ヒューマン・ビルディング
それから数ヶ月が経った。
ひと月ほど前に発表された、「意識は脳とは関係なく存在していて、脳は単に個体の記録を保存し、人間という生物をコントロールするためのモノに過ぎない」とする仮説は、既に世の中の新しい常識となりつつある。これは僕の研究のメインテーマである脳と意識の関係と、真っ向から対立する。8年前に僕の論文が話題になった時は「世界が変わる」と絶賛されたものだが、無常にも同じ言葉がその新常識に向けられる。
しかし、僕はここで終われない。世間様の目を気にすることなどはない。今に目に物を見せてやるさ。意識を作るのが脳でなければ、僕が困る。堀本の脳は完璧に保存されたから、例えばこれを誰かの脳と入れ替えたりすれば、その「誰か」はすなわち堀本になる。今の世間様は僕に掌を返すだろう…というのは正直建前だが、そうすればまだあいつと話していられる。
ほら、ちょうどいい被検体が来たようだ。ナースが報告書を手渡しに来た。どうやら今日の新生児の脳の大部分が欠損しているらしく、これでは1年と持たないだろう。両親は、初めて産んだ子供を何としてでも生かしてあげたいと言っているそうだ。
━━━何としてでも、と言ったね。僕の手にかかれば、少々野蛮野蛮な方法だが手術は容易い。…ただ、後遺症が残るかもしれない。例えば、人格が一人増えるような。