01 魔法の才能
「お父様、失礼します」
伯爵の書斎。
ひと際立派で荘厳な扉の部屋。
その扉を開いて部屋に入ると、伯爵は椅子に腰かけ大きな机の上で何かをしていたが、私が入って来たのを見ると一旦手を止め貌を上げ、こちらに視線を移す。
「シビル、どうした?」
どうも作業を中断された事に不満があるような貌付きだ。要件は早く済ませちゃおう。
「書庫の魔法の本ですけど、持ち出しても構いませんか?」
「魔法の本?」
「はい、書庫から持ち出しても構いませんか?」
家族であっても父母にはこのような話し方をするのが貴族の嗜みらしい。
姉たちもこんな感じで喋っていたし、問題ないよね……。
「魔法の本を書庫から持ち出してどうする?まさかお前が読むのか?」
「はい、私とローズが」
「ローズも?……そうか、本当はローズに頼まれたのだろう?良いだろう。しかし、読み終わったらちゃんと書庫に戻すのだぞ?」
「お父様、ありがとうございます」
「それだけか?」
「はい、要件はそれだけです」
「では退出しなさい。私は今は忙しい案件を抱えているからね」
「はい、それでは失礼いたします、お父様」
私はペコリとあいさつして退出する。
ふー、怒られなくてよかった……。
でもこれで伯爵の許可は取ったし、もしお姉様や使用人たちに見つかっても大丈夫ね。
§ § §
伯爵の許可をもらった私達は、早速、先程の魔法の本を持ち出す。
行先は庭園だ。
やっぱりよくよく考えると、部屋で火の魔法は危ないもんね……。
庭園にある石造りの建物に場所を移した私達は早速、魔法の本を開く。
「ねーねー。シビル!次はこれをやってみない?」
ローズが指さした頁を視る。
えーと、何々……火炎の手?
指の先から炎を飛ばす魔法か……。
よし、やってみよう!
本に書かれている通りに呼吸をして集中する。スーハー、スーハー。
そして強いイメージか……。
うーん、うまくいかない。
本から流れ込んでくるイメージがうまく私の中で消化できず、ぼやけてしまうのだ。
隣をみるとローズもうまくいかないらしい。指に小さな火を灯すところまでは出来るのだが飛んでいかない。
集中が足りないのかな?
もっと集中、深く深く息をして……。スーハー、スーハー、スーハー。
集中すること数分、指の先に灯った火が一メートルぐらい飛んでそのまま消滅する。
「あ、出来た!」
「えー!!嘘でしょ?シビルに出来てなんで私に出来ないのよ!」
むー、嘘つき扱いされたぞ。
「大事なのは集中とイメージよ。数分ぐらい時間をかけてゆっくりと。息を大きく吸って、吐いて。また吸って、吐いて」
私の声を聴きながらローズも大きくスーハー、スーハーと呼吸をする。
「本から流れ込んでくる、指先の火が飛んでいくイメージを強くもって……」
「むむむ……えぃ!」
その言葉と共にローズの指先に宿った小さな火が三十センチほど飛び、そして消滅した。
「あ、飛んだ!今の視た?飛んだよ!」
「うん、ちゃんと飛ぶとこ視てたよ」
ローズは「やった、やったー」と大はしゃぎだ。
「なんだ、割と簡単じゃない。このままいけば私達ならスグ大魔導士ね!」
などと、先ほどまで出来ないと騒いだことを棚にあげ、そんな事を言い出す。
「でもこれ、本に手を触れていないといけないのがめんどくさいね」
「そうね……」
魔導書とは単純に魔法のやり方を書いた書では無い。
この本の指定された箇所に触れている事で、本からイメージが流れ込み、魔法を行使するイメージがスムーズにいくように作られているのだ。
試しに本から手を放してみるが、一度も成功することが無かった。
「大魔導士になるにはやっぱり本を触らずに魔法を使えないとダメなんじゃない?」
「あーあ。やっぱり大魔導士の道は険しいわね。」
「でもここに日々の練習で、本が無くても正確にイメージが出来る様になるって書いてあるよ」
「えっと、何々?『日々の鍛錬を欠かさぬ事で、徐々にイメージが正確になり、発動までの時間が短く、最終的には本書無しでも魔法が行使できるであろう。そのために、魔法を極めんとする諸君は日々の鍛錬を怠ってはならぬ』ですって」
はぁ、やっぱり何事も反復練習が必要か……。
でも逆に言えば魔導書さえあればたった数十分で一つの魔法が、曲がりなりにも使える様になるなんて、結構すごい!
本を持ち出すって言った時、伯爵が怪訝な表情をしたし、やっぱり高価な代物なのかな?
その日以降、私、ついでにローズも先生の授業の合間を盗んでは魔法の練習をこなした。
私から言い始めた事だったが、なんだかんだいってローズも付き合ってくれる。
やっぱり一人でやるより二人の方が意欲があがるよね!
魔導書に書かれていたように日に日にイメージする為の時間、魔法発動までの時間が短縮されていく。
そのたびに二人できゃっきゃしながらも練習に励むのだった。
§ § §
「ん?こんな所にいたのか、シビル、そしてローズ」
「あ、お父様」
「伯爵、ごきげんよう」
この庭園の建物でいつものように魔法の練習をしていた私達は、唐突に現れた伯爵に声を掛けられた。
「伯爵はこちらへ何しに?」
「それは私の台詞だよ、ローズ。シビルも一緒にこんな所で何をしていたんだね?」
伯爵は目ざとく石造りの机においてある魔導書に眼をやると、
「こんな所で本を読んでいたのか」
「はい、伯爵からお借りした魔導書です。」
「……書庫から持ち出して良いとは言ったが、こんな所に持ち出して本を汚すのは感心しないな」
「でもそれは仕方のない事なんです。部屋で魔法を使うのはやはり危ないですし……。勿論魔導書の方は汚さないように注意しています、そうでしょ?シビル」
「はい、お父様。汚さない様にしています」
いきなりローズに話を振られて、あわてて相槌をうつ。
伯爵は「それならば良いが……」などとと呟いてるけど、内心はあんまり信じてない感じだ。
「で、ここまで持ち出すような成果はあったのかな?」
「勿論です、伯爵。私とシビルなら将来は大魔導士と言えずとも宮廷魔導士ぐらいにはなれる勢いで頑張っているところですよ」
と、ローズはえっへんと伯爵に対して細やかな胸を張った。
「ほぅ……。それは頼もしい。どうだ、その成果を私にも視せてくれないかね?」
「勿論です、伯爵。今から私とシビルの成果を視せて差し上げます」
そんな大口叩いちゃっていいのかなぁ……。
けどここで何らかの成果を見せておかないと、これからは持ち出しを禁止にされかねない。
よし!がんばろう!
まずはローズが眸を閉じ、独特の呼吸をして集中する。
「えい!」
そして小さな掛け声とともに、眼の前の庭園に向かい、指先に灯した炎を飛ばした。
初めて魔法を使った時に灯した小さな火に比べたら、それはもう炎といっていい大きさだろう。
その炎は一メートルほど飛び、消滅する。
「ふふ、ご覧になりました?伯爵?」
伯爵は唖然とした表情を浮かべている。
「次はシビルです。シビルは私よりほんのちょっとだけうまくできるんですよ」
ほんのちょっとね……
まぁ私も頑張らないと。
集中集中、スーハースーハー、イメージイメージ。
イメージで指先に炎を灯し、それを前に飛ばす。
先ほどのローズが飛ばしたのより大きな炎が、二メートルほど飛び消滅した。
「お父様、こんな感じです」
「ま、まさかお前たち……」
「伯爵?どうされましたか?」
「ほ、本に触れずに魔法を!?」
「はい?勿論最初は無理でしたけど、今は触れなくても使えますけど……」
「あ、ありえん。お前たちに本の持ち出し許可を与えてまだ一ヵ月足らずだ。普通、本無しで魔法を使えるようになるには一年程度は掛かるといわれているのだぞ?」
伯爵はそのまましばらく、信じられないものをみたというような表情を崩さなかった。