夢使いの敵とギルド生活
ゲーム開始から3日目、リンゴはギルドマスターとして屋敷の舞台上に座っている。
その様子はとても神々しく、一介の下っ端風情ではゼン以上に話しかけづらい。
そんな祀られ、尊敬され、崇められるリンゴは最近になって見かけた者達から『神樹の実のリンゴ』と呼ばれるようになった。
ライバルのブドウより先に二つ名持ちになったことを嬉しく思うリンゴはそれから自主的に信者やモブの仲間を集めるようになった。
「リンゴ、今日は戦える鍛冶屋を勧誘しに行きますけど、一緒に行きますか?」
「行くに決まってる。ゼン、最近はとても調子がいいんでね」
リンゴはゼンに誘われて立ち上がった。
その振る舞いだけでも最初は怪しんでいた者達を魅了して完全に下っ端にしてしまった。
このゲームの神に近づいた者だからこそ動きの一つ一つが美しく見えるのかも知れない。
「さぁ、必要な人材を探しに行こう」
「はい。では、護衛は私が務めます。みんなは次のイベントに備えてアイテム集めを続けてください。これはリンゴと私達のためになることです」
リンゴに護衛は連れて行かないと言って、すぐに下っ端は付いてくるなと命令を伝える。
ゼンは一連の言葉の中にそんなことを忍ばしている。
リンゴはそれを知って念押しした。
「お願いね。私の大切な子らよ」
この一言と見返り美人のようないつもと違う神々しさの不意打ちに下っ端の仲間達は従わざるを得なくなった。
能力のせいとはいえども、これはゼンでも予想できなかったくらいにやり過ぎだ。
そのせいで想像と違って本物の神と同じように丁寧に扱われている。
それは能力で強化された一言の重量から来ている。
リンゴが何か頼めば頼まれた側は絶対に達成しないといけないという感覚にとらわれる。
それが『夢ノ大神』による威厳維持のための自動実現化だ。
「そんな力を常時使うのは疲れるますよね。早急に出かけましょう」
ゼンはそれをリンゴに小声で伝えると、すぐに外出の準備を整えて2人で出かけていった。
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少し離れて人気の少ない場所に行くとゼンは辺りを確認してからリンゴに能力を緩めても大丈夫であることを伝えた。
それに従って堅苦しい状態から普段の状態へとリンゴは能力で変えた。
「ぷはー!あーしてるの結構疲れるね」
「そりゃそうですよ。ずっと気を張って少しずつ力を消費するなんて身が持ちませんよ」
「でも、私は神を演じ続けて君にてっぺんを見せてやる。そのためのギルドと能力のストックだ。みんなはゼンが頂点の景色を見るための武器に過ぎない」
「そうだけど、話してないのに分かるんですね」
そこでゼンはリンゴに疑いの目を向けた。
「いや、親友が誰を土台にしても上に立とうとする奴だったからさ。その子に似てるから考えは読めるようになったんだよ」
一緒にいるようになってから数日でリンゴはもう親友がとても懐かしい存在のように感じている。
そんな奴の噂をしたのはよくなかった。
近くで足音がして2人同時にそっちを見るとやばい奴が立っている。
「あれから少ししか経ってないのにもうお仲間が出来たんだ。しかも、相手が強い人でその人にうまく使われて武器と装備ももらったんだ。いいなぁ〜」
「ブドウ...なんでここに?」
ゼンはリンゴがこいつと知り合いでことを知って驚いた。
「ちょっとね。次のイベントがついさっき1週間後の開催だと発表されたから素材集めをしてたの」
「すでにいい装備に見てるけど...」
リンゴがボソッとそう言うとブドウは笑顔で答えてくれた。
「世の中には強さの基準が違う人がいる。私はその中でも仲間を強化することこそ強いという考えに至った人とパーティーを組んだの。その人が強化には素材がいると言ってね」
そこからさらに続けて話そうとしたが、ゼンがその後を勝手に話した。
「キョウカの奴ですか。確かにあの人は素材を生贄にして仲間の力を底上げします。その実力は第7位になれるほどのものです。あなたもリンゴ同様に新入りなのに危険な部類のようですね」
「きゃふふ、その通りだよ。簡単には入れない『強化の軍勢』に参加できるくらいだからね。しかも、あんた達と同じでギルドを作って動き始めたの。それはあたしが言い出したことだったけど、キョウカさんは私の言うことを聞き入れてくれた!」
「キョウカのお気に入りですか。これは厄介ですね。リンゴ、どうしますか?」
「そんなの決まってる。ブドウは私のライバルだ!本気で潰すに決まってる」
ピリピリとした空気の中で3人は2つのギルドとパーティーとして戦うことを決めた。
ブドウの勝手な喧嘩だが、8位とやり合えるチャンスなんてそうないのだから7位はこれを許して戦うだろう。
「リンゴ!次までにもっと成長しててよね!私は次のイベントまでに精神面を鍛えておくから!じゃあね!」
最後にそう言い残してブドウはまた姿を消した。
「嵐みたいな人ですね」
「えっと、昔から本気になると人が変わったようになるんだよね。このゲームにやる気出させちゃったみたいでごめん」
「いや、まあキョウカとやり合えるなら何も問題ありません。ここで早めに倒してイベントの順位を下げれば、すぐにでも私が総合7位になれるでしょうから」
「それなら計画に狂い無しだね。なら、さっさと目的の人を味方につけて準備を整えよう」
嵐が去った後は二人して適当にフィールドを歩き回ることにした。
特にいい素材が取れる場所は念入りに見て回るつもりだ。
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探し回る途中でゼンはあることに気づいた。
「ねぇ、なんで能力ですぐに見つかるようにしないんですか?」
そう言われてリンゴは初めて能力の詳細な説明をしてないことに気づいた。
そのことを反省しながらどっかの洞窟の中で立ち止まって話し始めた。
「えっと、これは擬似的な能力や偽物の物体を作ったり、願いを叶えて現象を起こしたり出来るんだけどね。一日の使用回数が『スキル』『オブジェクト』『イベント』のそれぞれ10回って決まってるからむやみに使えないんだよ。それに、威厳を用意するのにも『イベント』の方を2回分消費しないといけないからね」
「なるほど。強い能力はそれほどの制限をかけられるからわざと使わないんですね」
「まぁ、私の場合は『夢ノ大神』に進化してるから使用制限が緩められてこの結果なんだけどね。合計して一日に30回しか使えないから私は乱用癖をつけないために使用を控えてるんだ」
「なら、威厳維持に力を使うと時は2度も使わない方がいいんですね?」
「いや、そこは平気なんだ。物によるけど実現後の状態はそれぞれで違うから毎回チェックしないといけない。それで、威厳維持なら一日中でいつでも使ったりやめたりが出来るし、自然回復なら1時間の制限になったり、物の創造ならそれぞれに使用する回数分が違ったりする。つまり、安定感が一切無いんだよ」
「それは面倒ですね。でも、あなたならうまく使えますよね?」
「敵全体の弱体化みたいなサポートが出来るよ。あるいは味方に願われたことを叶えて手を貸したりね。まぁ、ほとんどは自身の強化と延命に使うんだろうけどね」
「これは戦術の幅が色々と変わりそうですね。それを確認するためにも先を急ぎましょう」
ゼンは知りたいことを知れたのでリンゴの手を引いて捜索を再開した。
するといきなりぽよぽよの泡にぶつかった。
ゼンはさっきまで無かったはずと思って困惑した。
そこに上から声が降り注いできた。
「お話終わったみたいね。これなら相談できそう」
「張り切りすぎないでねぇ。ねむはギンが心配だよぉ」
その声が聞こえてからちょっと経って丈夫な泡が破裂した。
すると、上から2人の男女が降りてきた。
見るからに大きな胸を持った元気な少女と、眠そうなのになぜか油断できない少年だ。
2人はリンゴ達の目の前に立つなり少女の方がいきなり指を指して言った。
「あんたがリンゴね!あたし達を仲間にしなさい!崇めろと言うなら従ってやるわ!」
謎な奴におかしなことを言われてゼンは警戒した。
だが、リンゴは雰囲気のある状態をオンにして対応を始めた。
「なんで私がリンゴだと思ったの?」
「それは強そうなのがそっちに見えたけど、あんたはそう見えないでとても高貴そうに見えたからよ」
それを聞いてゼンはさらにリンゴの祭り上げの成功を実感した。
リンゴはそれをちょっと確認してから少女に尋ねた。
「確かねむって少年の方が君をギンって呼んでたね。ギン、なぜ仲間になりたいのか聞かせてもらえるかな?」
「いいわよ!私は武器防具の生産者で予知夢に従ってあんたの仲間になりに来たのよ。戦える鍛冶屋とかを欲しがってるんでしょ?ちょうどここにそんな便利な生産者がいるわよ!何なら実演してあげる!」
そう言うとギンは呼び出した画面を操作して生産職系用の倉庫から鉄塊を取り出した。
それに能力を集中すると即座に形を変えて大量のナイフになった。
それはギンの意思に従って列をなして空中にとどまった。
「これが私の選んだ創造と破壊を兼ね備えた強い能力よ。数が多くて最高な仕上がりなのはいいことなのよ。これをねむのくれた薬で知った未来のために使うと誓うわ」
「僕も材料から色々なアイテムを作れる能力を、これで知った未来のために使うよぉ。運命に抗うくらいなら従って最高な結末のために戦うんだぁ」
この2人の話を聞いてリンゴは勝手に決めた。
「君達を我がギルドに歓迎しよう」
それを聞いてゼンは本気で驚いた。
その様子を見たリンゴは納得させるために理由を話した。
「2人は本当にすごい能力者なんだと思う、こっちが一切話してない情報を知ってから。それだけじゃ無くて、実演してくれたナイフが見た感じ切れ味が抜群なんだ。それらからこんなすごい技術を持ってる2人を逃がすのはもったいないと思って採用したんだ。もちろんだけど、いい活躍をしてくれないと雑用に回すからね」
これだけのことを言われてゼンは黙って危険かどうかが分からない2人を受け入れた。
当の本人達はホッとした様子でリンゴに頭を下げた。
「これから全力でサポートするわ!」
「僕はどんなアイテムでも改良と作成をしちゃうからねぇ」
「うん!よろしくね!」
こうしてリンゴはようやく見つけた変人生産能力者を2人も仲間にした。
ゼンは少しだけ納得してないが、真の仲間であるリンゴがそうしたいのならと静かにした。
「さて、目的を達成したからギルドに戻ろう」
「そうですね。リンゴ、早く戻ってイベントに備えましょう。内容の確認もしないといけませんから」
その会話を聞いていたねむはある物を差し出した。
「これは?」
「転移の札ですぅ。行きたい場所と転移と言えばそこに行けるんですぅ」
なるほどと思ったリンゴは早速使った。
その時、ゼンはあり得ないほど入手難度の高いレアアイテムの登場に混乱していた。
札の効果発動後すぐに転移されて4人は一瞬にしてギルドの目の前に移動した。