09 遊園地での一幕
「シビル、今、村の方に移動遊園地が来てるでしょ?一緒に行ってみない?」
「移動遊園地?」
私は魔法練習の手を止めて、ローズに聞き返す。
「うん、伯爵が食事の席で言ってたじゃない」
あー、伯爵が確かそんな事も言ってたような……。
「この辺りにはめったに来ないんだし、行ってみようよ~」
そうなのだ、伯爵が治めるこの一帯は広大な農地が広がり田園地帯が見渡す限り続いている。
はっきりいって碌な娯楽がないのだ。
そりゃお姉様達も頻繁に都会に出かけるよね……。
「でも伯爵が許してくれるかしら……?」
「大丈夫だって!私も一緒に説得してあげるから!一緒にいこ~?」
「じゃ、伯爵に相談してみる」
と、いう事で魔法の練習を今日は早々と切り上げて、伯爵に相談しに行ったのだけれど。
「移動遊園地?」
「はい、伯爵。ローズと一緒に行きたいんだけれど構いませんか?」
「お願いです、伯爵!ぜひ行かせてください」
「……まぁ良いだろう、こんな機会はめったにないしな」
「伯爵、ありがとうございます」
貌を綻ばせる私達、しかしそれは、伯爵の口から次の言葉を聞くまでの間だった。
「ただし、侍女も一緒に着いて行くことが条件だ」
「侍女もですか……」
「当り前だろう?お前たち二人だけで行かせるわけにはいかん。くれぐれも、向うで騒ぎを起こさ無いようにな」
え~、また侍女も~?
侍女ってば伯爵からの信頼がかなり高いわね……。
なんか私って若しかして、モシカシテ、もしかしなくても侍女に付き添われないとダメな娘扱いされてる?
こうして一応ではあるが、伯爵の許可も取り付け、私はローズ(おまけの侍女)と共に、村に来ている移動遊園地へと遊びに行く事になった。
§ § §
「うわ~!!」
その賑やかさに私もローズも驚きの声を上げる。
すごい、伯爵領の村ってこんなに人がいたの?
まるで村人全員が集まって来たかのような賑わいだ。
「ふぁ?」
「シビル様!」
つい駆けだそうとして服の裾を踏みつけてしまい、転びそうになる私。
だがその直前に侍女がガッシリと手をつかんで支えてくれる。
「もう、シビル様!駆け出すなどというはしたない真似は謹んでください!転んでしまいますよ!」
ローズがその様子をみてクスクスと笑っている。
「はい……。侍女ありがとう……」
「急ぐなとはいいません、ですが急がれるとしても早歩き程度です。その時は服の裾を少しだけ持ち上げて、裾を踏まないようにするのですよ」
はぁぃ、と言いながら服の裾を持ち上げるが、
「シビル様!持ち上げすぎです、それでは足が視えてしまいますよ!」
もう!ローズも笑いすぎ!
軽く服を持ち上げて、服の裾を踏まないようにしながら注意深く急ぐ。
あ、あれは!
「シビル!あの回ってるお馬さんに乗ってみようよ」
回転木馬!
どんな仕組みになっているか分からないが、木製の白馬を模した馬がグルグルと回っている。
そして、何人もの子供がそれに乗ってきゃっきゃと喜んでいた。
おっと、子供だけじゃなく大人も乗っているみたい。
男女一緒って事は恋人同士なのかしら、ふふふ。
ローズと一緒に順番待ちをして回転木馬に乗り込む。
勿論侍女は外でお留守番だ。
お金も侍女が払ってくれる。当然そのお金の出所は伯爵だけどね。
私もローズと一緒にきゃっきゃっと騒ぐ。
速度はそんなでも無いがとにかく楽しい。
……侍女の注意が響かなければもっと楽しいと思うのだが。
「シビル様、ローズ様!そのように手を離してはいけません!落ちて怪我をする者もいるんですからね!」
もぅ~、侍女もこの非日常的な空間を楽しめば良いのになぁ。
「これは何?」
「これは馬レースと言って、あそこの空いた穴にボールを入れると、馬が一定距離進む仕掛けになっていて、先にゴールした人が勝ち、という遊びです」
「ふーん、じゃあれは?」
「あれは独楽を弾いてベルを鳴らすゲームですね。うまく鳴らすと景品がもらえますがすごく難しいんですよ」
「あれは……人形!」
「人形が歌に合わせて人間の様に楽器を弾く見世物ですね」
「あっちは?」
「あれは自動演奏の楽器を組み合わせたオーケストラです」
侍女はイロイロと解説をしてくれる。
他にも輪投げや、力自慢がハンマーを振り下ろしてベルを鳴らす遊戯、良い匂いをさせる屋台などいっぱいある。
「シビル~、一個ずつ視て行こうよ」
「うん~」
「お嬢様方!はしゃぎ過ぎないように!」
§ § §
「すごいね、シビル、アレどうなってるんだろう」
「うん」
かたっぱしから視て来て触って、すっかりくたびれた私達は、屋台で購入したお菓子を食べながら広間にて行われている剣舞を視ている。
女性二人が音楽に合わせて踊りながら、剣をクルクルを振り回したり放り投げたりして、その見事な動きに観客の多くが魅了されているようだ
その時、剣舞を踊っていた一人が何かに躓いたようにわずかに態勢を崩し持ってた剣が、偶然にも近くで踊っていたもう一人の剣と激しくぶつかる。
「きゃっ!」
一本の剣はそのまま地面へと突き刺さり、もう一本の剣はそのまま空中に高く跳ね上がると、観客側の方へ……。
そしてその辺りには丁度女の娘が!
それを視た私は半ば無意識のうちに魔法を使用していた。
<軟着陸>
<速攻の歩み>
軟着陸は物体の落下速度を一時的に羽のようにゆっくりにする魔法だ。
剣が空中で動きを止め、フワリと落下し始める。
そして速攻の歩みの効果で一時的にスピードを増した私は、その少女の元へと素早く駆け寄ると、体躯を後ろ側にゆっくりと引き倒し、そのままゆっくりと落ちて来た剣の柄をつかむ。
うわ、予想外に重いっ。
剣を手に取った瞬間、軟着陸の効果が切れたのか、腕に想定外の衝撃が走ってしまった。
「し、シビル様!大丈夫ですか?」
侍女とローズが慌てて駆け寄ってくる。
「私は平気、ねぇ貴女、大丈夫?」
私はその少女に優しく微笑みながら手を差し出した。
「あ、は、はい!大丈夫です。お、お嬢様。あ、ありがとうございます」
「伯爵家の者として領民の安全を守るのは当然の事です。そうでしょう?シビル?」
「えっ!?そ、そうよ!伯爵家の者として、と、当然の事をしたまでです。お礼などは特にいりません」
周りからはすごい歓声が上がっている。
うー、恥ずかしいよぅ~。
「お嬢様、その者もけがなどはしてないようです。そろそろお屋敷に戻りましょう」
「そ、そうね!では皆さま、引き続きお楽しみになって。ごきげんよう」
ぐふぅ、皆の視線が恥ずかしい。
領民の熱い視線を浴びながら、私はそそくさと館に帰った。
例によって侍女から顛末を聞いた伯爵は思いっきり驚いていた。