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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その2
99/126

成果


 客先中隊を編入し、無駄に大所帯となった一団は北の森へと進軍を開始した。


 先行するのは客先第一、第二小隊の計八名。使い込まれた革鎧を着込み、背負った弓と腰の短剣で武装した男たちが整然と歩いていく。厳しい任務を乗り越えてきた熟練者の顔だ。十数名のひよっこ冒険者を挟み、後尾では第三小隊四名が警戒にあたる。ちょっとした大名行列みたいな光景である。


「見張りは俺たちに任せな。小鬼が出たら知らせてやるよ。頼んだぜ」

 ヘンリクは総大将であるステラン坊主の肩を叩き、散歩でもするような足取りで先行部隊に続いて歩き出した。



「これだけいるのに、見張りしかする気ねぇのかよ……」


 後に残されたステランが呆然と呟く。

 パーティーの半分が斥候役だ。専門職が偏りすぎている。人員の半数をちりとり担当が占めているような状態である。よく掃除道具が足りたものだ。


「おいステラン! どうなってんだこれ」

「みんな戸惑っている、説明してくれ」


 暗い顔をしたステランに近付いてくる男たちがいた。見知った顔だ。先日の狩りで、謎の仮面兄妹が世話になった先輩たちである。


「――オロフさんが言ってた、冒険者ギルドからの手伝いだよ……」

 先輩二号の問いに、ステランは苦々しい表情で答える。


「しかし、いくら何でも多すぎないか? これだと俺たちの取り分がなくなるぞ」

「――いや、報酬は渡さなくていいらしい。オロフさんはそう言ってた」

 先輩一号に力なく弁明するひよっこ隊長である。叱られた子供のような顔だ。


「そうか、それならいいんだが」

「にしたって何なんだよこれ。話がうまく伝わってなかったのか?」


 先輩ズは大名行列の中に戻っていく。一人になったステランは膝に手を置いて項垂れ、長い溜息をついた。胸中の鬱憤をすべて吐き出すような姿だ。


「……よくねぇよ。こんなの指揮しろって言われても、どうすりゃいいんだよ……」


 昨日の落ち着きぶりが嘘のようなへたれっぷりだ。哀れを誘う。しかし、これこそが、この若者の本来の姿。母性をこじらせたパウラ嬢の大好物である。ご本人から散々のろけ話を聞かされたヒゲさんチームの面々による分析結果だ。品のない連中である。


 まったく、いつまでへたれを売りにしている気だろうか。これだけ斥候職を貸してやったんだ。いい加減、自分の戦い方に気付いてもらいたいものだが。




 秋晴れの空の下、北の丘を越えて行く連中を見送る。


「カナタさん、わたしらは行かなくていいんスか?」

「俺たちはお留守番だ」

「ふむ、なんか落ち着かねーっス」


 俺の隣でアーウィアは腕を組み、何やら難しい顔をしていた。狩りの空気を感じ取り、血が騒いでいるのだろう。どこぞのニンジャによって子犬のころから猟犬として躾けられた娘である。すでに身体は獲物を追う体勢に入っているのだ。


「怪我のこともあるしな。こうして他人に任せることも重要だ」

「だーかーらー、わたしはなんもねーって言ってるっス!」

「駄目だと言っているだろう。しばらく接近戦は控えろ」

「むぅん、じゃあ魔法ならどうですかね?」


 最近は鈍器ばかり振り回しているが、一応はこの娘も魔法職だ。本来は後衛である。使えるのは魔弾(マジック・ミサイル)火散弾(ファイア・スキャッタ)のような初歩の魔法だが、相手が小鬼なら火力としてじゅうぶん。とはいえ、今回はお呼びではない。


「あれだけ熟練(ベテラン)が付いていれば狩りもすぐに終わるだろう。今日のところは諦めろ。俺たちは次の予定が詰まっている」

「むーん、しょうがねーっスか」


 索敵と警戒を猟兵部隊が受け持てば、前衛がひよっこ揃いでもテンポよく狩りが進むだろう。きっと昼前には一区切り付いて戻ってくるに違いない。


 アーウィアは散歩ができなくて欲求不満かもしれんが、こうやって他人を使うこともおぼえなくてはならない。自分でやれる仕事を任せるというのはストレスだが、社会人として避けては通れない。入社三年目くらいから始まる悩みであろう。




 おあずけ司教と並んでオズローの街を引き返す。

 人々がにぎやかに活動を始める時刻だ。通りには荷運び人だの水汲みの娘だのガチョウだのが行き交っている。ぽつぽつと開かれている露店を冷やかしながら歩く二人である。


「っていうか、いつまで付き合ってやるんスか? 小鬼くらい、新人どもだけで狩れるようにならなきゃ使いもんにならんスよ」


 入社三年目みたいなことを言いながら憤るヘッポコさんを連れて通りを行く。対向から豚の集団がきたので脇に避ける。この世界では基本的に動物の通行が優先だ。ブレーキとかが付いていないので仕方がない。無理をしても轢かれるだけだ。そうでなくとも、豚たちの中で立ち往生して周囲に笑われるだけである。


「さて、あの商人次第だな。しばらくは猟兵を貸してやろう。そのうち隙を見せるだろうし、こちらが先手を打てる状態にしておくのは悪くない」

「まぁそうしますか。折れた腕くらい坊主に言えば簡単に治せるっス。あの兄ちゃんは知らねーみたいっスけど」

「うむ、骨が折れたくらいで大げさな話だ」


 よっぽどの怪我でなければ、ボダイの中傷治癒キュア・ミドル・ウーンズを使えば済むのだ。

 オロフは冒険者ではないから知らないのだろう。ならば、とっておきの一手にしたいものだ。昔は宿で寝るだけで大抵の怪我は治ったのだと教えてやれば、どんな顔をするだろう。残念ながら今は、そんな不思議な現象は起こらない。アップデートによって廃止されてしまったのだ。





 俺とアーウィアが向かったのは、街の中心からやや北西に位置する場所。この街を支配するむぅむぅ星人の住処だ。ユートのお家である。


 門番の衛兵に一声かけて敷地に入る。我らがギルドは自治体からの案件を請け負っているので、出入りを咎められることもない。不作続きによる食糧難に備えるという公共事業だ。どこからともなく謎の肉を供給するギルドのおかげで、街の食糧事情も改善され始めた。大手を振って敷居を跨げるというものだ。


「アーウィア、先に食料庫へ寄っていこう。形だけでも仕事をしている振りをしておくぞ」

「うっス、あの蔵っスね」

「ついでに適当な話題を見つけよう。そこから自然な流れで『探索者ギルド』について探りを入れる」

「何もなきゃ、油虫(ゴブリン)が出たとか言っときますか」


 誓約書の発行にはユートが関わっていると聞く。ならばそちらから情報を得るまでだ。オロフにとっては街の支配者だろうが、俺たちにとっては顔がお綺麗なだけのポンコツ仲間である。



 旧修練場の建物を通り過ぎ、お屋敷の裏手に回り込む。荷馬車が乗り入れられる裏庭があり、諸々の雑貨を運び込む蔵が併設されている。その一画が食料庫だ。


「おや、商店の小僧もいますね」

「荷運びの頭領もいるな。俺たちが持ち帰った荷物の関係だろうか」


 見知った連中が蔵に出入りしてる。ディッジは目録か何かの書類に目を落としながら荷運び人に指示を出しているようだ。ギルド絡みの案件だから、こいつが出張ってきたのだろう。店番の小僧が偉くなったものである。



 働いている連中の邪魔にならないよう遠巻きに眺めていると、俺たちに気付いたディッジ小僧がのこのことやってきた。


「どうも、旦那。ご用でしたか?」

「いや、大したことはない。お前の方はどうした」

「お陰さまで食糧の方は仕入れの目処がつきましたんで。この機会にいくつか売り込みをと思いましてね」

「なるほど、抜け目がないな」


 商店としても、豆だの魚の干物だのばかり売っていても仕方がない。せっかくお貴族様と商売ができるのだ。もっと利益率の高い商品をばんばんお買い上げいただきたかろう。



 荷運び人たちが出入りしている食料庫を眺める。石造りの堅牢な蔵だ。蔵欲の高いアーウィアも近くまで行って羨望の眼差しを向けている。危険はないので好きにさせておこう。うちは蔵を買ってやれるほどの余裕はないのだ。不甲斐ないことである。


 がらんどうだった食料庫の中も、少しずつ物資が増えてきた。庶民にはあまり縁のない樽もたくさん並んでいる。ああ見えて高級品である。さすが腐っても貴族ということか。


「それで、いい商品はあるのか」

「ええ、ちょっと待ってください」


 ディッジは蔵の脇の置かれた木箱に駆け寄り、ぎっしりと詰まった藁に手を突っ込む。取り出してみせたのは白い皿だった。オズロー焼きである。ノームの職人によって作られる、魔物の骨を焼き砕いて練り込んだ陶芸品だ。製法さえ語らなければ、ただの美しい焼き物である。


「ふむ、売り込めそうか?」

「どうですかねぇ。こればっかりはマッシモさん次第ですよ。貧乏人にとっちゃ、皿が白かろうが黒かろうがどうでもいい話なんで。ここで売れてほしいんですが」

 ディッジは肩をすくめてみせる。


「――カナタさん、マッシモって誰っスか?」

 ひとしきり蔵を鑑賞して満足した様子のアーウィアが戻ってきた。

「忘れたのか、小鬼騒動のときに世話になった人だ。偉い人の役をさせただろう」

「あー、あの顔がいかついおっさんっスか」


 そのおっさんである。なんでも、ユートが小さいころから世話をしているとかいう使用人の男性だ。執事というほど気取っていない、爺やとか呼ばれるタイプの人だろう。皿を買ってくれそうかと考えると、わからんとしか言いようがない。



「だったらユートに直接言えばいいだろう。遠慮することはない」

 あいつは頭の構造がシンプルだ。面倒な駆け引きも必要なかろう。


「いやいや旦那、相手は貴族ですよ?」

「何を言っている。店で何度も顔を合わせているだろう」

「それとこれとは話が違いますって。貴族だって知ってて舐めた口を利こうもんなら縛り首ですよ」


 よくわからんが、この小僧の中でユートは面倒くさい位置付けになっているらしい。あんなもの、可愛らしい声でむぅむぅ鳴くだけのご当地マスコットみたいなものだろうに。町おこしの道具である。キーホルダーとかにして売ってしまえばいいのだ。


「ふむ、だったらちょうどいい。代わりに俺が売り込んでやろう」

「旦那がそう言ってくれるのは有り難いですけど……」

 ディッジ小僧は困惑の表情をニンジャに向ける。


「なに、心配するな。ちゃんとお前の手柄にしてやる」

「あ、いや、お気遣いなく! 番頭の件からそう間がねぇんです! 下手したら今度こそ縛り首に違いないんで!」

「はは、謙虚な奴だ。絶対にお前の名前を出してやろう」

「だから違げーんです! あっ、そうだ! 番頭! あいつからの売り込みってことにしましょう! ね!?」

「はは、アーウィア行くぞ。ディッジに頼まれたお使いだ」

「やめてくださいよ旦那! ちょっと姐さん、何とかしてください!」


 縋り付こうとする小僧をニンジャの回避で躱し、本宅へと足を向ける。心配しすぎなのだ。皿一枚で偉い人の不興を買って手討ちにされるなど、昔の怪談ではあるまいに。


「ん、どういう話になったんス?」


 傍らを見ると、アーウィアは地面にしゃがみこんで小石を積んで遊んでいた。

 ミニチュアの蔵である。なかなかの出来栄えだ。


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