38 お姉様事件です
王立魔術師ギルド、そこは一見開放的でありながらも、その実、強固な防御魔法で守られている。
そんな王立魔術師ギルドには些細な出来事はあれ、大きな事件が起こる事は無かった。
そう、今までは……。
§ § §
「――そ、そんなことって……」
その言葉と共にシビルは、ある出来事を思い出し、絶望に貌をゆがませる。
その日、シビル・マクミランの精神状態は最悪だった。
普段の可愛らしい貌はなりを潜め、絶望に打ちひしがれている。
好きだったはずのお茶菓子も、もはやシビルの心を癒したりはしない。
「なんで、なんであの娘が……。どうしてなのよ、誰か教えてよ」
対面の机ではローズ・コーンウェルもうつ向いている。
「私にも分からないわよ……」
何度目になるかもわからないやり取りを繰り返す。
「シビル……」
そんなシビルをヴィクトーリア・エアハートが悲しそうにじっとみつめる。
何時もであれば四人いるその机、しかしその日は違った。
「ヴィクトーリアは悲しくないの?一番仲良かったのは貴女だったでしょ?」
「そんなの……」
シビルの吠えたような声に、一瞬身を震わせるヴィクトーリア。
「黙ってないでなんとかいってよ!」
「そんなの、そんなの悲しく無いはず無いじゃありませんか!」
そういって、貌歪ませ、シクシクと泣き始めた。
「ヴィクトーリア……」
そうだ、この娘が悲しくないはずがないのだ、私たちの中では一番、マートルと仲がよかったのだから……。
「シビル、もうやめよう」
ローズが悲しそうな貌でシビルの肩に優しく手を置いた。
「でも……」
シビルは力なくその手を振りほどこうとして。
……結局振りほどく事はできなかった。
「マートル・ベアリングはもういないのよ」
「ロ、ローズ!貴女は!」
瞬間的に怒りがこみ上げ、立ち上がった視線の先には、同じく冷たい視線を向けるローズの貌があった。
そしてシビルが何事かを叫ぶ前に、ローズの言葉が部屋に響く。
「マートルの仇は、絶対私たちで取りましょう」
「えっ!?」
その言葉の意味をとっさには理解できず、シビルは立ち上がったまま呆然としている。
「マートルをあんな眼に合わせた者は絶対に許さないわ……。誰が何と言おうと私たちで仇を、同じ眼に合わせてやるのよ」
「ローズ、貴女……」
それが何を意味するか分かった瞬間、シビルは頭をガツンと殴られたのと同じ衝撃を覚えた。
「貴女たちがやらないなら、私一人でもやるわよ」
そう言いながらローズは部屋から出て行くと、音を立てて扉が閉まった。
シビルも、そしてヴィクトーリアもしばらく動くことは出来なかった。
「仇……」
机を拳で思いっきり叩きつけ、痛みと共に皮膚がさけると、血がにじみ出す。
「やってやろうじゃないの。先生たちが何と言おうと、視つけ出して同じ眼に合わせてやるわ」
シビルのその言葉に、ヴィクトーリアも頷いた。
そして、私は前日に視た光景を改めて思い出す。
§ § §
「きゃー!!!」
王立魔術師ギルドの寮に誰かの叫び声が響き渡ったのは前日の深夜だった。
ベッドに入りながら読書をしていたシビルはその声を聴くと反射的に部屋の外へと飛び出していた。
声はこっちの方角からね。
体躯の線が透けて視えそうな薄い寝間着の上から、魔術師の外套を羽織っただけの格好にも拘わらず、声の方角へと急ぐ。
と、そこには人が倒れているのが視得た。
そして、そばにはもう一人。
慌てて駆け寄ろうしたシビルの眼の前で、その人物は闇に紛れる様に姿を消した。
不思議に思いながらも、シビルが倒れた人物に駆け寄ろうとしたところで、不意に空間がゆがむと、人の姿を取り始める。
「貴女は……せ、先生!」
「その声はシビルですね、今の悲鳴は貴女ですか?」
空間から現れたのはシビルの担当導師であるジェナ・クラフ先生だった。
「ち、ちがいます、あそこに人が倒れてます」
シビルが倒れている人物に指を指す。
駆け寄ったクラフ先生は、暫くして立ち上がると、首を振った。
「だめだ、完全に魔力が枯渇している。もう助からない」
「そ、そんな!」
シビルは驚く。魔力を完全に枯渇させるのは難しいのだ。無理やり魔力を使っても、多くは途中で意識を失ってしまい、魔力を使い続けることができない。
再び空間が大きくゆがむと、人が現れた。マーガレット・サヴィル次席導師だ。
「ん?私より先に駆けつけた人物がいたか。クラフ先生と……そこのいるのはシビル・マクミランか。それでそこに倒れているのは誰だね?」
サヴィル先生は倒れている人物に駆け寄ると、ゆっくりと貌をこちらに向けた。
「それは……「マートル!うそでしょ?」
倒れているのはマートルだった、その貌はすっかり青ざめていて、精気の欠片もないのがシビルの眼からもわかった。
「先に来たのはどっちだ?何か視たか?」
クラフ先生はゆっくりとシビルの方を向く。
「……犯人かどうかわかりませんが、人影を視ました。」
「ほう?それでその人物はどこに?」
「それが……気が付いた時には闇に溶け込むように消えてしまって」
「ふむ?……なるほど、それは人ではなさそうだな」
何らかの魔法を唱えたサヴィル先生はそう言い放つ。
「と、すると……」
「あぁ、これはレイスの仕業だよ。王立魔術師ギルドでレイスが出るとはな」
レイスとはアンデッドの一種だ。
闇に堕ちた邪悪な魂が何かの人の姿を取り、さまようと聞いていたけど……。
あれがそうなの?
「シビルはもう自室にもどりなさい。一度魔力を補充したレイスは今夜現れる事はないだろう」
そうクラフ先生に言われ、私は部屋に戻ったのだった。
翌日、正式にマートルの死が発表された。
§ § §
王立魔術師ギルドの敷地、その一角に人の姿がある。
レイス事件以来、夜間は部屋から出る事を固く禁じられているはずなのだが……。
その闇に潜むような人物の前には、もう一人、別の者の姿が。
「今宵の食事は其方にするか」
レイスだ。その言葉は低く、冷たさを覚えるような声だった。
「あら……会話が出来るんですか」
その冷静な口調にレイスの方が驚く。
「ほう、私の正体をしっているのか、前のあった小娘だな?」
「えぇ、探したわよ、貴方は名前とかあるの?」
「強気な小娘だな、だが良いだろう、冥土の土産に教えてやろう、わが名はハーデース。いずれは闇の王となる者だ」
「貴方がハーデースの名前を名乗るなんて……随分と名前まけしてるわね」
「戯言はそこまでにしておくんだな、さてもういいかな?今宵は其方で腹を満たすとしよう」
その言葉とともにレイスの眸が妖しく光ると、シビルの体躯は動かなくなってしまった。
そしてその手がゆっくりとシビルの心臓めがけて伸びていくと、
シビルはニヤリと笑い、さっと後ずさると、地面に手を当てて魔力を注入した。
「こ、これは……結界!?馬鹿な、なぜ動ける」
「動けなくなるのは貴方の方だったわね……マートルの仇!くらいなさい!」
<死者に死を>
「ば、ばかな……わ、我が……ぎゃー!!!」
シビルの魔法が発動すると、レイスは叫び声と共に、光の中へ消えてしまった。
「マートル、仇はちゃんととったからね」
シビルはレイスを消滅させた場所で、いつまでも立ち尽くしているのだった。
§ § §
「――という感じに書いてみたんだけどどう?あ、ほらここの頁にこんな感じで挿絵を入れてもらって。私は可愛く描いて欲しいかな?同期に絵の得意な子がいたじゃない、あの子にたのんで……」
私が書いた原稿を視たマートルは、「はぁ」とため息をつくと、
「なんで私が殺されなきゃならないんですか?ダメです、こんな作品認めません」
と、ダメ出しをしてくれた。
「そうですよ、シビル、これじゃ私の出番が序盤にちょっとあるだけじゃないですか」
と、ヴィクトーリアも同調する。
「この流れでなんで私が何もしてないの?普通私も活躍するながれじゃない」
と、言ったのはローズだ。
「い、いやだって、私が主人公だし……」
と、私は言い訳する。
マートルたちに言われて、ちょっと作品を作ってみただけなのに、この言われようである。
「で、でもマートルたちの本はおかしいよ!なんで男の子同士でアンナコトを……」
「あら、私は別にノーマルカップリングも好きでしてよ?作品にはそれぞれ、その時々のテーマなどがあるのです」
「とにかくこれはダメね、私たちを登場人物にするならせめて全員を均等に活躍させなさい」
こうして、皆の無情な意見で私の大作は没を食らったのだった。
こんなに面白いのに……、面白いよね?、面白かったんじゃないカナ?




