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本編


「お前の命運もここまでだ、イングリッド。婚約は破棄させてもらう。今までの情けとして、二人だけの場で知らせてやるだけでも感謝しろ。」


ソファから立ち上がったハーラル王子は切れ長の目をギラつかせて、上から私を見下ろした。鋭い眼光が私を射すくめる。


「・・・かくなる上は仕方ありませんね。」


少し薄暗い部屋には王子と私の二人だけ。私も立ち上がって、素早く十字架を切った。


「正気か!?」


思わず身構える王子。ウェーブの掛かったオレンジブラウンの髪を揺れる。


「秘技、フェルバンデルン!!」


私は呪文を唱えると、王子の心臓部分に意識を集中させる。



目の前が一瞬白くなる。



しばらくして目を開けると、私の前で悔しそうな表情をする私自身が目に入った。すこしぷくっと膨れた頬は、我ながらかわいいと思う。


「・・・ふふ・・・成功したわ・・・」


自分の喉から出る美しい低音にうっとりする。この技はもっとさりげなく発動できれば最強なんだけど。


「・・・くっ・・・10分入れ替わったところで何ができるというのだ。体に負担もかかるというのに。馬鹿が・・・」


私の体に移された王子が悔し紛れになにかいっているけど、とりあえず放置する。勝手に入れ替わっておいて注文が多いかもしれないけど、私の自慢の鈴のような声で荒いことを言わないでほしい。あとどさっと座るのもやめて。


でも王子の指導よりもっと大事なことがある、時間は有限だから。


「誰かいないのか!!すぐに来てくれ!!」


私は良く響く声をあげた。


部屋はしんと静まり返っている。ドアが開く様子はない。


「えっ、従者くらい控えていると思ったのに・・・」


「ふっ、お前の術の継続時間は10分。この部屋に30分は人が来ないようにしてある。そもそも秘術といったところで我々に内容はバレているのだ。これ以上罪の上書きをしたくなかったら、悪あがきはやめることだな。」


王子の可愛げのない発言のせいで、せっかくの私の可憐な格好が台無しになっている。


でも私の術の限界がバレていたなんて・・・まさか王宮に内通者が?


「でも、文書に残しておけば・・・」


「この術は筆跡までは会得できない。言語関係はもとの人格のままだ。無駄なことはやめろ。」


王子の見せる私の勝ち誇った顔が妙に憎たらしい。私自身この術で筆跡なんてコピーしたことないのに、なんで知っているのかしら。でも空にサインをしてみようとすると、たしかに王子のサインはコピーできそうにない。


「うぐっ・・・誤算続きね・・・」


「ふっ、俺の体でそんな阿呆な真似をされるとは心外だが、こうして地団駄を踏んでいるお前を見るのもまた一興というものだ。この術をつかった翌日は寝たきりだというのに、とんだ無駄足、まったくご苦労なことだ。」


王子はすっかり私の体でリラックスしている。ドヤ顔が板についていると思う。あとスカートで足を組まないでほしい。


でも副作用についての情報は古いみたいだった。


「前は確かに副作用がきつかったけど、タイ式マッサージをすればだいぶマシになることが判明したの。けっこう気持ちいいし。」


「タイ式?なんだ一体?怪しげな名だな。」


王子が胡散臭いものを見るように私を見たけど、私の顔をそんな歪めないでほしい。


「うん、どうせなら術がかかっている間にマッサージすれば、後の副作用がましになるかも・・・ちょっと寝っ転がって。」


とりあえずプランCを用意していなかった私は、二日間寝込む心配しかしていなかった。


「まっ・・・まさか私の体でこの体の純潔を奪う気かっ?」


王子が私と入れ替わってから初めて、慌てた様子を見せた。


「そっか、万が一追い込まれたらその手も・・・」


「馬鹿なことを言うな!言ったと思うが私の側の人間にはお前の術を知らせてある。証人もいなければ証拠も隠滅するっ!」


少し早口になった王子は可愛いと思う。私の顔が可愛いからかもしれないけど。


「はいはい、じゃあソファにゴロンとうつ伏せに寝っ転がって。」


「早まるな!こんなことをしても無駄だ!!お前は初めてだろう!!」


誤解したままの王子はジタバタしているけど、体格差のせいで私は私の体を押さえつけることに成功した。


「はい、じゃあじっとしていてね。」


私はテキパキとマッサージの準備を整えた。叔母ほど私はマッサージがうまくないけど、自分の体で効くところは自分でよくわかっているし、術がかかっているときにマッサージをすると副作用がどうなるかのいい実験になると思う。


「おい、何をしているのかわかっているのか!お前、ただで済むとは思うなよ・・・くっ・・・」


王子が私を睨みつけてくるけど、私の顔だとあんまり怖くない。それにしても、王子の体ってこんなに強かったのね。私の体で抵抗している王子が簡単に抑えられる。


「ほら、力を抜いてください。」


「覚えていろ・・・くっ・・・こんな無礼な真似を・・・つっ・・・」


さすがに私の体だけあって、私が気持ちいいと思うところはやっぱり気持ちいいみたい。


「どうです?けっこう気持ちいいでしょう?」


「ふざけるな・・・んっ・・・待てっ・・・あっ・・・待てってばっ・・・んんっ・・・」


王子はいつになく取り乱していた。


「お加減どうですか?」


「くふっ・・・お前が・・・あ・・・こんな破廉恥な体をしているとは・・・あっ、そこはっ・・・んあっ・・・やめっ・・・変な声・・・出るっ・・・ふおっ・・・」


王子がなんだかもだえているのは可愛い。見た目上は私があえいでいるだけだけど。


「マッサージは別に破廉恥じゃないでしょ?あ、私このあたり好きなんですよ。」


「・・・なっ・・・うはあっ・・・よせっ・・・ゾワゾワするからやめろっ・・・ひゃうっ・・・」


王子は気持ち良さげだけど、私の顔がだらしなく崩れるのはあんまり見たくない。


「殿下、もうちょっと威厳を保ってください。一応私の体なんで。」


「うるさいっ・・・お前の体のせいだっ・・・あふっ・・・あ・・・あっ、ああんっ・・・」


王子がせつなそうなかわいい声を出した。今回は私の声だけど、王子が王子の声だったらなかなか面白かったと思う。


「殿下、声も可愛いですね。」


「なにをっ・・・はううっ・・・お前のっ・・・お前の体が・・・あっ・・・言わせたんだっ・・・んくうっ・・・」


王子は涙目で私を睨もうとしたけど、とろんとした私の目には迫力がなかった。


「言語能力は受け継がないって、自分でも言っていたじゃないですか。」


「うう・・・でもっ・・・あう・・・俺が・・・こんなに・・・あっ・・・こんなはず・・・じゃ・・・あ・・・これ・・・くせになる・・・はふうっ・・・」


王子の言語能力は低下していたみたいだった。


「殿下、お加減はいかがですか。」


「・・・い・・・くひっ・・・あうっ・・・すご・・・あはっ・・・も・・・もっと・・・」


「ふふ、それじゃあご希望通りに・・・あれ・・・」



調子に乗って続きをしようとしたところで、私の目の前がまた真っ白になった。



しばらくしてゆっくり目を開けると、自分がソファにうつ伏せに寝っ転がっているのがわかった。10分にしては早かった気がするけど、もとに戻ったみたい。体があったかくなっている。


起き上がって肩をぐるぐる回してみる。


「やった!肩にも腰にも違和感ない!!」


これって術中にタイ式マッサージをすれば副作用がゼロってことかも。だとしたら大発見。


でも入れ替わってもマッサージしているだけだったら、入れ替わる目的は果たせなさそうな気がする。


「おい、お前・・・ずいぶんと気楽だな・・・」


いつもより勢いのない王子の声に振り向くと、かっこいい顔でもじもじしている長身の男性がいた。よく見ると頬がうっすら赤くなっていて、さっきの痴態を恥ずかしがっているみたいだった。


「殿下、すみませんでした。でもお互い副作用もないし、何もなかったのと同じですから、気にしないでください。」


「馬鹿を言え。せっかく公の場を避けてやったのに、あの屈辱を味合わせるとは、重罪に値する。」


そういえばハーラル王子はプライド高いんだった。


「だ、大丈夫ですッ!殿下が『あっ、ああんっ、もっとお!』って言ったのは墓場まで持っていきますから」


「反芻するな!!そこまでひどくはなかった!!一国の王子を馬鹿にするとはいい度胸だな・・・」


あれ、火に油を注いじゃった?


「えっと、ほら、でも私魔力は強いし、いろいろお役に立てますよ?牢屋とか国外追放はもったいないですよ?」


「知っている。そんなお前に特別な罰を考えた。ヒイヒイ言わせて、情けを乞わせてやろう。」


まだ頬がうっすら赤い王子が、悪い笑顔を浮かべた。


「あの、同意はしないですけど、参考までにどんな罰だか聞かせてもらえませんか。」


「恐ろしい罰だ。・・・人払いしている時間が15分あるんだが・・・その・・・」


王子は所在なさげに切れ長な私から目をそむけた。


「どうしたんですか。」


「もう一回は、さすがに厳しいか?」


これが罰ってことかしら。


「・・・よくわからないけどわかりました。この重罰、謹んでお受けしましょう。フェルバンデルン!!」


私はまた王子と入れ替わった。


「・・・さっきよりスムーズだったな。興味深い。」


私の顔がやけに真面目になっていてちょっと可笑しい。


「一度入れ替わった相手とは二度目の負担が少ないんですよ。本当は極秘なんですけどね。」


「なっ・・・ということはひょっとして、マッサージはなしなのか?」


殿下が慌てた表情を見せた。私の顔だけど。


「いえ、マッサージしますよ?でも人に頼むときは誠実さが大事ですよね?」


「む・・・先程の蛮行の償いとして、マッサージをするように。」


殿下、つまり私の顔が赤くなった。ちょっとまた頬を膨らましている。


「もう一声。」


「・・・さっきのは罪に問わない。だからマッサージしてください。」


さすがに恥ずかしかったみたいで、殿下は私から顔をそらした。目の前の私の体は小刻みにふるえている。


「承りました!」


私は私の体にまたマッサージを始めた。


「あっ・・・やっぱり・・・そこいい・・・あたま・・・とろけそう・・・」


さっきより随分と素直な殿下。私の恍惚とした顔を見てもあんまりうれしくないけど、殿下だと思えば面白いかも。


「じゃあついでに婚約破棄もなしでいいですよね。」


「なっ・・・あっ・・・いいっ・・・これすき・・・ちが・・・はあん・・・さいこお・・・」


殿下は私の顔でまどろんでいるけど、どうやら私はもうしばらく婚約者でいられそうだった。



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