領主への誓い
「俺たちが新人どものパーティーに潜り込んだのは事実だ。久々に奴らの様子を見ようと思ってな。先達として気になるのは当然だろう」
「うっス、どこぞの若造が腕を折ったのなんか知ったこっちゃねーっス」
皿に向かって伸ばされた女給の手をアーウィアが叩き落とす。自分のメシは自分で守れというのが我が家の家訓だ。うちはエルフだのドワーフだのを飼っているので、その辺はシビアである。
「あくまでヨーナスの負傷は偶然、ゴザールさんは関与していない、ということですね?」
俺とアーウィアの返答に、オロフは微かに目元を緩ませる。予想どおりの言葉を聞いた、という顔だ。
「もちろんだ」
「さっきからそう言ってるっス。いっぺん聞いたらおぼえろ」
「これアーウィア、お口が悪いぞ」
「うっス、気を付けます」
小娘の暴言にも顔色一つ変えず、オロフ氏は鷹揚に頷き、さりげなく上着の襟元を正してみせる。ずいぶんとカネのかかったお召し物に見受けられる。気合いの入った格好だ。きっと営業マンが赤いネクタイで交渉に臨むような感じだろう。ここ一番の勝負服である。
「そちらの冒険者ギルドは、所属冒険者の相互扶助を目的とした組織だそうですね。その理念に則った行動をお願いします。ヨーナスが復帰できるまで、冒険者ギルドから代理の戦力を出してください。それで今回の件は手打ちとしましょう」
「ああ、構わんぞ」
「回りくどいっス。手が借りてーなら最初からそう言え」
「アーウィア、お口」
「うっス」
新人どもはうちの貴重な労働力だ。今は野生動物にボコられる有様だが、いずれは迷宮から資源を持ち帰るようになる。そのために食い扶持を世話しているのだ。わざわざ言われなくとも、である。
「そう言ってくださると思っていました。では、誓約書を作成しましょう」
オロフは間髪入れず、袖口から巻物を取り出した。手品師のような男だ。ここまでは奴の書いた筋書きどおりというわけか。
「――用意のいいことだな」
広げられた羊皮紙に目を落とす。白紙ではなく、何やらすでに文章が並んでいる。
念書を書くのは構わんが、俺には書類が正当なものか判断ができない。隣で鼻をふすふすさせて警戒しているアーウィアも同じだろう。
知っている奴に聞けば済む話だが、商売敵の前で弱みを晒すことになる。さて、どうしたものか。
何でもないような面をしつつ内心困惑のニンジャを他所に、手品師は席を立って店の奥に向かう。次は何だ。台車に載せた助手でも連れてくるのか。そこでぼんやりしている女給でも輪切りにすればいいだろうに。どうせ元に戻るのだろう?
「ご主人、すみませんが誓約の立ち会いをお願いできますか?」
「ちょっと待つがよかろ。炭の始末をしておるでの」
心配は杞憂だった。誓約には第三者の立ち会いが必要らしい。ガル爺が仕切ってくれるなら妙なことをされる心配はないだろう。いや、そう思わせて油断させる罠かもしれん。気は抜けない。小さい玉が増えたり減ったりするのを楽しむ余裕など俺にはないのだ。
「カナタさん、これ……」
巻物を眺めていたアーウィアが顔を上げ、口を開く。
俺は首を振り、両手で食パンを掴むような動作をする。『喋るな』の合図だ。
誓約書とやらの作成を終え、オロフ氏は上機嫌に帰っていった。
二部作成したうち、手元に残された一枚を二匹のポンコツが覗き込む。
「ふむ、これが誓約書か。こんなものがあったんだな」
「わたしも初めて見たっス」
誓約書の作成には銀貨二枚が必要になるという。発行に伴い領主に納める一枚と、立会人に支払う一枚だ。誓約が破られたときは、領主による強制執行が待っている。その際、債権の半分は領主が取っていくそうだ。そんな仕組みであるゆえ、双方の取り決めを街のお偉いさんに誓うという文面で作成される。
立会人を務めてくれたガル爺に後から聞いた知識である。
我らがオズローの統治者はユートだ。誓約書に書かれていたのも、長ったらしい子爵令嬢様のご本名だった。この誓約が破られることがあれば、あのむぅむぅ星人が意気揚々と成敗にやってくるのだろう。恐ろしい話だ。
「うちの若い衆に力を貸してやるだけだ。別にユートの名前など持ち出されなくとも約束を破ったりはしないのだが……」
「お嬢の出る幕じゃねーっスよ。何だったんスかね、あの兄ちゃんは」
アーウィアは肉を食い終わって指を舐めている。残念ながら、この世界における一般的なテーブルマナーの範疇だ。さすがに皿までは舐めない。そういうのはエルフとかドワーフのやることだ。
「誓約書なぞ、誰彼と発行されるものではないでの。領主に顔が利くのだと言いたかったんじゃろ。お前さんらには伝わっておらんようだがの」
「はん、しょうもねーハッタリっスな」
アーウィアは空になった皿をガル爺に突き出す。受け取ったガル爺は客のような顔で座っている女給の前に置く。女給は黙って皿を持ち、洗い場の方へと歩いていった。
「悪人ほど法に通じているのは、どこでも同じか」
うちの小鬼狩りに銅貨二枚を上乗せすることで、強引に共同出資者のような立場を確保。トラブルに乗じて示談を迫ってきた状況である。こちらが交渉もせず折れたのは予想外だったかもしれない。
「若造の腕が治るまで冒険者を二人寄越せ、っスか。あんなヘナチョコが二人分も仕事してるわけがねーっス」
「しかも、来なかったりサボったりしたら全員分の稼ぎを払え、ときた。強気な条件だな」
「笑わせにきてんスかね?」
「そうかもしれんな」
あの商人の目的は冒険者ギルドの乗っ取り。敵対的買収であろう。
オズロー鳥の秘密を探るだけではなく、組織ごと持っていく算段を立てているらしい。誓約書など持ち出したのが証拠だ。周りから追い詰めて経営権を取り上げる作戦だろう。
「まったく、あの男は冒険者について何も知らないようだな」
「やっぱ笑わせにきてるんじゃないんスか?」
ただでさえ、ここオズローは訳ありの土地。部外者の常識など通用するはずがないのだ。
洗い場から聞こえてくる皿を舐めるような音を聞き流しつつ、次の手を考える。本当にあの駄犬はどうにかした方がいい。
というわけで、冒険者ギルドから人員の派遣が決まった。客先出向だ。
「レンジャー! 客先第一小隊、準備完了! レンジャー!」
「新人どもがまだみてぇだな。そのまま待ってろ」
「オッス、レンジャー!!」
北門前に居並ぶのは、我ら冒険者ギルドの精鋭。小鬼狩りのエキスパートたる猟兵たちだ。第一から第三まで、総勢十二名。むくつけき男どもが整然と列をなしている。率いるのは鼻高斥候のヘンリクである。
「な、なんだよ、この人数は……!?」
あちらの責任者を務めるステラン坊主が完全にビビっている。というか、新人たち全員が大いに狼狽えていた。それはそうだろう。予定より十名ほど多い。初回サービスである。
「お前が頭だな。ステランっていったか、指揮は頼んだぜ」
「あ、えっと、はい……」
ひよっこ部隊のお飾り隊長だった若造の声も震えるというものだ。まことに大人げないサプライズ企画である。
「なんスかこれ」
「大盛りだ」
「言ってる意味がわからんス」
「このむさ苦しいのも久しぶりだな」
「呼ぶ方もアレですけど、来る方もどうかと思うっス」
俺とアーウィアは不参加だ。ただの見送りである。
上級課程の訓練と称して猟兵どもに声をかけたのだが、思ったより乗り気な奴が多かったので大集合させてみたのだ。
どこかでオロフは見ているだろうか。せっかく面白い絵面が完成したのだ。後で感想など聞いてみたいものである。