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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その2
93/126

徒労


「これから猿ぐつわを解いてやる。大きな声を出すな」

「もぎー」


 女給の口元に巻かれた布切れを外す。ガルギモッサの酒場で使われていた布巾だ。勝手に借りてきたので、後で返しに行かねばならん。


「よだれでベッチャベチャっスな。ほれ、もっと口開けるっス」

「もぎぎ……」


 アーウィアが女給の口から唾液まみれの布をずるずると引っ張り出す。一見すると手品のような光景だが、種も仕掛けもない。まんま口から布を出している人である。


「で、兄さん。何だってこの娘っ子を攫ってきたんだ?」


 長屋の壁に寄りかかり、ヘグンは布を吐く女を眺めていた。犯罪の片棒を担いでおきながら他人事のような顔をしている。もう少し、人さらいとしての自覚を持っていただきたいものだ。もし女給の救出イベントでも発生したら、十中八九この男がボスキャラだろうに。ちなみに俺は、ヘグンが倒された後に思わせぶりな捨て台詞を残して逃げる役だ。倒されるのはもっと後半の方であろう。


「と言いますか、この方は我らがギルドの……ギルド嬢ですか? そのような役職として雇い入れているはずですが。なぜ身内を攫うような真似を……?」

 ラスボスのボダイも見物人のような顔で不安そうにしている。


「だったら酒場に詰めていない時点でおかしいではないか。仕事を放り出して何をしていたのか、この女の口から語ってもらおう」


 ニンジャは土間から上がったところに腰を下ろし、縄を打たれた女給を見下ろす。お白州で罪人を裁くお奉行様のような構図だ。


 口から布を出し終えた女は、肩を上下させて荒い息をついている。

 間違いない、憔悴している振りだ。ちらちらと上目遣いで周囲を見回している。上手い言い訳を考えているのだろう。意を決したように顔を上げ、口を開く。


「信じてもらえないかもしれませんが……」

「言ってみろ」


 女給と俺の視線がぶつかる。勝利を確信したような不敵な笑み。


「わたしが今朝、家を出たときのことです。ふと空を見上げると、西の方に何か光るものが浮いていました。それがビューっと飛んできたと思うとパーッと光を放ったのです。そこからは記憶がありません。気がつくとあの場所に立っていました」


 どうだ、と言わんばかりの顔を向けてくる。



 重苦しい空気が長屋に満ちる。

 散々甘やかされて育ってきた駄犬である。こんな言い訳でも許されてきたのだ。さっきまでは女給を気遣う素振りを見せていたヘグンとボダイも、無表情でドヤ顔の女を見下ろしていた。愛想を尽かされた瞬間である。


「話す気はない、ということか?」

「意外とめんどくせーヤツっスな」


 女給は口を突き出し、アホのような顔をする。どういう顔だ。


「――アーウィア」

「なんスか?」

「ちょっと躾けてやれ」

「うっス」


 こういうのは顔が怖いやつの出番だ。チンピラのような格好で土間にしゃがみ込んだ小娘が、人殺しのような目で女給の顔を覗き込む。額がぶつかるような距離だ。


「こちとら気が短けーんス。正直に話せば命までは取らねーから、さっさと話せ」

「だぁーって、本当のことですもぉーん」


 失敗したアヒル口みたいなアホ面で女給は視線を受け流す。アーウィアは無言で戦棍を握った。


「待てアーウィア。話を聞き出すのが先だ」

「大丈夫っス、少しくらい叩いても死にはせんスよ」

「いや、死ぬだろう」

「死にますかね?」


 脅しだと思っているのか、女給は口を割るつもりはないらしい。アーウィアはやると言ったらやる。そこそこレベルの高い司教の攻撃だ。防具も身に付けていない民間人では致命傷になりかねない。口より先に頭を割ってしまうことだろう。


 この女給、妙なところで強情なやつだ。ふだんから怒られ慣れているせいで恐怖耐性を獲得したのだろうか。アーウィアの視線は小鬼(ゴブリン)くらいなら一睨みで恐慌状態にできるのだが。



 男三人で司教対女給のにらめっこを観戦していると、戸口が開いて頭に壺を載せたニコが戻ってきた。その後ろにはルーの姿もある。暇なので付いて歩いているだけだろう。


「……先生、例のブツです」

「ご苦労」

 使いに出していたおかっぱ運送から荷物を受け取る。


「あら、楽しそうね。わたしも仲間に入れてちょうだい」

 エルフがにらめっこに参戦する。餌を食いそこねた鯉のような顔で殴り込みだ。よくここまで知性を捨て切った表情ができるものだと感心する。


「おいエルフ、ちょっと向こうに行っとくっス」

 アーウィアは迷惑そうにしている。面白い顔のやつが隣りにいると場の雰囲気が緩くなるのだ。


「仕方ない。アーウィア、そこまでだ」

「待ってくださいよカナタさん。ここまで虚仮にされて黙って引けねーっス!」

「心配するな。ちゃんと次の手は考えてある」


 この女給は痛い目を見るまで反省しないタイプだ。脅しても効果は薄かろう。

 やはり、この方法しかあるまい。




「アーウィア、もう一杯飲め」

「うっス」


 アーウィアのカップに壺からなみなみと酒を注いでやる。ニコが酒場で買ってきた高い酒だ。女給の好物である。


「どうだ?」

「うめーっス」


 相手は出来の悪い犬っころ。物で釣ったほうが早かろうという判断だ。

 女給は無関心を装っている。正面から見たナマズみたいな感じのアホ面だ。エルフと並んで魚面である。ここは用水路か何かだろうか。


「ボダイ、この酒について語ってくれ」

「はぁ、構いませんが……」

 お客さん用のカップを渡し、ボダイにも酌をしてやる。


「これは蜂蜜酒(ミード)ですね。ガルギモッサの酒場に置いてある中で最高の酒です」

「続けてくれ」


「――花々から造られる蜂蜜酒は神の酒。美しき琥珀のような色合いに、春を思わせる華やかな香り。まさしく神に捧げるにふさわしい酒と言えましょう」

「その調子だ」


 ナマズ顔の女が鼻をひくひくさせている。おそらく無自覚にやっているのだ。縄で縛られているので耳は塞げまい。ボダイの演説を食らうがいい。


「そしてこの味。みずみずしい果実のような、ほのかな甘酸っぱさ。舌先で踊り、優しく喉を転がり落ちていくようです。ああ、後に残らぬ味ですね。なんと奥ゆかしく切ない味でしょうか。そう、これは遠く故郷に置き忘れた、淡い初恋の味です」


 この坊主は何を言っているのだろう。

 すっきりした飲み口の酒である。そこまで大仰に語るほどの物ではあるまい。

 しかしナマズには効果があったようだ。喉をぐびりと鳴らし、俺の抱えている壺を横目でちらちら伺っている。どうにかしてご相伴に与れないかと画策しているのだろう。図々しいやつだ。


「ほれ、ニコも飲むっス」

「……いただきます」


 器が足りないので、アーウィアが粥を食うのに使っている深皿まで動員された。盃を交わしている極道みたいな司教と、ひな祭りっぽい感じのおかっぱドワーフだ。



 縛られた女給を囲み、人さらいどもは高い酒を酌み交わす。どうせこの駄犬のことだ。少し焦らしてやれば簡単に口を割るだろう。


「おい、女給よ」

「――なんでしょう?」


 ナマズの視線をこちらに向けさせ、盃に注がれた酒をぐびりと音を立てて飲む。ナマズの喉もぐびりと鳴った。


「少々酒が余っているようだ」

 壺を揺すると、たぷたぷと音がする。


「――そのようですねぇ」

「捨てるのは惜しいな。ここは一つ――」


 言いかけたとき、立て付けの悪い扉が乱暴に開かれる。


「旦那! お戻りでしたか!?」

 息せき切った様子で現れたのは、ウォルターク商店のディッジだった。そういえばオズローに戻ってから顔を合わせていなかったか。


「何事だ。あいにく今は忙し――」

「それどころじゃねぇです! 駆け出しの冒険者連中が寝返りやがったんです! 敵は『探索者ギルド』を名乗ってます! ステランとかいう坊主が筆頭、ゼペルの街から来た若い商人が親玉です!」


「それは――」

「クアント僧院ってとこを根城にしてるらしいです! うちのギルドを乗っ取るつもりらしいですよ! 気を付けてください、ヤツらカネをばら撒いてギルドの人間に引き抜きを仕掛けてきてるらしいです!」


「やは――」

「商人の身元も目星は付いてます! おそらくオロフって野郎ですよ! 旦那に付けた荷運び人から人相を聞きました! 相手の狙いはオズロー鳥に違いねえです!」



 ふむ。あっという間に情報が出揃ってしまった。

 俺はいったい何のために女給を攫い、高い酒まで用意して口を割らせようとしていたのか。ままならないものだ。


「よく知らせてくれた。まぁ飲め」

 肩で息をするディッジに壺を渡してやる。小僧は壺からあおった酒を鼻から噴き出した。

「――酒じゃねえですか!」

「わたしのお酒がッ! ですよね!? わたしのお酒ですよね!?」



「やかましい連中だぜ」

 他人事みたいな顔をして、お客さんカップ二号で酒を飲んでいるヘグンである。


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