49 絶対に許さない!主にローズが
「手紙はもう私の手にはありません、あの男――バウチャー中尉に渡してしまいました」
すっかり落ち着いたミス・チャットウィンはそう言ってガックリと貌を地面に落とす。
「そうですか……」
「もうすっかりお話いたします。レディ・ローズ」
この短時間の間にすっかりやつれてしまったミス・チャットウィンはポツリポツリと話始めた。
「私は結婚が決まっています。しかしそれが私が結婚前に書いた分別のない馬鹿な手紙によって、危機にさらされたのです」
「結婚?」
「シビル。ミス・チャットウィンはエイトケン男爵と婚約なさっているのよ」
ローズの言葉にミス・チャットウィンは力無く頷くと、
「その時の私はホンの小娘で……衝動的な、まるで熱病のような初恋に動かされていました。しかしその恋は極めて短期間で終わりになりました。相手は身分の無いほんの地元の若者で、そのことを知った父が私を遠くの寄宿学校に入れたのです。そこで私は分別を学びました。そして彼は軍へと入ったと聞きました。……もう何年も前の出来事です。そしてその忘れられた出来事を掘り起こす者が現れたのです」
「それがバウチャー中尉なのね?」
「はい、彼は言いました。私の手紙を持っていると。私が手紙を出した人物は遠い国外で戦死されたようです。そして遺言として手紙を返すように、あの卑劣な男に頼んでしまったのです」
あら、その初恋の相手は死んじゃったのかね。
でもその人が不用意にバウチャー中尉に手紙なんて渡しちゃったからこんな事になったのか……
「彼はその手紙を婚約者に視せると言いました。私は慈悲を……ひたすら慈悲を乞いました。そして彼はその返答に、返してほしければもっと価値のあるものと引き換えにすると言ったのです」
「それで皇太子殿下の手紙ですか……。バウチャー中尉はなぜその事を知っていたのかしら?」
「フリーダが皇太子殿下のお相手だという話は憶測レベルとはいえ、大分噂になっておりましたから。その手の物があるだろうって。視ての通り私の財力は大した物はありませんし、宝石などを奪っては用意に足がついてしまいます。信じてください、私には他にどうする事も出来なかったのです」
いや、ミス・チャットウィンの理由は分かったけどさ……。
だからと言って手紙を取っちゃうのはどうなの?
「婚約者にちゃんとお話ししておけばよかったんじゃないのかしら?」
「それは出来ませんでした。そんな事をすれば彼は決して私を許さないと思えました……。私は彼を愛していますし、彼の愛を失うのも怖かったのです」
そう言ってミス・チャットウィンは大きく首を振った。
「フリーダは大切なものを持ち歩く癖がありますので、手紙があるとすればバッグにあるのは分かっていました。フリーダから手紙を盗むのも、とても恐ろしく感じましたが、その中々機会は巡ってきませんでした。しかし、千載一遇のチャンスがあの時やって来ました」
「それで手紙を取った後、バッグをミス・ナトリーに渡したのね?」
「えぇ……そうです。私はフリーダのバッグから隙を視て手紙を抜き取りました。しかしそのままでは真っ先に私が疑われるのは分かっていました。だからあの時離席と偽り、ミス・ナトリーにバッグを手渡したのです」
告白を終えたミス・チャットウィン、再び貌を手で覆い隠すとシクシクと泣き始めた。
「ひどいね、でもローズ。この後どうするの?侯爵にお願いする?」
そう発言した私にローズは何を言ってるの?という貌で、
「決まっているじゃない、手紙は、私たちの手で取り返すのよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべたのでした。
「そう言うと思ったけど……ローズ、本気なの?相手は軍人さんでしょ?」
「だから何だって言うのよ?女性を脅すなんて、紳士の風上にも置けない人間よ?それに先ほどの話は嘘でもなんでもないの。私たちで解決できない場合はお父様の手にゆだねる事になるわ。……その場合はミス・チャットウィンの秘密が守られるかどうかは約束できないのよ」
「そんな!」
それを聞いたミス・チャットウィンは悲しげな声で叫んだ。
「シビルもミス・チャットウィンの告白を聞いて可哀そうだと思ったでしょ?」
「それは……そうだけど……」
いや、確かに可哀そうだとは思うんだけどさ……。
それでも他人の手紙を取っちゃうのはどうかと思うし。
それに、取り返すって言ってもローズが好きな冒険小説みたいにはいかないと思うんだけど。
「それで……実際どうするの?」
私の貌には不安が現れていたようで、
「シビル、そんな貌しなくても大丈夫よ。私に良い考えがあるのよ、勿論シビルにも手伝ってもらうからね!覚悟しておきなさい」
そう言いながら、ローズは貌いっぱいに万遍の笑みを浮かべ、とてもとても楽しそうにおしゃられたのでした。
あー!!
これは絶対、なんかよからぬ事を考えている貌だよね。
だってだって、ローズのその笑顔はとっても無邪気っぽくて。
昔、外でバッタやトカゲを取ってきては部屋に放して、侍女などを驚かせた時の貌にそっくりなんだもん。




