ少しも魔女の役に立っていないのにも関わらず、彼女は凄まじい勢いで色々なモノを与えてくれる。

その事が妙に情けなくて申し訳ない気持ちになり、つい遠慮気味な態度をとってしまった。

それを聞いた魔女は私を諭すように言う。


「そんなふうに気をつかわなくていいんだよ。ダフネは今日から私の弟子なんだから、ちゃんと健康でいてもらわないと。」


私はその言葉を聞いて、筆舌に尽くしがたいほどの感動を覚えた。

いくら弟子とは言えども、出会って間もない人の事をここまで思いやれる人がいるなんて、夢にも思わなかった。

その時から彼女に対して、私の心にある感情が芽生えていたのだと思う。


「そ、それでは、せめて手伝わせてください!」


「じゃあ、お願いしようかな?でもその前に朝食にしようか。」


そういえば私は昨日の朝から何も口にしていなかったのだ。

空腹にはすっかり慣れてしまっていたが、その言葉を聞いて私の胃袋は間の抜けた音を響かせた。

それを聞いて吹き出し笑いをした魔女は、赤面する私の手を握り、くすくすと笑いながら家へ入る。


私は椅子の上で待たされて、魔女は奥の部屋にあるキッチンへ足を運んだ。

しばらく待っていると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきて、朝食の入った器を宙に浮かせながら魔女が戻ってきた。

それが私の見た初めての魔法であった。

余りにも自然に行なっているので、驚きよりも感心の方が上回ってしまった。

別に疑っていたわけではないが、彼女は本物の魔女だったのだ。


「わー!たくさんのお皿を運べて便利ですね!」


「でしょ。丸太もこれで運んだんだよ。」


初めて見た魔法とそれを簡単にこなす魔女に感動していると、木製のお皿が丁寧に配膳されていく。

今日の朝食は、丸くて白いパンと厚めの焼いたベーコン、ひよこ豆と人参のスープだ。

農村の物と比べるとかなり豪華な食事なのは間違いない。


「さあ、召し上がれ。」


「はい!いただきます!」


待っている間に私は出来るだけ行儀良く食事をしようと考えていたのに、食卓に並ぶ芳醇な香りを前にすると本能に逆らう事はできなかった。


最初に手を出したのはパン。

村で普段食べていたパンはもっと茶色くてゴツゴツとした硬さがあったが、今手にしたこれは雲のように白くてフカフカとしている。

いつもは無理矢理齧り付くか、小さくカットして食べていたのに、これは手で簡単に千切る事が出来た。

それを口にすると、柔らかく芳ばしい香りが鼻から抜け、口いっぱいに甘さが広がった。

いつものパンは酸味が強く香りも異なっていたため、全く別物のように思えるほどだった。


ベーコンもスープも絶品で、この朝食は久しぶりに生を実感するイベントとなった。


魔女は無我夢中で料理を頬張る私を見て微笑んでいる。

それに気付いた私は、食事の途中に突然ある事を思い出した。


「そういえば、まだ魔女様の名前を聞いてませんでした!」


魔女はハッとして、何かを恥ずかしがっているのか、頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべて答えた。


「私の名前はカリスよ。そんな習慣がなくて、名乗る事をすっかり忘れてたわ。」


どうやら自己紹介を忘れていた事を指摘され、それを恥じているだけだったようだ。


カリス様。


私はこれから師事する人の名前を聞けて心が躍った。

人の名前を聞いただけで、ここまで気持ちが昂る事は今後二度とないだろう。


「カリス様…!こんなに美味しい朝食を食べさせていただいて、ありがとうございます!」


「このぐらいで良ければ毎日食べられるわよ。これからよろしくね、ダフネ。」


カリス様が優しく私の頭を撫でながら言う。

それがどうにも心地良くて、自分の心が満たされていった。


「はい!よろしくお願いします!」


その後、朝食を綺麗に平らげると、製作途中のベッドをカリス様と一緒に作り始めた。

自分のための物とは言え、それが初めての弟子としての仕事であった。

次回は10/11(月)更新です。

よろしくお願いします。

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