13 人助け
登場人物紹介
シビル・マクミラン……主人公。マクミラン伯爵の三女。十歳。
ローズ・コーンウェル……主人公の親戚。コーンウェル侯爵の娘。十二歳。
マクミラン伯爵……主人公の父親。
グウェン……マクミラン伯爵家のハウスメイド。
サー・ジョン・マクルーア……ジョン・マクルーア準男爵。
§ § §
「あ、危ない!」
「ふえぇ!!」
朝からぼーっと歩いていた私は、廊下でメイドとぶつかりそうになり、グウェンは手に持っていた荷物を廊下に落とす。
「シビル様!大丈夫でいらっしゃいますか?」
「私は平気よ。ごめんなさい、ぼーっとしていて……。グウェンこそ大丈夫?」
私はグウェンに恐縮されながらも、廊下に落ちたものを拾ってあげる。
……?これは?教科書?
落ちていた本は『成れるシリーズ第十六弾!女性のキャリア戦略――秘書に成る為の実務入門編』と、いうタイトルだった。
「シ、シビル様。こ、これはその……」
「へぇ~。グウェンは秘書になりたいの?」
「は、はい……」
グウェンはわが家で働いているハウスメイドの一人だ。主な担当場所の一つに私の部屋があるみたいで、良く貌を合わしており、時折おしゃべりなんかもする。
色々な話を総合すると、グウェンの母親も大貴族の元でメイドとして働いていた経験があり、グウェンも幼少の頃からメイドとしての教育を叩き込まれたそうだ。
容姿もまぁまぁカワイイ方だと思う。
誰もが振り向く絶世の美女!と、いうことは無いが、そのクリクリとした大きな眼が印象的で、その貌を視る者にどことなく安心感を与えてくれる。
元々話していて教養レベルはそれなりにあるように感じがしていたしね。
ちなみに伯爵家で働くにはそれなりの紹介状が必要なんだとか、なければ門前払いをされちゃうみたい。
「あ、あの!決してお屋敷の仕事が嫌だとかそういうわけじゃありません!」
焦った様子で必死の弁明をしてるけど別に告げ口したりしないから大丈夫だよ。
「それで勉強してるんだ……。それでグウェンには何か当てがあるの?」
「いえ、私にはそう言った者は特に……」
「そうなんだ、でも勉強は大事だもんね。私も良く伯爵や伯爵夫人に言われてるし」
「はい……。それではシビル様、私は急ぎますのでこれで」
ペコリとお辞儀をして去っていくグウェンの背中を視送りながら、
「いけない!私も急がないと!」
と、小走りに急ぐのだった。
§ § §
「気持ちいいね~」
私とローズは上空から庭園を見下ろす。
上空から視る庭園は、改めて庭師の腕が良いことを感じさせる。
小高い丘の上にたつ伯爵館を上空から視下ろすと、普段は意識する事のない全貌が明らかになる。
村の一番近くの家からも、数百メートル、いや一キロ以上離れているのかもしれない。
伯爵館の裏側には、私がソーマの結晶などを探しに行く小規模な林があり、木の上に大きな鳥が止まっているのが視えた。
そして遠くに眼をやると、視渡す限りの田園地帯が水平線の向こうまで広がっている。
最初の内は落ちない様に、おっかなびっくりと騎獣に乗っていた私達だったが、そこはすぐになれ、一ヵ月もたたないうちに伯爵館よりも高く騎獣を飛ばすようになっていた。
曲芸飛行!とまではいかないけど、操縦の腕は大分上がったと思う。
上に視線を向けると、ローズが私よりも一メートルほど高く騎獣を飛ばし、優雅に空を飛んでいた。
ローズは怖い者知らずなのか、私よりも高い位置で飛ぼうとするんだよね。
もぅ、落ちてもしらないよ。
騎獣は望めばその分だけ勝手に高度を上げてくれるが、勿論その分魔力を消費する。
だから闇雲に上へ上へと上昇させるのはやっぱりちょっと怖い……。
何処まで上に行けるんだろう?ってのは少し気にはなるんだけどね。
私達は伯爵館より数メートル上の高さを大回りで旋回している。
本当は遠くに飛んでいきたいけど、伯爵から屋敷の敷地内から出るなと言われているのだ。
まぁ普段も敷地の外に出るときは誰かしらついてくるし、それはしょうがないか。
今日はすごくいい天気!
柔らかな陽の光がさんさんと差し、上を視ると空は何処までも蒼い。
「ねー、そろそろ降りる?」
ローズが私の隣まで下りて来て声を掛ける。
「そうだね、そろそろ……?」
「シビル、どうしたの?」
「ローズあれ、なんだろう?」
私が指をさした方角をローズも視線を向ける。
「ここからじゃ良く分からないわね、もう少し近づいてみましょうよ」
と、言ってスイーと騎獣で移動し始めた。
「ちょっ、ローズまってよー」
最初は何だが分からなかったが、近づくにつれてはっきりしてきた。
馬車だ、馬車が脱輪し、横転しているのだ。
「ちょっとあれ、大変よ」
そして人が一人下敷きになっているようにもみえ、もう二人の者が必死に引っ張り出そうとしていた。
私とローズは慌てて騎獣を地面に下ろすと、急いで駆け寄る。
「だ、大丈夫なの?」
「お、お嬢さん達、済まない。人手を呼んで来てもらえないか?頼む」
身なりが比較的良い男性が横転した馬車に足を挟まれているらしく、「うーん」と唸っている。
引っ張りだそうとしているのは恐らくは使用人だろう。
「大変!少しの間ガマンしててください」
<軽量化>
私は軽量化の魔法を馬車にかけると、
「今、馬車を軽くする魔法を掛けました。馬車を起こしましょう」
と、声を掛け、二人の使用人が馬車を持ち上げ始めると、先ほどまでびくともしなかった馬車が持ち上がり始めた。
私とローズで慌てて足を挟まれていた男性をひっぱりだす。
「うんしょ、うんしょ」
そのまま男性を安全な場所まで移動させると、
「ではそのまま馬車を持ち上げて起こしてください」
トスン、と音がして馬車が完全に起き上がった。
「お、お嬢さん方ありがとう、君たちは一体……」
使用人の一人がけがをした男性に肩を貸すと、貌を苦痛で歪ませながらも男性が尋ねる。
「礼には及びませんよ、領地を預かる伯爵家の者として当然の事をしたまでです。そうでしょう?シビル?」
「えっ!?そ、そうよ!ローズの言う通り。伯爵家の者として、と、当然の事をしたまでです」
「……マクミラン伯爵のお嬢様たちでしたか。私はジョン・マクルーア。いずれ正式にお礼にうかがわせていただきます」
そう言いながら何度もお礼をいって、その一行は馬車に乗って去って行った。
「ローズ!早く戻ろう、ここ敷地の外だよ」
「良いことをした後は気持ちが良いわね!そうね、戻りましょう」
私達は他の人に視つからない様、急いで帰った。
魔法で人助けをした――出来た事が嬉しかったのだろうか?
私の心は普段より軽くなったような気がした。