04 グリモア
ローズは最初だけ戸惑っていたようだが、イメージの仕方さえ乗り切ればあとは早い。
左右の手に魔法を宿したローズは不敵に笑う。
「ふふふふっ。これはもう私達大魔導士でもなんでも成れちゃうんじゃないの?」
「良いね。君たち、かなり良いよ。そして、この『技』は慣れればこんな事も出来る」
彼は手を広げ、一瞬、眸閉じる様にして集中すると、五本の指に別々の魔法を宿らせて視せた。
「うそっ!?何よそれ!」
「す、すごい……」
「これはまだ君たちには早いが、こんなことも可能だ、という事は覚えておいたが良い」
こんなに幾つのも魔法を同時に使う事が出来るなんて、この人すごい!
彼は手を振るようにして魔法を一旦かき消す。
その様子も非常に様になっていて、場所が場所ならばキャーキャーと黄色い歓声が上がるかもしれない。
「ただ、この『技』は一つだけ大きな欠点がある。それは魔力の消費がかなり増大してしまうという事だ。大体別々に魔法を使うよりも倍近くにはなっているだろうね。……言うまでも無い事だが魔力は有限だ。この事を良く頭に入れておくように」
うー、そうなんだ……。魔力は体力と同じで、使いすぎると息切れや眩暈を起こすしなぁ……。
ホントか嘘か、枯渇すると死んでしまう事もあるらしい。
……こわい!
そう考えるとこの『技』はかなり使い所が限られるのかな……。
「それって、結局はこの『技』って言うのはあまり役に立たないってことなの?」
「……レディ・ローズ、なぜそう思うのかな?」
「だって、二つの魔法を同時に使って魔力消費が個別に魔法を使うより倍になるってことは、一回魔法を使うだけで四倍もの魔力が消費されるって事でしょ?それじゃいくら魔法が同時に使えるって言ってもスグに魔力枯渇を起こしてしまうじゃない」
「そうね……。私も今そう思った」
彼は貌を綻ばせると、
「君たちはやっぱり賢いな。君たちぐらいの年齢でそのぐらい賢ければ将来は楽しみだよ」
そしてどこか遠くを視るような眼をすると、
「私にも若いころはあったが、君たちみたいな賢さがあったかどうか……。若いっていうのはそれだけで大きな武器になる。その分だけ多くを学ぶことが出来るからね。……もっとも、学ぶ姿勢が視られない者も多いが……」
彼は何が言いたいのだろう?
でも口を挟むのも憚られたので、そのまま口を閉ざす。
「この『技』は多くの魔術師にとってはあまり使い所が無いのは事実だ。一度に多くの魔法を使うほど容易に魔力枯渇を起こしてしまうからね。訓練ならいざしらず、実戦では限界ギリギリまで魔法を使う選択をする者は長生きできない。でもね」
と、彼はそこで言葉を区切り、私達を見回すと、
「君たちは宮廷魔導師を目指しているのだろう?この程度で魔力枯渇を起こしてしまうような者は宮廷魔導師になる事はできないな」
そう言って彼は不敵に笑う。
……つまり、魔法をバンバン使っても魔力枯渇を起こさないような、魔力が沢山ある者しか宮廷魔導師に成れないって事か……。
よく考えれば、まぁ当然と言えば当然よね。
でも魔力を増やすってどうすればいいの?単純に魔法を沢山使っていればいいのかな?
「君たちの考えている事はよくわかるよ。どうすれば魔力総量を増やすことができるか?だろう?」
その言葉に私達は無言で頷く。
「元々魔術師は女性の方が向いていると言われているんだ。なぜだか知らないが女性は元々魔力総量が多い者が多くてね。でだ、その魔力というのは大体十代半ば~十代後半まで成長しやすいと言われているね。私の考えでは女性の方が男性よりも魔力の成長期が若干長いんじゃないか、と思っている」
そこで一旦言葉を切るが、彼の言葉はまだまだ続いた。
「で、成長期の魔力の成長をより伸ばす方法、それに青年期に入ってもさらに魔力を伸ばす方法もあるんだ。その方法がわかるかい?レディ・シビル」
「魔法の練習ですか?本にも日々の鍛錬を怠るなって書いてありました」
「うーん、惜しいな。いや、近いようで全然違う。正解は魔力が枯渇し、それが回復した時だ。ただ漫然と魔法を使っているだけでは魔力総量は増えたりはしない。もっとも十代のころは自然成長もあるが、青年期に入ったら、それだと一切延び無くなるんだ」
……なるほど、体力と同じような物ね、限界近くまで使う事によって回復時に上限をアップさせる。
理にはかなっているけど、でも……。
「で、でも。魔力枯渇を起こしたら……し、死んじゃうんでしょ?」
「その通りだよ、レディ・ローズ。魔力が『完全』に枯渇したら死んでしまうと言われているね」
「だ、だったら……」
「『完全』に枯渇しなければ良い?どのあたりまで減れば成長するの?」
「レディ・シビル。その通りだよ。大体経験則では一割以下と言われているかな。大体眩暈を起こしたあたり、といえば君たちにもわかるかな?」
彼は私達を視回すと言葉を続ける。
「大体眩暈を起こしたあたりから成長に補正がかかり初めて、そこから減れば減るほど補正率がアップすると言われている。ただし、重要なのは魔力量は回復時に上がるという事と、『完全』に枯渇した場合は死んでしまうという事だ」
そこで彼はニヤリとすると、
「そこで先ほどの魔法を同時に使う『技』だ。これがあればね、魔力を効率的に減らす事が出来るのさ。魔力総量が増えれば増えるほど、短時間では減らし難くなるからね」
そして彼の視線が本に落ちる。
「他の魔導書は持っているのかな?」
「わかりません、書庫を視てみないと……。でも伯爵が、もし魔導書が欲しかったら遠慮なく言いなさいって」
「新しい魔導書は欲しいか?」
「はい、今はこの本があるので大丈夫ですが、覚えきってしまったら必要になると思います」
「なら、私から君たちとの出会いに贈り物をさせてもらおう」
彼がそう言うな否やどこからともなく二冊の本が現れ、私達の眼の前でストンと落下する。
それを私とローズは落とさない様に慌てて抱きかかえた。
「こ、この本は?」
「それは『グリモア』、 |賢者の極みと言われる魔導書だ。……最もそれは写本だがな。中身を視てみると良い」
私達はパラパラと頁をめくる――ってナニコレ?
「何よこれ!白紙じゃないの!ちょっとどういう事?」
彼はククク……と含み笑いを漏らすと、
「レディ・ローズ、落ち着きたまえ。その『グリモア』は魔力を注がれてアストラル化する事で、初めて真の文字が浮かぶように施されている。正式な持ち主にしか中身は読めない」
「そ、そうなんだ。それなら早く言いなさいよね」
「まず君たちをその『グリモア』に正式な持ち主としての登録が必要だな。まずは『グリモア」の表紙に右手を置きゆっくりと魔力を放出するんだ。魔法を使う時のように一気に放出するんじゃ無い。わかるな?」
言われた通り、私達はゆっくりと魔力を放出する。
ゆっくりゆっくり……ってこんな感じでいのかな……。
しばらくそうしていたところ本がじんわりと輝き出す。
純粋な光ではない、魔力を放出した時のような、俗に言う魔力の輝きだ。
「よし、そのぐらいでいいだろう。『グリモア』の最初の頁を開いて視るんだ。先ほどとの違いが分かるだろう?」
パラリと表紙をめくる。すると!
さっきは白紙だったはずなのに私の名前、シビル・マクミランの署名が入っている。
隣をみるとローズの本にもローズの名前が入っているようだ。
「おめでとう、それでその『グリモア』は君たちのものだよ。言わなくてもわかると思うがその本は写本とはいえ大きな魔力が秘められている。私はもう行くが、君たちはその魔力に弄されることなく、君たちが進めべき道を見極める事だな」
そいうと彼はその場を立ち去っていった。




