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『ネコの買い物』

作者: 月見里 桜
掲載日:2020/12/29

『ネコの買い物』

 消しゴムというものがあると聞きまして。

耳元でそっと囁いたような声でレインコートを着た女性が言う。

       ●●●

 深夜十二時を回って日付が変わった頃。棚に並んだ品の中でチョコ、スナック菓子、そして大雨に備えてカップ麺類が品切れだ。

 さえない顔に眼鏡をかけた自分的にはコンビニ定員は向いていると思う。本当は教師になりたいが…。さて、あまりにも暇だ。

ガラスの向こう側は横殴りの雨。大粒の雨を打ち付ける雲の動きが速い。

ウィーン。

ドアが左右に開く。

 コロコロと転がる鈴の声。

  すみません。消しゴムというものがあると聞いてきたのですが…

 束の間、ぼうっとしてしまう。あまりに美人過ぎて。

 釣り目がかった目を縁取る長いまつ毛。つんとした雰囲気に合う小さい口。着ているものはレインコート。びっしょり濡れている所を見ると傘を差さなかったらしい。

すごい、美人だな。

 ネコっぽい女性は俺にまた声をかける。

  悲しみが消せる消しゴムがあると聞いてきたのですが…

 ドキンっと心臓が跳ねる。射貫くような冷たい眼差し。

 まるで、俺を。

 「えっと、」

 目の前に立たれるとたじろぐ。

 「えっと、ご案内します」

 手を突っ込んだポケットから小銭を出す。一円、五円が異様に多い。

 「あのーっ、」

  これで買えるだけの消しゴムを。

 じろりと睨んでくる。やっぱり、恨みを感じる。

 「はい。ご案内します」

 レジから出る。文房具コーナーに並んでいる中から、適当に消しゴムを選ぶ。

 で、本当にどれでもいいんだな。

 「こちらは消しやすいタイプのもので。やっぱり、こちらにしましょうか?良い香りがしますし」

 薔薇の香りがする香りつきの消しゴムを差し出す。女性が指差したのは、俺が初めに触れたありふれた消しゴム。

  それがいいです。

 「こちらですが?」

 こくりと頷く。なぜか俺のシャツの裾を掴む。振り向くと目が潤んでいた、僅かに開いた口、もの言いたげな女性。でも、裾から指を離し、胸の前で手を握りしめる。ほころんだ蓮華の花のよう。

 ああ、よくラノベで『~のような笑み』と表現されるけど本当だったのか。

 会計を済ます間も女性はもの言いたげ。じぃと見つめる。濡れた小銭を数えると砂粒が付いている。

 「十七円のお釣りとなります」

 と小銭を手渡す。手が冷たい、土に触れた時のようなひんやり感。

  ありがとう。

 「えっ?」

 女性はすでにコンビニを出ていた。外には一匹のネコ。

       ●●●

 「もう、寝ましょうね」

 とお母さんが言う。

 「でも、ミャーコがいないもん。無理だよ」

 ミャーコ、とらさんがらの女の子のネコ。いつも一緒に寝ているのに。

 「ミャーコは?」

「長いお散歩をしているのよ」

 ぼくは頭からふとんを被ってまくらを抱きしめる。

 「ミャーコ」

 と寝言を一つ。

      ●●●

 光輝く不思議な空間。

 そこにビニール袋を加えたネコがいる。しっぽを振って胎児のように丸まって膝を抱えて眠る五歳ぐらいの男の子の顔の横に袋を置く。そして、背を向けて歩き出す。

 夢の中でネコから消しゴムを受け取った男の子が寝ぼけながら袋から、消しゴムを出すと、すーっと体の中に吸収されていく。そこで目が覚めた。

     ●●●

 「お母さん、おはよう!」

 なんだろう。いつもより、嬉しい。

 「ミャーコはどこ?」

 きょろきょろ辺りを見渡す。いつものように伏せをして背中を見せて、尻尾を振る姿が見当たらない。どうしたのかな?

 「そうだ。いつもはミャーコがいなくて悲しいのに」

 今は胸のつっかえが無くなっているんだ。胸のちょうど真ん中が暖かだ。

     ●●●

 「やっと、夜が明けた」

 がくりと肩を落とす。夜勤は一晩が長い。小銭に付いた汚れを爪で落とす。一円、五円、十円を中心に支払いをすました女性。ぽっりと。

 「綺麗だったな」

 本当に黒めが大きい釣り目がちの顔が思い浮かぶ。でも、思い浮かべても、じっとこちらを見つめて、もの言いたげ。

 「あれ?」

 見たことがある。あの姿を見たこと。どこでだ…?

 ちかっと目の端に車のライトが光る。

 「そうだ。あの人だ」

 つい、独り言を言う。

 「確か。ネコが車に轢かれた時、一緒に埋めた女性だ」

 でも、その女性の目は釣り目ではなく大きくて垂れ目だ。そして髪は短めだ。顎に手を添える。

 あれ?おかしい。似ていて、似ていない。双子だったのかな。

 「すみません。今、大丈夫ですか?」

 と声がかかる。

 「はい!」

 顔を上げると思い出していた女性。にっこりと夜勤明けの疲れた笑みを浮かべる。

 「いらっしゃいませ」

 「消しゴムはありますか?」

あれ?

「はい。入口から三つ目の通りに」

 ありがとう、と言う女性。少し訛っている。外国人?

     ●●●

 この後、俺は女性と再会することがなかったが、女性の変わりのように虎柄の子猫を飼うことになる。名前は虎鉄。とても、元気だ。ただ、消しゴムという言葉、そして、消しゴムが目の前に出てくると体を摺り寄せる。どこか、懐かしそうに。

 「こらっ、虎鉄!消しゴムをかじったらダメだろう」

 ミャ―コッ。








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