第十話 山口と堀本
堀本がホスピスに入っていると知り、僕は絶望した。
彼はまだ35であった。結婚もせず、仕事に明け暮れていたそうだ。「自分に女は似合わない」と、そう話していた。僕とは幼馴染で、お互い友達が少なかったのでよく2人で遊んだものだ。
堀本は僕にとって、かけがえのない唯一の親友なのである。それ以上の気持ちを持った時期も、あったかも知れないが…。とにかく、僕が完璧であり続けられたのは彼が見ていてくれたからなのだ。絶対に失うわけにはいかない。
幸いにも僕が勤めているのは総合病院で、堀本は同じ建物内にいる。部屋を調べ、空き時間に少し準備をして会いに行くことにした。
部屋の前で両頬を2回軽く叩き、深呼吸をする。親友の前で、いつもと同じ姿で会えるようにするルーティーンだ。念の為、スマホの内カメラで顔も確認しておく。よし、問題ない。僕は病室の扉を勢いよく開けた。
「やァやァ堀本、元気には…してないねぇ、どう見ても」
いつも通りのケラケラした口調で話しかける。医者として会うのはこれが初めてだろうか。医者であっても僕は脳神経系が専門なので、彼の病気をどうにかすることはできない。もっとも、治せるのならここにはいないだろうが。
「ああ…グッチか…」
弱々しい、しかし近いうちに聞けなくなってしまう声。痩せこけた姿。見るに堪えず、目を逸らしてしまった。
堀本の傍の椅子に腰掛け、窓の外に目をやった。
「…臓器提供とか興味ある?」
僕は窓辺に肘をついてこう言った。かけるべき言葉が分からなかった。