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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編 その2
90/126

帰郷、欲望


「カナタさん、あそこにいるのはニコじゃないっスか?」

「うん、どこだ?」

「門の上にいるっス。こっちに気付いたみたいっスな」


 遠くに望むオズローの西門に目を凝らす。言われてみれば、その上に小さな人影が乗っているようにも見える。アーウィアは目がいいのだ。性能の高いレンズを積んでいるのだろう。


「ふむ、ちいさいのがチョロチョロしてるな」

 ニコっぽい何かが両手を振ってアピールしているようだ。アーウィアが手を振り返してやる。ちいさいのは満足げにくねくねと変な動きをして地上に下り、そのまま街に駆けていった。


「人を呼びに行ったのだろう。はやく顔を見せてやろう」

「うっス。お利口にしてましたかね」


 行商隊がオズローに戻ったのはゼペルを出て二日後の昼だった。

 昨日はリノイ村で一泊したのだ。交易拠点化に関して村長と話し合いをしたところ大層喜ばれ、そのまま歓待を受ける流れになった。貧しい農村が宿場町として発展するチャンスなのだ。箱物の建設候補地をめぐる誘致合戦で役人を接待する感じであろう。

 とはいえ貧しい村だ。薄い安酒を振る舞われ、こちらの積荷から食糧を提供しての宴だ。貧乏大学生の宅飲みだろうか。酌をするご老人の目が欲望にギラついていた。村おこしを持ちかける悪徳コンサルの餌食にされそうな純朴さだ。人間、欲を出したときが一番無防備になるものだ。商店から相談役を派遣しておいた方がいいだろう。




「……お役目ご苦労さまです。アー姐さん、荷物をお預かりします」

「大丈夫っスよ。ただいまっス」

 西門でニコの他、ボダイとルーに出迎えられた。いつもの暇人連合である。


「ただいま、街の方は大事ないか」

「――ええ、取り立てて問題はありませんよ」


 ギルド代表を押し付けられたボダイは妙に深みのある表情をしている。文句の一つも言われると覚悟していたのだが。この善良な男のことだ、大きな出来事を他人任せにしていた自分を省みたりもしたのだろう。考えすぎである。どうせ大した仕事はないのだから偉そうな顔をしておけばいいのだ。


「長屋の方はどうだ、ルー。ニコと仲良くやっていたか?」

「ようこそ、ここはオズローの街よ」

 このエルフは何を言っているのだろう。新しい症状だ。


「……たまに他所から来る人がいるので、案内に立たせていたんです」

「役に立ったか?」

「……いえ、残念ながら」


 故障した信号機を立てているようなものだろう。賑やかしのオブジェクトだと思えば悪くない。ついでにカラス避けにでもなれば儲け物だ。


「ようこそ、ここはオズローの街よ」

 婦人服のモデルみたいなポーズで同じ台詞を繰り返すルーである。



「こら、お前たち! 往来を塞ぐんじゃない、はやく街に入るんだ!」

 いかん、衛兵に怒られてしまった。別に往来などないのだが、それゆえ衛兵も暇なのだろう。仕事ができて張り切っているのだ。


「へぇ、すいやせん。旦那、俺たちゃ一足先に商店へ行ってますんで」

「ああ、世話になったな」

「とんでもねぇ。行くぞお前ら!」

「「「へい、ほー!」」」


 干し魚だの野菜だのトカゲの皮だの背負った荷運び人たちが去っていく。俺たちもウォルターク商店で荷を下ろすとしよう。行商隊はここで解体だ。荷運び人たちとの酒宴はない。久しぶりに戻ったのだ、彼らもゆっくり骨休めをしたいだろう。




「そうですか。オズロー鳥の買い手ができたのは喜ばしいことですね」

「うむ、リノイ村でも納屋を一軒貸してくれるそうだ。そこまでの運搬と取引の立ち会いだけで済むだろう」

「あの納屋はボロっちいっス。屋根を直さないと雨漏りで肉が駄目になるっスよ」


 何やかんやと旅の話を語りつつ暇人連合は商店へと流れる。

 ディッジの小僧はギルド交易所の方へ行っているらしい。懐に入れていた密輸豆の袋を店番の男に預け、精神的に身軽になったニンジャである。四袋の豆でアーウィア一人くらいの重量だ。もう三袋は干した杏子である。こちらはおかっぱ一体くらいだろうか。


「杏子は一袋買い取らせてもらう。売価で構わん」

「……先生! 先生!」

「お土産っスよ。ちゃんと買ってきたっス」

「……アー姐さん! アー姐さん!」


 はしゃぎ回るちびっ子ドワーフが子犬のようにアーウィアにまとわりついている。木の根を囓って生きてきた欠食児童である。ちゃんと餌は食わせているのだが、腹は満たされても心は満たされていなかったのだろう。不憫なことだ。


「ようこそ、ここはオズローの街よ」

「――カナタさん、そのエルフを見張っといてください」

「ああ、気を付けよう。次に何かあったら間違いなく血を見るはめになる」


 食い意地の張った婦人服エルフだ。油断をすると遠慮なくドワーフの餌箱に嘴を突っ込むだろう。カラスのような生物である。目玉が描かれた風船とかで追い払えないものだろうか。




 一同はそのままガルギモッサの酒場になだれ込む。真っ昼間から酒である。ろくでもない連中だ。遅れて姿を見せたヘグンを加えて酒杯を傾ける。


「聞いて驚け兄さん。駆け出しどものパーティーが集まって、大勢で小鬼狩りをしてんだぜ。そいつらの(リーダー)は、あのステランって坊やだとよ」

「ほう、あの若造にそんな甲斐性があったのか」

「迷宮と違って、人が多いほど有利に戦えますからね。あの青年が新人たちに声をかけて回ったそうです。立派なものですよ」


 五匹蛙亭の麦酒に舌が慣れてしまったようだ。オズローで飲む麦酒はいまいちである。よくない傾向だ。こうやって贅沢をおぼえるせいで人は余計な散財をするようになる。理由もなく高い方のシュークリームを買ってはいかん。漫然と食ってもどうせ『甘いなぁ』とか思うだけだ。それなら安い方でじゅうぶんだろう。


「心配することなかったっスね。勝手に立ち直ったみたいっス」

「ああ、きっと片割れの娘が励ましてやったのだろう」

「……もがががが」


 アーウィアはおかっぱドワーフの口に杏子を運んでいる。一度に与えると際限なく口に詰め込むのでペース管理をしているのだ。アシカに魚をやる飼育員みたいな感じである。


「ねぇ、杏子が逃げていくの。もっと食べたいわ」

「そうか、がんばれ。ギルドとしては、小鬼は程々にして迷宮の方へ行ってほしいのだがな」


 アーウィアは右手に持った杏子でエルフの注意を引きつつ左手でドワーフに給餌をしている。器用なものだ。ドラムを叩かせると上手そうである。今度二刀流とかやらせてみよう。


「まぁな。だがアイツらは経験が少ねェ。稽古だと思えば悪くねぇさ」

 ヘグンは掌に隠した杏子を齧りつつ酒を飲む。慣れたものだ。

「冒険者同士で打ち解けるのにも役立ちます。北門前は彼らのたまり場になっていますよ」

 ボダイも杏子を袖口に隠している。これまでエルフの食害には散々悩まされてきたのだろう。いくら善人とはいえ、自分が食べる分は自分で守らねばならんのだ。


「ほれエルフ、口を開けるっス」

「もががー! もがー!」

「ニコはちょっと待つっス。それを飲み込んだら次をやるっスから」


 そんなにがっつかなくてもいい、とは言ってやれない。油断すると食い意地の張ったエルフに餌を横取りされるのだ。弱肉強食の世界である。



 和気あいあいと優雅なお茶会をしていると、酒場の入り口に客の姿が見えた。冒険者たちが飲みに来るには早い時間だ。気になったので目を向けると、どことなく見覚えのある娘だった。


「アーウィア、あの娘だ」

「うっス、ポーラだかなんだかいう娘っ子っス」

「パリラではなかったか?」

「おぼえてねーっスよ」


 例の幼馴染みコンビの片割れだ。地味な顔立ちの娘である。

 新人たちの景気のよさげな話をしていたばかりだというのに、なんだか生活に疲れたOLみたいな顔をしている。彼氏がメジャーデビューをして別れを切り出されているのだろうか。ふらふらと店の奥に向かい、意を決した様子で店主のガルギモッサ爺に話しかけている。


「す、すみません、麦酒を一杯ください……」

 OL娘は出された酒杯を両手で掴み、目を閉じて一気にいった。若い娘が慣れぬヤケ酒を飲んでいる。しかも場末の酒場で立ち呑みだ。


「――アーウィア、なにやら面白そうではないか」

「カナタさん、他人様を詮索するもんじゃねーっスよ。誰が行きますか?」

「おいおい姉御、そっとしておいてやろうぜ。俺たちにできんのは愚痴を聞いてやるくらいだろ?」

「ええ、ええ。悩みがあるのなら聞いてあげねばなりません」

「盗賊の男の子がいないわ。彼となにかあったのよ。捨てられたのかしら」

「……いやらしい話ですか? いやらしい話ですか?」


 我らオズローの冒険者、こういった話題は大好物である。


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