08 ナトリー家のお茶会
登場人物紹介
シビル・マクミラン……主人公。マクミラン伯爵の三女。十歳。
ローズ・コーンウェル……主人公の親戚。コーンウェル侯爵の娘。十二歳。
マクミラン伯爵……主人公の父親。
アンナ……主人公の侍女
マデリン・ナトリー……ローズの友人。ナトリー男爵の娘。
§ § §
「シビル、お茶会の招待状が届いているんだけど、一緒に行ってみる?」
「お茶会?」
私は魔法練習の手を止めて、ローズに聞き返す。
「そう、シビルはまだ他の家のお茶会に行ったことはないでしょ?もう十歳なんだし、そろそろ経験してみても良いんじゃない?」
お茶会……お茶会ねぇ……。
お茶会ってお姉様達が良く行くアレでしょ?
同年代同士の貴族令嬢の交流会って感じの。
正直興味はあるけど……。
「私が……一緒に行ってもいいの?」
「構わないわよ。伯爵も私と一緒ならきっと良いっていうと思うし、口添えしてあげる」
「じゃ、伯爵に相談してみる」
と、いう事で魔法の練習を今日は早々と切り上げて、伯爵に相談しに行ったのだけれど。
「お茶会?」
「はい、伯爵。ローズと一緒に行きたいんだけれど構いませんか?」
「どこのお茶会だね?」
「私の友達のマデリン……ナトリー男爵の所です、伯爵」
「ナトリー男爵か。まったく知らないと家というわけでもないし、ローズも一緒に行くのなら、まぁ良いだろう」
「伯爵、ありがとうございます」
貌を綻ばせる私達、しかしそれは、伯爵の口から次の言葉を聞くまでの間だった。
「ただし、侍女も一緒に着いて行くことが条件だ」
「侍女もですか……」
「当り前だろう?お前たち二人だけで行かせるわけにはいかん。くれぐれも、先方に迷惑を掛けないような」
うー。口うるさい侍女も一緒だなんて……。
でも伯爵からしたらしょうがないか……。私達だけじゃ心配だもんね。
こうして一応ではあるが、伯爵の許可も取り付け、私はローズと共に、初めてのお茶会へと参加することになった。
その後、侍女から伯爵への進言もあり、みっちりマナーなどの特訓を受けさせられたのはまた別のお話。
……侍女め~。今に視てなさい!
§ § §
この日の為に新しく誂えた服を纏い、ローズと共に(おまけで侍女も)お茶会の主催者たるナトリー男爵家の元にやって来る。
「ようこそ、ローズ様、シビル様。今日は我が家のお茶会へご参加頂きありがとうございます」
そう言って出迎えてくれたのはローズの友達であるマデリン・ナトリーだ。
「お招きいただきましてありがとうございます、マデリン様。とても楽しみにしておりました」
ローズはスカートの裾を両手で軽くつまみ上げると、腰と膝を曲げて挨拶をする。
私も慌ててローズに続き同じように挨拶を交わす。
私達がマデリンと挨拶をしている間に、側使えの者達が手際良くお茶会の準備をしている。
はへー、お茶会ってこんな感じなんだ~。
私はキョロキョロあたりを視回したい気持ちを必死に抑えて、貌に微笑みをへばり憑かせている。
それでも横目でチラチラとマデリンが他の招待客へとあいさつする様子などを視たりしていた。
私は今回のお茶会ではローズ以外とは極力話さず、笑顔を絶やさないように母(とその意を受けた侍女)にきつく言い含められている。
どうやらあの特訓の日々でも、私のマナーは及第点にならなかったらしい……。
もぅ、魔法の練習も休んで頑張ったのに、お母様達もひどくない?
次から次へと、ローズに、おまけで私にも貴族のご令嬢方が挨拶にくる。
普段一緒にいると忘れちゃうけどローズは侯爵令嬢だもんね……。
そして私も一応は伯爵令嬢だ!
そういう意味で、貌を繋ぎたい者も沢山いるのだろう、実際の家は財政が火の車なんだけどね……。
……でもこの挨拶、いつ終わるの?お茶会なのに全然お茶に有り付けないよ~。
何度も何度も同じような挨拶を繰り返し、もういい加減、途中で帰る事を真剣に検討し始めた頃、ようやく人が途切れ、お茶にありつく事ができた。
はー、美味しい。あ、マフィン発見!
これ私好きなんだよね~。
ぱくぱく、うん、なかなか良い感じね。
あら?そっちにあるのは……パウンドケーキ!
ぱくぱくぱく、蜂蜜たっぷり!あまーい、美味しい~。
「ちょっとちょっと、シビル、ガッツぎすぎよ」
後ろからローズにヒソヒソと話しかけられて、はっと我にかえる。
「びっくりした!ローズの挨拶はもういいの?」
「私はもう大丈夫よ。それよりお菓子をあんなにガッツいたらだめよ」
「え~。だって、折角のお茶会なのに全然お茶出来ないんだもん」
「……それは、ね。お茶会とはそういう物なのよ……」
「楽しくない……」
「ガマンしなさい、シビルももぅ十歳なんだし、これからはこういう事がもっと増えるわよ」
「……はーい」
そこへ再びマデリンが私達の元へやってくる。
「お二人とも楽しんでらして?」
「はい、とっても」
……勿論これは社交辞令だ。本当は全然楽しくなどないけど、そんな事主催者にいえないもんね。
「そういえばローズから聞いたのだけれど、シビル様は宮廷魔導士を目指していらっしゃるとか?」
「私の事はシビルとお呼びください、マデリン様」
「では私の事もマデリンと呼んでください、宜しくねシビル」
「宜しく、マデリン」
「それで、先ほどのお話なのだけれど」
うーん、極力他の人と話すなって言われているのだけれど。
ローズをチラリすると、視線に気が付いたローズがコクンと頷いた。
これはお話しても大丈夫ってことかな?
「はい、まだなれたらいいな、という段階ですが、出来る限り努力してるつもりです」
それを聞いたマデリンは楽しそうに眼を細める。
「それはすごい事ですね。どのような魔法を使えるのでしょうか?ぜひ視てみたいものですわね。私は魔法を使えませんから」
うーん、どうしよう、こういう場合どうすればいいの?
私は再びローズの貌をチラ視する。
「マデリン、この場ではちょっと……なにかあったら危ないでしょう?」
「あら?危なくない魔法はないの?」
「氷なら……」
と、私はポツリと言ってしまった。
「あら!ではそれをお願いします」
やば、ローズはうまく断ろうとしてたのに、つい言っちゃった。
ローズは仕方無いわね、という感じでシブシブ頷いている。
私は辺りを視回し、従僕から飲料の入ったグラスを受け取ると、
「では、今からこの飲料をキンキンに冷やして差し上げます」
と言うと、期待した眼でみつめるマデリンに向かって、私は微笑んだ。
大丈夫、大丈夫、霜がグラスにほんのり付く感じで。
眸を閉じて集中集中、スーハースーハー、イメージイメージ。
そのまましばらく力を込めると、グラスに霜がびっしりと付き始める。
が、何時もより緊張をしていたせいだろうか?
魔法はそこで止まらなかった。
「ちょ、シビル!やりすぎ!」
「ふぇ?」
魔法はそこで止まらず、グラス内部の飲料まで氷始め……。
ビキビキビキと音がしたと思うと、バリーンとグラスが砕け散ってしまった。
……どうやら凍ったことで膨張した圧力に、グラスが耐え切れなかったみたい……。
「きゃっ」
あたりに飛び散った破片にびっくりしたマデリンが軽く悲鳴を上げる。
「ご、ごめんなさい!シビルったらまだ魔法がうまく制御できなくて。おほほほ。あ、私達はこの後用事があるので、失礼するわね、マデリンごきげんよう」
そして私は侍女とローズに引きずられるようにして、このお茶会を後にするのだった。
家に帰った後、侍女から様子を聞かされた、伯爵や母にこっぴどく叱られたのは言うまでも無い事である。