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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その2
92/126

駄犬


 咄嗟のことだった。

 もしかしたら、判断を間違えたかもしれない。


「何ですか貴方は! 放してください! 誰かーッ!」

「ええい、黙れ。衛兵が来たらどうする」

 

 片手で女給の首を、もう片手で足を掴んで、海老反りの形で肩に載せている俺である。うっかり拉致ってしまったのだ。

 女給を担ぎ、怪しい男は通りを疾走する。もはや引き返すことは出来ない。


「なんだアイツ、人さらいか!?」

「衛兵だ! 衛兵を呼べッ!!」


 案の定、周囲が騒がしくなってきた。間もなく衛兵たちが押し寄せてくるだろう。それまでにこの女を何とかしなくてはならない。この女は重要参考人だ。


 驚愕の表情を浮かべる住人たちの中を駆ける。人混みを躱し、立ち塞がる善意の一般人を飛び越え、怪人は一路酒場へと急ぐ。見てくれは薄汚い長衣の不審者だが、中身はニンジャだ。そう易々止められるものではなかろう。人さらいが公式競技になれば上位入賞は間違いない。



「アーウィア、コイツを拘束しろ!」

 酒場に飛び込み、担いでいた女給を床に放り捨てる。じきに衛兵が踏み込んでくるはずだ。早々に証拠隠滅とアリバイ工作をせねばならん。


「うぉ、人さらいっス! お前ら剣を抜け! 生かして帰すんじゃねーっス!」

「この娘ァ酒場の女給じゃねぇか! やってくれたな手前ェ!」

「……どこかで見た男です」


 飲んだくれのゴロツキどもが武器を手に立ち上がる。くそ、素顔を晒している状態では話にならんか。本当にこいつら、忍者装束でしか俺を認識していない。ちょっとどうかと思う俺である。


「曲者です! パウラ殿は下がりなさい! パウラ殿?」

 酔い潰れて白目を剥いているパウラ嬢にボダイが気を取られている。その隙を突いて裏口を蹴り開けて長屋に向かう。驚いたガチョウが羽を散らして飛び上がる。しまった、あまりガチョウを驚かせると卵を産まなくなる。後で大家さんに怒られるのは俺だ。


「――あいつらのせいで踏んだり蹴ったりではないか」

 畳んで置いていた黒頭巾を素早く顔に巻きつけていく。そもそも、この頭巾をアイテム欄に入れておけば良かったような気もする。この頭巾は防具として何の役にも立たないので、アイテム扱いするという発想がなかったのだ。俺の過失である。


「おらァ! うちに逃げ込むとはいい度胸っス! 挽肉に……カナタさん?」

「ああ、俺だ」

 戦棍を振り上げて怒鳴り込んできた小娘が、きょとんとした顔で首をかしげる。


「姉御! 野郎はいたか!? 手足の一本や二本……ん、兄さんか?」

「ああ、さっき戻った」

 抜き身の剣を引っさげて他人ん家に上がりこんできたヘグンである。


「……仕留めましたか? はやく死体を隠し……先生?」

「うむ、その必要はない」

 (むしろ)を担いだちびっ子ドワーフである。あやうく簀巻かれるところだった。きっと北の森にでも埋められたことであろう。


「話は後だ。すぐに衛兵が来る、女給を隠すぞ」

 ねずみ色の長衣をなびかせてニンジャは酒場へと引き返す。




「――というわけで、何の問題もない」

 アーウィアを肩車しているニンジャの図である。おっとり刀で駆け付けた衛兵を前に、じつに堂々としたものだ。


「ふむ、そうか……?」

「聞いていた人相とは違うようだが……見間違いか?」


 険しい顔をした二人の衛兵は、疑い半分、気の抜けたような表情半分だ。目撃者の通報でやってきたはいいが、そこにいたのは目付きの悪い小娘を肩車しているニンジャの姿である。外見は確かに通報どおり、小娘を担いだ長衣の男。

 ちょっとした替え玉トリックだ。さぞ肩透かしであろう。


「うっス、見てのとおりっス」

 アーウィアは酒場の天井をぺたぺた触っている。何となくであろう。せっかく高いところにいるので、普段は触れない場所に触れてみたいだけだ。


「騒がせてしまったのは詫びる。この娘は高いところが好きでな。せがまれて、こうやって街を走っていた」

「うっス、ちょっとはしゃいでただけっス」

 あくまで、通りで騒いでいたのは俺たちだと主張する。


「――俺たちゃ、その二人が入ってきたのしか見てねェな」

「――ええ、そうですね」

 酒場の酔客らしき戦士と僧形の男も証言をする。


 口裏合わせである。女給はニコを見張りに付けて二階に隠した。何も怪しいところなどなかろう。さっさとお引き取り願いたいものだ。


「ねえ、杏子が高いの。高いから食べられないの」

「がんばってここまで背伸びするっス」


 ルーは騒ぎの間、一心不乱に杏子を食っていた。火事場泥棒のようなヤツだ。罰として、肩車司教と化したアーウィアにお預けを食らっている。高いところにぶら下げられた杏子がこれ見よがしに振られていた。猿にバナナを取らせる実験のような光景だ。エルフの取った手段は、口を開けて餌に向かって跳ねるのみである。猿の中でも出来の悪い方の猿であろう。


「ふむ、阿呆ばかりだな。人騒がせな」

「そういえば、妙な棒に乗って歩いていた娘というのはお前か」

「しょうもない。戻るぞ」

「以後、気を付けるように」


 呆れ顔で衛兵たちは去っていく。

 もしかしたら肩車だけでは怪しまれたかもしれない。隣にエルフがいたおかげで説得力が生まれたのだ。相手にするだけ無駄だと思わせることにかけて、ルーに比肩する者などいない。



「ふぅ、何とか誤魔化せたか」

「そっスな。っていうか、とりあえず事情を説明してください」

 アーウィアは天井を小刻みにノックする。二階に潜伏しているニコに合図を送っているのだろう。


「――本当に、良からぬ事ではないのでしょうね?」

「心配ないボダイ。事情はあの女の口から説明させる」


 ボダイは落ち着かない様子だ。ギルドのためだと説得したのだが、やはり先ほどの茶番に付き合ったことへの罪悪感があるようだ。この世界に偽証罪があるのかは知らんが、罪人をかばったとあればただでは済むまい。


「連れてきたぜ兄さん。どこに置きゃいい?」

 簀巻きにされた女給を担いでヘグンが二階から姿を現す。村娘をさらってきた山賊のような姿だ。ドン引きである。


「よし、場所を変えよう。長屋に運んでくれ」

 アーウィアを下ろして裏口に足を向け、ふと思い直して懐から1,000Gpを取り出し、カウンターに小金貨を置く。


「ガル爺、釣りは取っておいてくれ」

「ふむ、飲み代を差っ引いたら大して残らんの」

 店主の老ドワーフだ。しばらく前から、我関せずを貫いていた御仁である。


「こちらの迷惑料も合わせると、そんなもんだろう」

「ほほっ、だからあの娘はそういう娘だと言っておいたろうに」


 あの女給をギルドの方へスカウトする際に、雇用主のガルギモッサ爺にも話を通した。客に酒をたかるような女給である。雇い主からも、駄犬を見るような目で見られていたのだ。お互い、『駄犬を見守る会』の会員である。




「さて、お前から話を聞きたいのだが」


 長屋の土間に、簀巻きにされた女給が転がっている。念入りに猿ぐつわまでされているではないか。誰がこんな酷いことをしたのだろう。


「駄目っスよカナタさん。反抗的な目ぇしてます、一回心を折った方がいいっス」

「……でしたら、私が指か目を――」

「いや待て。そういうのはいかん。痕が――残るではないか」


 女給の目が面白いくらい泳いでいる。

 そう長くはない付き合いだが俺はよく知っている。この女給はびっくりするくらい小者だ。吹けば飛ぶような根っからの雑魚体質のくせに、放っておくと無限に付け上がる。おそらく、この世界でも五本の指に入るレベルのお調子者だ。そして自身の欲望に弱い。今回の騒動でも、きっと良からぬことを仕出かしているに違いない。まさに駄犬である。


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