10話「嘘」
ダフネの様子がおかしい。
普段は何事も器用にこなすダフネが、いつもならしないようなミスを連発している。
昨日の一件のせいで動揺しているのだろう。
なるべく彼女の負担にならないように、私のフォローが重要だと思った。
ダフネが瞑想の修行を終えたところで、ちょっとした気分転換の案を思い付いた。
明日王都ヘフトに出かけよう。
「ダフネ、明日王都へ行ってみない?」
「えっ、お仕事ですか?」
私が突然の外出を提案すると、ダフネは目を丸くさせて聞き返してきた。
私は雑踏が苦手なので、街へ行く時は常に仕事か買い出しなのだから無理もない。
「ううん、明日は仕事も修行もお休みにして観光しましょ。」
せっかく王都への直通魔法陣を手に入れたのだから、最大限に利用しない手はない。
私がそう言うとダフネは目を輝かせ、可愛らしい笑顔で言った。
「わかりました!王都は初めてなので楽しみです!」
愛おしさのあまりに私がダフネの頭を撫でると、彼女はまた身体をビクつかせていた。
ーーーー翌朝ーーーー
「準備できた?」
「はい!もう行けます!」
私が準備を済ませてダフネに尋ねると、元気の良い返事が返ってきた。
ダフネは街へ行く時にいつも同じワンピースを着ている。
それは私が師匠から貰った物のお下がりなのだが、彼女の赤髪に近い色をしていてよく似合っていた。
しかし、お出かけ用の服が少ないのも可哀想なので、今日は新しい服か反物でも買ってあげようと思った。
「じゃあ魔法陣使うから、ちゃんと乗ってね。」
ダフネは何故か一瞬躊躇していたが、観念したようにぴょんっと飛び乗った。
いつもなら迷わずに抱きついてきていたのだが、今日は少し身体が触れる程度と控えめだ。
私は一抹の寂しさを感じながら、魔法陣へ魔力を注ぎ込んだ。
緑色の光が消えると、そこは久しぶりに訪れる師匠の家だった。
ここへ訪れるのはだいたい三年ぶりだが、相変わらず立派な屋敷だ。
ソフィア様には家族はいないがメイドを一人雇っており、この大きな屋敷に二人で暮らしていた。
昨日の話ではまだこのメイドを雇っているらしいので、ダフネの顔合わせも兼ねて挨拶をするつもりだ。
ダフネの方に目を向けると、屋敷の大きさに驚いて放心状態といった感じで思わず笑ってしまった。
それに気付いたダフネが照れて顔を真っ赤にしていると、部屋のドアが開いて女性から声をかけられた。
「あら、カリス様じゃないですか。お久しぶりです。」
物音に気付いてすぐに駆けつけたのだと思うが、落ち着き払った態度だ。
この背の高い黒髪ロングの美女メイドはエヴァという。
今は師匠の趣味でフリフリのメイド服を着させられているが、元は他国の工作員だという。
経緯は不明だが私が魔女になってからすぐに雇われ、ソフィア様の身の回りの世話や屋敷の警護をしてる。
「久しぶりね、エヴァ。元気そうで何よりよ。」
エヴァは私よりも年上で身分も然程変わらないのだが、ソフィア様との主従関係を配慮して敬語を使っている。
以前敬語は不用だと言った事があったが、丁重に断られてしまった。
「ありがとうございます。そちらの方がダフネ様ですね?」
その問いかけに私が頷くとエヴァは自己紹介を始めた。
「初めましてダフネ様。私はソフィア様のメイドを務めているエヴァと申します。お話は既に伺っておりますので、お見知り置きください。」
エヴァの丁寧な挨拶に面食らったダフネはあたふたしながら応えた。
「は、初めまして!ダフネって言います!"様"なんて付けないでください!」
ダフネの反応は昔の自分を思い出させた。
「私はソフィア様の下僕ですので、どうかお気遣いなさらないでください。」
私の時と同じような返答で吹き出し笑いをしてしまった。
困惑するダフネに言い聞かせるように言葉をかける。
「エヴァはこういう人だから諦めた方がいいよ。」
エヴァは微笑みながらその様子を見ている。
何度か会っているが、簡単には腹の内を見せない手強い女性だ。
私はそんなエヴァに師匠の所在を尋ねた。
「師匠は仕事かしら?」
「はい、ソフィア様なら午前中は王立学園ですね。今日はどのようなご用事で?」
師匠は教師としての仕事をきちんとこなしているようだ。
「せっかくの機会だし、一度ダフネを王都へ連れて来たかったのよ。」
ダフネの様子がおかしいから気分転換のため、という事は伏せて答える。
それを聞いたエヴァは納得したようで、私たちを階下へと案内しながら話す。
「最近、ソフィア様はずっと悩んでおられました。しかし一昨日に戻られてから、憑き物が取れたかのように表情が柔らかくなられました。」
私たちはエヴァの言葉を黙って聞いていた。
「ソフィア様のためにもどうか問題を解決してください。私にできる事があればこの身も捧げる所存でございます。」
そう話すエヴァは、正面口に着くと深々とお辞儀をした。
ある時、師匠に家族を作らない理由を聞いた事があるのだが、不老で生きる時間がかけ離れているからと答えていた。
そんな彼女が全幅の信頼を寄せているエヴァとはどんな人なのかと、少しばかり疑問に思った事があったが今の話を聞いて納得した。
「本当に師匠は人たらしですね。私の全力を尽くすつもりです。」
私も本心で答えた。
エヴァはそれを聞いて申し訳なさそうな表情を浮かべ、いってらっしゃいませと私たちに告げた。
王都ヘフトはセントヘイム王国の領土のほぼ中心に位置する国内最大の都市である。
兵士を含めた人口は二万五千人ほどで、私たちが普段出入りするメイドームの約三倍もの人間が生活している。
非常に人口が多いため城壁の外にも街が形成されており、都市内に階層のようなものが存在していた。
それほどの規模の都市にも関わらず、下水道が整備されているので比較的清潔さを保っていて、往来は常に人で賑わっている。
ソフィア様は国への多大なる功績と魔女としての能力を評価され、国王から爵位を得た貴族だ。
家は貴族の中でも比較的庶民的な位置に建っていて、お店などが並ぶ大通りに近い。
貴族としての体裁よりも利便性を求めるのは師匠らしいと言えるだろう。
外に出たところでまたダフネの違和感を感じ取った。
いつもなら外出の際は必ず手を繋いでいるのだが、今日は手を後ろに組んで俯いてる。
それを見た私はようやくこの違和感の正体に気付いた。
もしかして…ダフネに避けられてる!?
昨日の朝から何か様子がおかしいと思ったが、それは拒絶の態度だったのだ。
いつも慕ってくれていたダフネに拒絶されたかと思うと、私はショックを隠しきれなかった。
明らかに動揺した様子で私はダフネに問いかける。
「ダ、ダフネ…もしかして私と手を繋ぎたくないの?」
何か嫌われる事をしたのだろうかと考えを巡らせるが、全く思い当たる節がない。
地に足がついていないような浮遊感に襲われ、気が気でなかった。
愛弟子に避けられる事が、ここまで私にダメージを与えるとは思わなかった。
尋ねられたダフネは顔を真っ赤にして答えづらそうにしている。
「そういうわけではないんですけど…。」
「…じゃあどうして?」
私はしゃがみ込んでダフネを見上げるようにして、泣きそうになりながら質問を投げかける。
ダフネはそんな私から目を逸らして答えた。
「えっとその…魔王の力が暴走したらと思うと怖くて…。」
その言葉を聞いた私は心の底から安堵した。
ダフネは私を嫌っていたわけではなく、気遣ってくれていたのだ。
私の心配は杞憂だったのだ。
安心した私はそんな心優しいダフネに感動し、彼女を強く抱きしめた。
ダフネは身体を硬直させていたが、これもきっと恐怖からくるものなのだろう。
今日はたくさん甘やかそう!
そう心に決める私だった。
今週も読んでいただき、ありがとうございます。
11話「王女」は12/6(月)0時更新予定です。
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