11話「女王」
私、ソフィア・カサヴェテスは勅命により王宮へ来ていた。
要件は伝えられていないが、十中八九ダフネの件についてだろう。
やっぱり、昨日自ら赴くべきだったかなぁ…。
女王には既にダフネの事は知らせており、一昨日に血相を変えた私が授業をすっぽかした事も伝わっているはずなので、彼女は察したようだ。
予想するに、昨日丸一日待ったが報告に来なかったので、痺れを切らして呼び出したのだろう。
情にほだされて暗殺できなかった、なんていう説明がまかり通るわけもない。
私はどのような言い訳をすればよいのかと、必死に思考を巡らせた。
そんな事を考えながら城内を先導する近衛兵についていくと、王宮の中庭の庭園に案内された。
ここは色鮮やかな花が咲き誇り、訪れる全ての人の言葉を奪ってしまうほど美しい、まさに天上の園を顕現させたかのような場所だ。
ただ鑑賞するだけでも素晴らしい所だが、会話相手以外の者との距離を適度に保てるので、密談をするのに重宝されている。
呼び出された場所が仰々しい謁見の間や、女王の執務室でなくてよかったと胸を撫で下ろした。
女王を探すためにあたりを見渡すと、庭園の中央にある大理石で作られた大きな噴水の傍に彼女は立っていた。
深緑色のドレスに身を包み、凛とした立ち姿の女王は、とても気品に溢れた雰囲気を醸し出している。
その姿を一度拝めば、彼女の身分を知らぬ者ですらきっと跪くであろう。
「相変わらずこの庭園がよく似合う。」
頭に浮かんだ台詞が思わず声に出てしまった。
それを聞いた近衛兵がゆっくりと頷く。
それを見てくすりと笑った私は、一人で彼女の元へ歩み寄った。
私が近付いているのに気付いた女王は、私に微笑みかけながらこう言った。
「お姉様、ご機嫌よう。」
私は彼女が幼少の頃から付き合いがあり、二人きりの時になると昔からそう呼ばれていた。
彼女は今年で四十八歳になったが、年々美しさを増しているように思えた。
「今日も綺麗ね、エウドキア。」
私の言葉を聞き、腰を落として軽く挨拶をするこの女性こそ、広大なグルダム大陸の三分の一を領土とする大国、セントヘイム王国の現国王、エウドキア・パルクダール・ヘイントスである。
「朝早くからの呼び出しに応じていただき、ありがとうございます。」
私は、畏まった態度で接してくる彼女に対し、早々に要件を切り出した。
「魔王の話でしょう?」
エウドキアは一瞬だけ驚いたようにも取れる表情を浮かべたが、すぐにそれを抑えて話を続けた。
「話が早くて助かります。一昨日何が起きたのですか?」
意を決した私は、一昨日のテネリザの森で起きた事を偽らずに全て話した。
エウドキアは時折相槌を交えながら、黙ってそれを聞いていた。
私が全てを話し終えると、彼女がようやく口を開く。
「そうですか、お姉様は"魔王の器"を生かすおつもりなのですね。」
魔王の器とはダフネの事を指す。
ダフネの事を知った今では少し棘のある言葉に聞こえるが、我々は昔からそういう呼び名で伝承してきたので、面識のない彼女の口から出るのは自然である。
「ひとまず危険な様子は見られないから、ダフネとカリスを信じる事にしたよ。」
私の発言の後にしばらく沈黙が流れる。
張り詰めた空気に緊張を覚えた私は、背中に汗がつたうのを感じた。
普段は私の事をお姉様と呼んで慕ってくれている彼女だが、正真正銘大国の王なのだ。
彼女の作り出す間は、戦場の空気よりも重い。
考え込んだエウドキアが口を開くと、私の想像とは異なる返事がきた。
「お姉様がそこまで信頼を寄せるのなら、私も信じましょう。」
私は驚いて目を丸くさせた。
彼女は私の事を敬愛しているが、この手の話をあっさりと飲み込むとは予想していなかった。
私がそう思ったのにも理由がある。
彼女は今でこそ絶対的な女王として国内外に認知されているが、即位された当初はそうではなかった。
先代の国王が病気で早くに崩御したため、まだ二十代の彼女が女王となったのだ。
若い娘に国を統治できるのか?傀儡のためのお飾り女王などと自国の大臣にすらそう揶揄された。
しかし彼女は、長年積み上げられた国内外の問題を物凄い勢いで解決していき、その評価はすぐに覆る事となる。
その彼女の正義を押し通すその行動力と政治への姿勢を称され、"鮮烈の女王"などという異名も付けられたほどだ。
そんな彼女だからこそ、魔王の器などという危険な存在は看過されないと考えていた。
「こんなにすんなり受け入れられるなんて思ってなかったよ。」
私は思わず素直な気持ちを言葉にしてしまった。
それを聞いたエウドキアはくすくすと笑いながらこう言った。
「私はお姉様の意思を尊重します。」
過去に彼女の相談役を務めていた私への恩義も感じているのだろうか、やけに素直な言葉だ。
それを聞いた私は安堵し、ふうっと息を吐いた。
その姿を見たエウドキアは独り言のように呟く。
「そのダフネという少女と一度会ってみたいわ。」
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私はカリス様に連れられて王都のカロン通りに来ていた。
ここは王都でも随一の賑わいを誇る場所で、
飲食や雑貨、衣料品などの多様な店が、四百メートル強の直線の大通りに所狭しと並ぶ。
普段訪れるメイドームのノントン市場と比較しても、段違いなほど栄えている印象だ。
流石は王都といったところだろうか。
今日ここへ来た目的は、私の新しい服を購入するためだそうだ。
最初にそれを聞いた時は勿論嬉しかったが、まだプレゼントを貰うほどカリス様のお役に立てていないので、少しためらいも感じた。
しかしながら、せっかくの申し出を断るのも失礼だと思ったので、お言葉に甘える事にしたのだ。
「私も久しぶりに来たからゆっくり見て回りましょう。」
カリス様の提案に私は元気良く返事をする。
するとカリス様は私とはぐれないようにと言って手を繋いできた。
先程私が自分の気持ちを隠すために、魔王の魂を恐れていると話してからの事なので、彼女なりの配慮のつもりだろう。
本当はカリス様の事が好きで緊張しているだけなのだが、私はこの気持ちを悟られないようにぎこちない笑顔でそれを受け入れた。
そんな私たちは大通りに点在する様々な衣料品店を回った。
しかし、子供用のサイズの服を置いている店は少なく、カリス様を唸らせるほどのデザインの服はなかなか見つからなかった。
庶民の常識として、すぐにサイズが変わってしまう子供の服は、親の服の余り布などで簡単に作って済ませてしまう事が多く、既製品を買うのはよっぽどの金持ちだそうだ。
貴族階級ともなれば専用に仕立てたりするので、既製品の子供服の需要はかなり低い。
その事情をカリス様も知らなかったようで、一目見て分かるほど落胆した様子だった。
「ごめんね、ダフネ。まさかこんなに見つからないとは…。」
七軒ほどの服屋に入ったが良い服と巡り会えず、カリス様は申し訳なさそうに嘆く。
「そんな、謝らないでください!私は大丈夫ですから!」
カリス様を励ますために言葉をかける。
そこで私は、今自分が着ている服の事を思い出し、一つの疑問が生まれた。
これはカリス様がソフィア様から貰った物のお下がりだと聞いていたが、どこで買ったのだろうか。
「子供の頃のカリス様は、どこで服を買っていたのですか?」
「師匠が家に仕立て屋を呼んで作ってもらってたよ。今思うと着せ替え人形みたいな扱いだったと思う。」
私はカリス様の返事を聞いて、幼いカリス様が着せ替え人形のように色々な服を着せられている姿を想像し、あまりの可愛らしさに吹き出し笑いをした。
「愛されてたんですね。その時のカリス様見てみたかったです。」
「えー、いやだよー。」
それを聞いたカリス様は恥ずかしがりながら言った。
そんな話をしていると、大通りのちょうど中央あたりに差しかかった所で一軒の服屋を見つけた。
その店の看板を見たカリス様は興奮気味に声を上げたので、私は驚いて心臓を跳ね上げた。
「子供服専門店じゃない!ここなら良いのあるかも!」
興奮したカリス様はその勢いのまま私の手を引き、急いで店に飛び込んだ。
店内の光景を見た私たちは目を輝かせた。
棚や壁中にサイズの小さい服が並んでいたのだ。
男女の服が半々といった感じだが、それでも今まで見てきたお店の中でも断然品揃えがよかった。
「良いお店があってよかったね。」
カリス様は笑顔で私に言う。
本当は服なんかよりも、そんなふうにカリス様が私を想ってくれる気持ちだけで嬉しいのに、などとは口が裂けても言えなかったので、誤魔化すように嬉しがる返事をした。
私は洋服の事はよくわからないので、好きな色合いだけ伝え、カリス様が選んだ服を沢山試着した。
二時間程度悩んだ末に、上下三セットほどの組み合わせの服を買ってもらった。
私は一セットで充分だと言ったが、カリス様と店員の圧を受けて屈した形だ。
カリス様はとんでもない金額を支払ってお店を出ると、洋服の入った手提げを持って心の底から満足そうな表情をしている。
それを見た私は、今まで感じていた後ろめたさが少しだけ薄れた気がした。
そんなカリス様を見ていると、どうしようもなく愛おしく思えてしまって、お礼を言いながら抱きついた。
今週も読んでいただき、ありがとうございます。
12話「謁見」は12/13(月)0時に更新予定です。
よろしくお願いします。