使い道
戦闘ごとに小休止を入れながら、小鬼との散発的な遭遇戦が続く。
ひよっこ集団には、これといった被害も出ていない。基本的な戦い方は身についているようだ。動きも悪くない。迷宮であれば、そろそろ第二層へ挑戦しようかという頃合いだろう。これだけ人数がいるにも拘らず、きちんと連携もとれている。
「――しかし、興味深いな」
「小鬼どもっスか。べつに大したこっちゃねーっスよ」
「いや、変化していること自体が驚異的なことだ。奴らに紛い物ではない知能があるということだろう」
「ふむ、よくわからんス」
茶筒の視線が俺とアーウィアの間を行き来する。
喋るたびに円筒形のやつが首を回すので落ち着かない。セキュリティロボに監視されている気分だ。SF映画で出てきそうな感じである。レーザーとかを照射して侵入者を無慈悲に殺戮するタイプだ。
「ステラン、敵を見つけた。丘ゴブと森ゴブがだいたい五体ずつ。やるか?」
偵察に出ていた冒険者の一人が戻ってきた。小鬼の徘徊する森での単独行動だ。なかなか見どころのある若者ではないか。
「ああ、もちろんだ。そいつらを片付けて帰ろう」
指揮をとるのはバイトリーダーのステラン。こいつの方はちょっとした問題がある。お節介だが何とかしてやるべきだろうか。ひとまず保留しておこう。
しばらくご無沙汰している間に、小鬼たちにも変化があった。新人たちが丘ゴブとか森ゴブとか呼び分けているやつだ。
丘陵地帯まで出てくる丘ゴブの方は、軽装の斥候役だ。何かの骨を削って杭のように尖らせた代物を武器にしている。
森ゴブと呼ばれる方は拠点防衛役だろうか。得物にしているのは粗末な棍棒。背丈ほどの代物を両手剣のように構えていたり、短めのを左右の手に持っていたりと様々だ。持ち手の辺りを握りやすいよう削った痕跡がある。
「道具を作るようになるとは、な」
「あんなもん武器のうちに入らんス。先にぶん殴ってやればイチコロっスよ」
さっきから妙に小鬼への当たりが厳しいな。俺が褒めているから対抗意識を燃やしているのだろうか。
「さっきも言っただろう。見るべきは変化していること自体だ。今はあの程度でも、この先どうなるか未知数だ。奴らの生態には謎が多い」
元からその程度の知能はあったのか、丘にある工房を盗み見ているうちに学んだか。しかも役割を分担して道具を使い分けている。この森で小鬼たちが文化的な暮らしを営んでいる証拠だ。改善意識が高くて結構なことである。きっと経営者が優秀なのだろう。
「なんスか、わたしだって負けてねーっスよ。棍棒でも作りゃいいんスか」
「わかったわかった、そろそろ準備するぞ」
「さっきから小鬼のこと褒めてますけど大丈夫なんですか? ちゃんとわたしを守ってくれないと困るんですけど? やる気あるんですか?」
面倒くさい連中だ。被り物などしてふざけているのだろうか。
「皆、数が多いぞ。丘ゴブの不意打ちに気を付けてくれ」
ステラン坊主に率いられ、ひよっこ集団は暗い森を進む。
「森ゴブは二人がかりで挑むんだ。一人が戦って、もう一人は背中を守れ」
さっき偵察に行っていた男の方が指示が具体的だ。優秀な補佐官である。もしかすると、この男が実質的な頭なのではないだろか。
貧弱な小鬼といえど、棍棒の一撃は重い。正面から森ゴブを相手にするなら足が止まるだろう。そこを素早い丘ゴブに鋭利な骨で突かれたら致命的だ。二撃目の棍棒で頭を割られて終了である。
偵察の甲斐あって、こちらの奇襲で戦闘は始まった。
ひよっこたちは指示どおり二人一組で小鬼たちに襲いかかっていく。どいつも装備が似たりよったりだ。誰が誰だかわからん。
「助けてー! だれぐぁッ!」
ひとまず茶筒女は草むらに蹴り倒しておく。要救助者がパニックを起こして暴れると二次被害が広がるのだ。水難救助でも、最悪の場合は殴ってでも大人しくさせた方がいいと聞いたことがある。しがみつかれると救助者まで溺れるのだ。最良は浮き輪などにしがみつかせること。次いで長い棒やロープを使った救助だったか。
戦場の中心にいるのはステランだろう。副長っぽい例の男と組んで森ゴブと対峙している。敵の強烈な打撃を円盾で受け、ステランは苦しげに顔を歪めていた。
「まったく、あいつは自分の職業を何だと思っているんだ……」
奴の職業は盗賊だ。それこそ丘ゴブのように、味方が交戦中の相手を横合いから襲って仕留めるのが仕事だろうに。戦士の真似事などをしてどうする。
「あぶないぞ、カナッサン!」
先輩一号の呼び声を聞くより先に、前方へ飛び込みコロリと回転。振り下ろされた棍棒を躱し、森ゴブの膝裏を蹴りつける。この程度の奇襲を許すほどニンジャは甘くない。
「そいつは任せた」
後始末を先輩殿に押し付けて、離れて様子を伺っていた丘ゴブへと円盾を投げつける。顔面に盾を食らって小鬼は無様にひっくり返った。即座に駆け寄り、喉笛に踵を落として首を折る。俺には戦士の武具は扱えんが、でかい手裏剣だと思えばこのとおりだ。
先輩一号が森ゴブを倒したのを見届けて、俺は戦線を離脱する。ノルマは果たしただろう。あまり目立つのも得策ではない。以降は観戦させてもらうとしよう。
「見切ったっス! てりゃーッ!」
アーウィアの鉈が一閃、森ゴブが振るう棍棒を正面から断ち割った。
器用なものだ。司教には刃物武器の扱いに適性などあるまい。ただ、木を割るという鉈本来の使い道を示しただけだ。戦闘ではなく薪割りなら職業による適性など関係なかろうという理屈である。
一方でステランの方は苦戦している。せっかく二人組で戦っているのだから副長と交代すればいいのに、がむしゃらに森ゴブと打ち合っている。そろそろ他は決着がつきそうだが、まだ時間がかかるのだろうか。まったく、何をしているのやら。
呆れて首を振っていると、俺の探知スキルに敵の反応が飛び込んできた。
――何だ、速いぞ? これは危険かもしれない。仕方ない、他の連中にも警告してやらねばならん。
「先輩一号、敵が接近中だ! 速いぞ!」
「せん……? いや、もしかして騎兵か!? みんな――」
声が発されるより早く、戦場に一体の敵が姿を見せる。
激しく地を駆け、下草の茂みを突き破り、現れたのは――
「うわぁッ! 小鬼騎兵だッ!!」
「猪っスな。でけーっス」
猪である。
まさに猪突猛進という勢いで小鬼騎兵とやらは戦場を駆け抜ける。よく見れば背中に小鬼がしがみついている。一体と数えるべきか二体と数えるべきか微妙な線だ。しかし、どう見ても暴走状態だが、大丈夫なのだろうか。
「そういえば、この森は豚に食わせるドングリが豊富だったな。猪がいないわけがない。迂闊だった」
「カナッサン、獲って帰りましょう。まるまる太って美味そうっス」
「しかし家畜まで飼っているとは。やはり侮れんな」
「あっ、またっスか! なんスか、豚飼ってんのがそんなに偉いんスか!」
両手に鉈を握って兎面の怪人物がわきわきしている。やめろ、顔が見えないから怖いのだ。
「それどころではないアーウィン。先にアレを片付けるぞ」
「なんスか、誤魔化すんスか! ちゃんと話するっス!」
アーウィアは役には立ちそうにない。今はちょっと面倒くさい感じになっている。ここは俺が何とか――
「痛いッ! 何ですか!? 踏みましたか!? 蹴るのも大概ですけど、そのうえ踏むんですか!?」
足元から抗議の声が上がる。ここは女給を蹴り倒した草むらだったか。ええい邪魔くさい。
猪は戦場を突っ切り、乱れ足で旋回。後足で土を蹴り散らし、目標に狙いを定める。再び疾走。黒い剛毛の巨体が向かうのは、この期に及んでわちゃわちゃと戦闘中のポンコツのところだ。
「避けろッ! ステラン!」
円盾を突き出して走り出た副長が猪に撥ね飛ばされ、高々と宙を舞った。