03 予想外な訪問客
うーん、なるほど。
簡単に言うとやる事は以前の本の時とあまり変わらなかった。
と、言うか最初はやる事が同じだもんね
本の特定の頁に手を置き集中、本から流れ込んでくるイメージを出来るだけそのままにトレースする感じ。
どうせ最初は本がなければ魔法は使えないのだ。
何か適当な物を空いてる手に取ってと、あとは眸を閉じて集中集中、スーハースーハー、イメージイメージ。
どのくらい集中していただろうか、しばらくすると空いた手に持っていた葉っぱにポツポツと霜がついていた。
「あ、凍った!」
「え、うそ。視せてみせて」
そういうや否や、ローズが葉っぱを奪い取る。
「あ!」
「何よ、ほんのちょっと氷が付いただけじゃない。もう融けちゃったわよ」
「もー、最初なんだからしょうがないじゃん」
「視てなさい。私ならパリンコリンに凍らせて視せるわよ」
そう言ってローズも眸を閉じて集中する。
しばらくムニャムニャと言っていたが結果は……。
「い、一応凍ったわよ」
「ローズもちょこっと霜が付いただけじゃん……」
「ま、まぁ、最初はこんなものよね。本にも毎日の練習が大事って書いてあったし」
……さっきと言ってる事が違うんだけど……。
そうこうしているうちに、そこへまた伯爵が貌を視せた。
この間から伯爵は定期的にこの場所へ顔を視せる様になったのだ。
正直いると緊張してやりにくいんだけど……。
でも『あっちにいって!』なんて言えないし、しょうがないか。
「おや、この本は……。以前の魔導書とは違う物だな」
「はい、以前の本はもう覚えてしまったので、新しい本をお借りしました」
「そうか……。まて、本当か?」
「はい」
伯爵は、しばらく私達をじっとみつめていた。
「この本は……どのくらい覚えたのだ?」
「今日から始めた所なので、まだ覚えてません」
「ちょっとやって視なさい」
「はい……」
やる事は先ほどと同じだ、片手を本に、空いた方の手で葉っぱを持ち、眸を閉じて集中集中、スーハースーハー、イメージイメージ。
そのまましばらく力を込めていると、葉っぱにポツポツと霜が付く。
もうこれ以上無理!ってところでやめ伯爵にその葉っぱを視せた。
「まだ、氷がホンのちょっとしか……」
「確かに……少し凍っているな」
伯爵が手に取ると霜はスグに融けてしまったが、何やら嬉しそうな貌だ。
機嫌の良い伯爵は久しぶりに視る。
なにせいつも何かに頭を悩ませているようなシワが貌によっているのだ。
「シビル、以前も聞いたがお前は本当に宮廷魔導士を目指しているのか?」
「えっと……。はい」
「そうか……。もし欲しい魔導書や、魔法に役立つものがあったら遠慮なく私に言いなさい。必ず叶えるとは約束は出来ないが、可能な限り協力してやろう」
「あ、ありがとうございます、お父様」
おお、これはなんか魔法の許可どころか、全面的な協力を得られたっぽい感じ?
とはいえ、内情は財政難の伯爵家だし、あまり過度な期待は出来ないよね……。
「では私は用事があるので行くが、シビルもそしてローズも練習に励むのだぞ」
そういって伯爵はその場から去っていった。
残されたのはあまり状況を理解できない、私とローズ。
「これは伯爵も前向きに協力してくれる感じ?」
「そうだといいけど……。ところでローズはどうするの?」
「えっ?何が?」
「私はなんか成り行きで宮廷魔導士を目指す感じになったけど……ローズもそれでいいの?」
「そうねぇ……。私もこのままいけばどっかの資産家と政略結婚は間違いないしなぁ。……よし!いいわよ!シビルに付き合ってあげる。感謝しなさいよね」
「……侯爵は反対しないの?」
「うーん、問題はそれよね……。まぁ侯爵に言っても絶対反対されるだけだし、このまま既成事実を積み重ねるしかないわね。あとで伯爵にも口止めを頼んでみるわ」
そう言ってローズは肩を窄める。
それを視た私はクスクスと笑うのだった。
§ § §
それから数日程たった頃、私達はいつものように庭園の建物で魔法の練習をしていた。
伯爵はああ言っていたが、伯爵家の財政状況を知っていると過度に頼るにはちょっとね……。
もっと効率的な方法があるかもしれないが魔法の習得というのはそんな簡単に出来る物じゃないのだろう。
やっぱり地道な練習を毎日繰り返して身に付けていくものだと思う。
……だって、本にもそう書いてあったし…。
とはいえ、地道な反復練習を繰り返していくのもなかなかつらいものがある。
私が今まで続けられたのは、少しづつだが着実な成果が視えたのと、やっぱりローズがいたからかもしれない。
ポッチで練習はつらいもんね……。
その日もいつものように二人で練習をしていると、
「……どなたですか?」
不意に見慣れない人物が姿を現したのだ。
館の使用人でも、ましてや家族なんかでは断じてない。
「君たちがマクミラン伯爵のお嬢さんか」
「えっ、あ、はい。私はシビルです。こっちは……」
「ローズと申します。父はコーンウェル侯爵です」
ローズはスカートの裾を両手で軽くつまみ上げると、腰と膝を曲げて挨拶をする。
「これはこれは。侯爵のご令嬢でしたか、私はチャールズ・ブランドル。爵位は無いからそう畏まらなくてもいいよ」
そう言いながら彼は私達をじっとみつめた。
何かを観察するような、ゾクリとくるまなざしだ。
まるで心どころか魂まで見透かされそうな気がする……。
そうやって、私達も彼もお互いにしばらく見つめ合っていたが、先に彼の方がニヤリと表情を崩すと。
「君たちは魔法に興味があるようだね」
と、机においてある魔導書にチラリと視線を向ける。
「視ても宜しいかな?」
「…はい。でもその本は私のではなく伯爵からお借りしているものです。汚さない様にお願いします」
彼は本を手に取り、パラパラと頁をめくり始める。
この人は一体何者だろう?
名前は聞いたが、なぜここにいるのかは一言も言わなかったよね。
ここまで入ってこれるってことは恐らくは伯爵のお客様だとは思うけど……。
などど思っていると。
「レディ・シビル、君は十歳だったね。魔法を習い始めてまだ一ヵ月程度というのは本当かな?」
「はい」
「レディ・ローズ。君は?」
「私は十二歳です、魔法はシビルと同じに習い始めました」
「十歳、十二歳でこの程度の魔法を使えるのは幼少期から魔法教育を受けていれば、特に珍しい事ではないが……。それがまだ一ヵ月程度というのであれば話は別だな」
彼は本をめくりながら、私達と本を交互に視線を落とす。
「しばらくここで、君たちの練習を視させてもらうよ」
彼はそう言うと、椅子に腰を下ろし、私達をじっとみつめている。
なんだろう?この人……。
気味の悪い物を感じながらも、いつも通りに練習しようと努める。
暫くのあいだ、そうして私達の練習を視ていた彼だったが、不意に口を開くと。
「君たち、そのやり方を変える気はないか?」
「えっ!?」
「そのやり方はその本に書いてあった方法だろう?勿論間違った方法じゃない。万人が習うにはふさわしいやり方が書いてあるはずだ。だが……、君たちにはもっとふさわしい効率的なやり方がある」
「それはどんな……?」
彼は座ったままの姿勢で一瞬、眸を閉じると、右手に炎、左手にに冷気を宿して視せる。
「一度に複数の魔法を使う方法だ。勿論、一般的なやり方じゃない。その本には載ってないだろう。しかし、出来る様になればその分効率が良くなる」
「す、すごい。そんな事が……」
「出来るんだよ」
彼はそのまま、炎を右方向に、氷を左方向に飛ばして視せる。
その炎と氷は私達が飛ばすよりもはるかに遠くまで飛び、消滅した。
「それは……どうやるのでしょうか?教えていただけませんか?」
「自分より優れた者から自ら教えを乞う。これも出来ない者は少なからずいる。特に貴族にはね。こちらに爵位が無い事を知ると途端に手のひらを反す者も多い。プライドが邪魔をしているんだろうね。が、君は合格だよ」
私は『はは……』と苦笑いを浮かべる。
だってちょっと前まで貴族じゃなかったし。
元は郷士の家といえば聞こえはいいが、貧乏な下級役人だ。
このクラスだとはっきり言って平民と殆どかわらない、裕福な平民の方が社会的な身分が上の場合もあり得る。
なので、そんなプライドはハナから無かった。
「まぁ、まずは練習だな。右手と左手で違う数字を書いてみるんだ、そうだな…五と六がいい。出来るかな?」
そう言って二本の枝を渡される。
数字?五と六を同時?
じゃ、五と六っと書きこき。
「ほぅ、なかなか器用じゃないか。ここでつっかかる者もソコソコいるんだが……」
「そうなんですか」
「じゃ本番と行こうか。右手と左手に違う魔法を宿すだけだ。何、最初だけは私がフォローしてやるさ」
そう、言うや否や彼は突然私の後頭部にそっと手を当てる。
すると本を触っていた時と同じようなイメージが頭に流れ込んできた。
私は流れ込んでくるイメージそのままに、右手に火炎の手、左手に竜の花火の魔法をイメージする。
そしてそれは初めてやったのとは思えないほどあっさりと出来てしまった。
「あ、出来た!」
ローズも隣で「すごい~」だの「次は私の番ね!」などと大はしゃぎしている。
だけど私はまだ、その時は分からなかったのだ。
同時に違う魔法を使うのは、とてもとても難しい「技」だという事に。
そしてそれを教えてくれた人物の正体を。