12話「謁見」
「女王陛下がダフネに会いたい?」
ソフィア様は王都から帰宅した私の元に来て、唐突な話を持ち出した。
二人っきりで話したいという事で、ダフネを家に置いて私たちは家の外に出ている。
すっかり暗くなった空の下で、窓から漏れる灯りがほのかに私たちを照らしている。
「女王として一度見ておきたいそうよ。どうする?」
「どうするも何も、王命なら従うしか…。」
女王陛下の言葉は国民にとっては神の言葉と同義であり、断れば反逆罪に問われる可能性すらある。
突然の命令にうろたえる私を見た師匠は、少し険しい表情で話を続けた。
「私の意見をすんなり受け入れてたし、少し警戒しといた方がいいわね。」
その言葉の真意が汲み取れず、私は師匠の目を見つめて首をかしげた。
ソフィア様は発言を続けるのを少しだけためらったが、観念したように言葉を吐き出す。
「女王はダフネの命を狙う可能性があるわ。」
それを聞いた私は、心臓が跳ね上がるような衝撃を受けて目を見開いた。
もしそんな事を宣告されたらと思うと生きた心地がしない。
不安に押し潰されそうになったが、なるべく気持ちを落ち着かせてソフィア様に質問を投げかける。
「…師匠は守ってくれますか?」
「もちろん!」
二つ返事で答えてくれた彼女を見て、私は少しだけ安心した。
師匠は女王陛下と面識があり、この国で唯一彼女に"上"から進言できる存在である。
しかしそんなソフィア様でも、今回ばかりは難しい表情を浮かべて不安要素を並べる。
「でも二人と分断されたり、"ゴルド将軍"を呼ばれたりしたらまずいわ。」
ゴルド将軍は王都軍の最高司令官であり、この国最強の魔法使いだ。
以前私が会った際に、魔力量の凄まじさに萎縮してしまった人物である。
しかも魔法使いでありながら白兵戦も得意としており、"王国の守護神"と称されている。
女王陛下がソフィア様に対抗するためなら、間違いなく出てくるであろう。
「それに王宮は近衛兵以外の武装厳禁だから、女王以外の魔力も制限されるわ。」
「制限ですか?」
ただの謁見で終わる可能性は高いが、ダフネを処刑される危険性を考慮すると、それは大きな障害となるだろう。
「中には特殊な結界が張ってあって、普段の四十分の一程度しか魔力を外に出せなくなるの。」
「厳しいんですね。」
ソフィア様の言葉に思わず愚痴をこぼしてしまった。
具体的な数字を告げられたが、尋常でない制限の強さのせいで想像が追いつかない。
「王族の安全を確保するためだから仕方ないわ。対策は私が考えておくから、明朝九時に私の家へ来て頂戴。」
ソフィア様は呆然とする私を安心させるかのように、明るい声色でそう言っているように聞こえた。
私は頭が真っ白になりかけていたが、なんとか声を振り絞る。
「分かりました。ダフネには女王様と謁見するとだけ伝えておきます。」
それを聞くとソフィア様は頷いて私の肩を軽く叩き、足早に王都へと帰っていった。
残された私は動揺する心を落ち着かせてから、ダフネに明日の話を伝えるために家へ戻った。
「ダフネ、明日は女王陛下にご挨拶しに王宮へ行くわよ。」
「じょ、女王様!?私なんかがお会いしていいのですか!?」
私が明日の予定を話すと、ダフネはあからさまにうろたえた。
その反応も当然で、王都以外に住む平民は基本的に生涯で女王陛下の顔を拝む事ができない。
そんな雲の上の存在が、そちら側から会いたいと告げてきたのだ。
構わず私はダフネに話を続ける。
「女王陛下の希望よ。師匠の話を聞いて一目見ておきたいんだって。」
「ちょっと怖いですけど、行くしかないですもんね…。」
おそらくダフネの感じている恐怖心は、想像の及ばない権威に対しての恐れだろう。
処刑の可能性を話さずに連れて行くのは良心が痛んだが、何事もなかった際にはこの選択の方が良いはずだと、必死に自分に言い聞かせた。
「師匠もついてるし大丈夫よ。」
私はなるべくダフネの不安を拭うつもりで明るくそう言うと、彼女は緊張を振り払うかのように元気な声で答えた。
「じゃあ明日は昨日買ってもらった服を着て行きますね!」
全てが杞憂に終われば良いけど…。
私たちは一抹の不安を抱えながらも、その日は早めに床についた。
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翌日、私とダフネは王都へ赴いた。
ソフィア邸から王宮へ向かう馬車に乗りながら、ソフィア様に王宮での立ち振る舞いの説明を受けていた。
私も女王陛下とはお会いした事がなかったので、不快な緊張感が身体にまとわりついているのを感じる。
「丁寧な言葉を選べば言葉遣いで咎められたりはしないわ。作法も私を真似ているだけでいいわよ。」
「わかりました…なんだか緊張してきました…。」
ソフィア様の話を聞いたダフネが心境を吐露する。
それを聞いた私はダフネの手を握り、彼女の目を見つめて話した。
「私たちがついてるから大丈夫よ。」
それを聞いたダフネは黙って頷き、私の手を強く握り返す。
小さな手は冷たくなっていて微かに震えている。
そんなダフネにソフィア様が王宮の説明を続けていると、私たちを乗せた馬車が王宮に着いた。
王宮を遠くから眺める事はあったが、ここまで近付いて見たのは初めての経験だった。
巨大で純白な外壁の王宮を、分厚くて高い堅牢な石の塀が囲っている。
鉄製の格子状の正門から王宮の建物の入り口までは、そこそこの距離があって庭園の広大さも伺える。
大国の王の住居としては申し分ない規模だと言えよう。
ソフィア様が慣れた態度で正門の前に立つ近衛兵に挨拶をすると、私たちは中へ通された。
正門をくぐって敷地内に足を踏み入れた瞬間に、ソフィア様から聞いていた魔力を制限する結界の効力を実感する事になった。
体外に出せる魔力量が大幅に減少している。
これではほとんどの攻撃魔法や防御魔法が形を成さないだろう。
本当に大丈夫なのかな?
私は不安を抱えながら王宮に入り、二人の近衛兵に先導されて大理石の廊下を歩いていると、謁見の間という所へ通された。
そこは私の家が四つは収まりそうなほどの広さで、高い天井の全面に宗教画が描かれている。
壁面にも金細工を使った意匠がふんだんに施されており、王族の権威を象徴するような煌びやかさだ。
そんな豪華絢爛な部屋の奥には、玉座と思わしき大きな椅子がある。
「しばらく待ちましょう。あっちの扉から女王が入ってきたらすぐに跪くのよ。」
ソフィア様が指をさした方向には、私たちが入ってきた入り口とは別にもう一つの扉があった。
近衛兵も出て行った謁見の間に残された私たちは、ソフィア様の言葉に従って大人しく女王陛下が来るのを待つ。
ふとダフネの方に目を向けると、緊張感で石のように硬直している。
そんな可愛らしい姿を見て思わず笑い出しそうになってしまったが、ぐっと堪えて安心させるように彼女の頭を撫でる。
少しだけ緊張感がほぐれた気がして、自分の表情が柔らかくなるのを感じた。
女王陛下を待つ時間は実際には数分しか経過してなかったと思うが、厳かな空間のせいもあってか、異様に時が経つのが遅く感じられた。
私たちは無言で部屋の中央で待っていると、先程ソフィア様が示した扉が急に開き女王陛下が入室された。
ソフィア様の指示通り私たちはすぐに跪き、女王陛下が声を上げるまで顔を伏せた。
馬車の中のダフネのように私の手は冷たくなり、背筋に汗が流れるのを感じる。
すると、張り詰めた空気を切り裂くように女王陛下が声を出す。
「面を上げて楽にせよ。」
女王陛下の言葉に従って私たちは顔を上げ、その声が発せられた玉座の方に目を向けた。
そこには玉座に鎮座する女王陛下の姿があった。
真っ赤なドレスを身にまとい、私たちの事を無表情で見つめている。
「親愛なる女王陛下、本日は王命により、カリスとダフネを連れて参りました。」
ソフィア様が仰々しく発言する。
私は初めて見る師匠の貴族らしい振る舞いに目を丸くさせた。
「そなたらの話は伺っていたが、自身の目で見ておきたかった。」
女王陛下が私の事を見てそう告げると、ダフネに目線を移して凝視し始めた。
それに気付いたダフネは顔を紅潮させ、目を伏せてしまう。
そして、女王陛下はそのままダフネの事を見ながら口を開いた。
「ダフネ、いや、魔王の器よ。わらわも魔法使いの端くれだ。少女の姿にただならぬ魔力を秘めている貴様を恐ろしく思うぞ。」
その言葉を聞いた私は全身の毛が逆立った。
冷徹で一切の情を感じられない発言だ。
女王陛下は明らかにダフネへ敵意を向けている。
これはまずい…!
私は慌てて発言しようとしたが、それよりも早くソフィア様が声を上げた。
「女王陛下!畏れながら申し上げ」
しかし、ソフィア様の言葉を遮るように女王陛下が立ち上がり、謁見の間に響き渡るほどの大声で宣告した。
「ゴルド将軍!シリク将軍!この魔王の器を即刻処刑せよ!」
その声が合図かのように、勢いよく背後の扉が開き、甲冑を着た屈強な二人の将兵が入ってきた。
これは私たちが予想しうる限り、最悪の展開だった。
今週も読んでいただきありがとうございました。
13話「覚醒」は12/20(月)0時更新です。
よろしくお願いします。