40 開かずの図書の噂
登場人物紹介
シビル・マクミラン……主人公。マクミラン伯爵の三女。十歳。魔術師ギルドの見習い魔術師。
ローズ・コーンウェル……主人公の親戚。コーンウェル侯爵の娘。十二歳。魔術師ギルドの見習い魔術師。
ヒルダ・キャンロム …魔術師ギルド付属図書館の司書。
グエンドリン・ルース……王立魔術師ギルド筆頭魔導師。
メラニー・チェスタートン……若い女性に人気のある、といわれる新進気鋭の詩人。
§ § §
王立魔術師ギルド付属図書館は知識の宝庫である。
地上部分は一階にある通常の閲覧室、二階にある持ち出し不可の閲覧室からなるが、それ以外にもあるのは多くの者に知られてはいない。
実は地下にまで広がるその書庫には、多くの本が眠っている。
勿論多くは魔法に関する書物だが、ごく少数、魔法になんの関係もない本も収められているのは、知る人ぞ知る事実である。
§ § §
『人は泣きながら生まれる。このあほうどもの舞台に引き出されたのが悲しくてな。この世は一つの世界だよグラシアーノ、誰もが自分の役をこなさなきゃならない舞台なのさ。僕のは悲しい役だ』
はぁ……。
私は、ここまで読んでその本を閉じた。
たまたま手に取った本である。
当然のように魔法とは何の関係も無かった。
を、と思って手に取ってみたけど、面白く無かったわね……。
今日は残念ながら部室でのお茶会は無い。
なので暇つぶしもかねて、図書館に来てみたのだけれど……。
この本はダメね。面白く無い。
私は、今閉じた本を横に置くと、別の本を手に取り頁を捲った。
『この世は舞台、人はみな役者だ。明日、明日、また明日と、けちな歩みで日々が過ぎ、定められたとき、最後の一節にたどり着くのだ』
暫く読み進み、この一節にたどり着いた時、私は本を一回閉じると、表紙を見直す。
この本何処かで読んだことがあるよーな?
でも題名には覚えが無いんだよね。
その後も読み進むがどっかで視たような一節が続く。
暫くウーンと唸っていた私は、思い切ったように立ち上がると、その本を手にしたまま、司書のキャンロム先生の元へと向かった。
§ § §
「キャンロム先生、今宜しいでしょうか?」
「あらシビルさん。何でしょうか?」
書類整理をしていたキャンロム先生は、私の声で一旦手を止め、にこやかに対応してくれた。
「実はこの本なんですが、どこかで視た記憶があるのですが思い出せなくて……。どういう謂れの本なのか分かりますか?」
キャンロム先生は題名を確認したあとパラパラと頁を捲ると、
「シビルさんはこんな本も読むんですね」
と、呟いた後に教えてくれた。
「これはメラニー・チェスタートン作の詩集『エデンの園の黄金の林檎』という本ですよ、シビルさん」
うーん、いつ読んだんだろう……。
「この作家は若い女性に人気がある、といわれる、新進気鋭の作家ですね」
「そうでしたか、いつ読んだか思い出せませんが、ギルドの図書館にはそんな本もあるんですね」
「まぁ、こういう本は少ないですけどね、シビルさんはどんな本を探していらっしゃるのかしら?」
「特には……。あ、そうだ!キャンロム先生は図書館の開かずの図書のお話をご存知ですか?」
「開かずの図書ですか?」
「はい、前にローズたちから魔術師ギルドの不思議話を聞いて、その中の一つにあったんです」
「開かずの図書ですか。それは面白そうな噂話ですね。もしかして閉架図書の事を言っているのかもしれませんね」
「閉架図書ですか?」
「はい、そこには入りきれなくなった本が置いてあるだけの部屋です。最も見習いは一人では入れませんけど」
「一人では入れない?」
「はい、私と一緒でないと入れない部屋ですよ。……シビルさん、興味が御有りならちょっと覗いてみますか?」
「えっ!?よろしいのですか?」
「えぇ、じゃ案内いたしますね」
そういうと、キャンロム先生は鍵の保管庫から鍵を取り出し、閲覧室の奥へと私を案内する。
そして奥の扉の前に立つと、鍵を開けた。
ギイィィィィ。
扉の軋んだ音が静かな部屋に響き渡る。
そして漂う、埃の匂いと本に張られた皮表紙から漂う鞣した皮の匂いが入り混じった独特の匂い。
しかしそこはまだ書庫ではなかった。
そこは地下へとつながる階段が隠れていたのである。
「足元に気を付けてください、シビルさん」
キャンロム先生は一言声を掛けると、静かに階段を降り始めた。
なんか、雰囲気あるわね……。
私もキャンロム先生の後ろから恐る恐る階段を降りる。
「ここが閉架図書……」
そこは一階の閲覧室よりもさらに広く視える部屋に大量の本棚がずらりと並んでいた。
入り口付近には机や椅子がちゃんと据え付けて有り、座って本を読む空間も確保されている。
「ここが閉架図書ですよシビルさん。ここの本は二階の閲覧室と同じく全て持ち出しが禁止されています。……もっとも特別な許可があればその限りではありませんが」
「特別な許可?」
「はい、グエンドリン・ルース筆頭魔導師の許可が必要です」
ふーん、と言いながら私はキャンロム先生の後に続くように閉架図書を一回りする。
ってこれって……。
私は足を止め、本棚にあったあるものに手を伸ばした。
これって……せ、石板!?
手に取るとずっしりと重い、その石の本には古語で何事かが彫り込まれている。
足を止めた私に気が付いて、キャンロム先生が振り向くと、
「その辺りの資料の多くが旧魔術師ギルドから引き継がれた物です。全体の……そうですね、二割ほどがこれと同じような石の石板なんですよ」
私は落とさない様に慎重に石板を本棚に戻すと、再びキャンロム先生と一緒に歩きだした。
「さぁ、これが閉架図書です。私に言えばいつでも入る事ができますよ。満足したのであればそろそろ出ましょうか」
私は頷くとキャンロム先生と共に地上へと戻る。
そして帰り間際にキャンロム先生がこんな事をおっしゃったのだ。
「シビルさん、余計な事かもしれませんが、さっきの詩集はシビルさんにはまだ早いと思いますよ?」
そういって先生が言ったことを要約すると……。
あの詩集の作家は毎回、性的な暗喩に満ちた詩を書くので、一部の若い女性に人気があるとの事でした。
キャンロム先生に言わせれば、大変に『きわどい、破廉恥』な本みたいね。
そして思い出したのだ、どこで読んだのかを。
お姉様が持ってた本じゃない……。
こうして私は、キャンロム先生に誤解を受けて図書館を退出したのであった。
私は先生が思っているような娘じゃないよ、シクシク。