ラヴァルド商会
「本当によかったんスか。なんかうさんくせーやつだったっス」
酒宴をお開きにして宿に戻った俺たちである。
アーウィアは寝台に寝転がり、仄白い光明の魔法に照らされながら羊皮紙に木炭を走らせている。オズローからゼペルまでの地図作成だ。今後の運搬計画に関わる重要な仕事である。
「迷宮に入らねば宝を持ち帰ることはできん。俺たちは冒険者だ。宝を得るためなら、あの男の口車にも乗ってやろうではないか」
「そっスか。カナタさんがそう言うなら任せます。妙なことにならなきゃいいんスけど」
ふんすと鼻を鳴らしてお絵かきを続けるアーウィアである。
明日はあのオロフという兄ちゃんの紹介で、この街の大店にオズロー鳥の売り込みに行くことになった。ラヴァルド商会というところらしい。こちらが販路の開拓に訪れたと聞くと、ぜひ仲介をさせてくれと願い出てきたのだ。まことに胡散臭い相手である。
「行商による手売り販売では限界がある。いずれ、ここを拠点とする大店へ卸す形にしたいとは考えていたんだ。俺たちは商人ではなく冒険者だからな」
「最近はあんま冒険者らしいことしてねーっスけどね」
オズロー鳥の原料なら、迷宮へ行けばいくらでも湧いて出る。きちんと販路が出来上がれば量産体制に入れるのだ。そのためには、運搬から販売までを請け負ってくれる大企業と手を組む必要がある。多少は買い叩かれるだろうが仕方ない。ネットを使った直接販売などを展開できる世界ではないのだ。
「うっス、地図はこれでいいでしょう。我ながらいい出来っスな」
手を叩いて指に付いた木炭を払いつつ、司教は得意顔で羊皮紙を眺めている。
「お疲れ。ではそろそろ寝るとするか。指はちゃんと拭いておけよ。寝具を汚したら宿の娘に怒られる」
「うっス、抜かりねーっス」
ボロ布で指を拭ったアーウィアは寝台から毛布を剥がして肩に羽織る。身体に巻いて床で寝るのだろう。いつものスタイルだ。せっかく寝台があるのにもったいない。ニンジャは寝台に上がり、敷布団の下に身を滑り込ませる。
「んじゃ灯明を仕舞いますよ」
アーウィアはふらふら宙を漂っていた灯明の光球を引っ掴み、地図作成の道具と一緒に長櫃に仕舞い込む。効果時間が切れるまで消せないのだけが不便な魔法だ。
「おやすみなさいっス」
「ああ、おやすみ」
暗闇に包まれた部屋で、もぞもぞとアーウィアが簀巻かれる音がする。寝台を使わないなら何のために二人部屋を借りているのだろう。些細な疑問を抱えつつ目を閉じた。
翌朝、ニンジャの懐に入れていた商品を取り出し、人目を忍んで荷馬車に積み込む。まるで抜け荷をしているような後ろめたさだ。別に悪いことをしているわけではないのだが、アイテム欄の秘密を漏らすわけにもいかんのだ。
「旦那、支度ができやしたぜ……」
頭目を始め、荷運び人たちは眠たそうな顔だ。昨夜は連れ立って夜の街に消えていった野郎どもである。ハウスラでの言動も今になって理解できるというものだ。この街へ急いだのもスタミナ料理も、すべては夜遊びのためだろう。
「――まあいい、さっさと行くか。オロフを待たせている」
「しょうがねー連中っスな。しゃっきり歩くっス」
酒場で待ち合わせたオロフと連れ立って、行商隊はラヴァルド商会へと赴いた。
荷馬車を引いてたどり着いた先は、大きな倉庫に事務所がくっ付いた感じの建物だった。業務用スーパーのような印象だ。冷凍の芋とかが安そうである。
朝も早くから店の男たちが荷を担いで行き来している。繁盛しているようだ。
「こちらのお店ですよゴザールさん。なかなかの大店でしょう?」
「ふむ、大した品揃えだな」
オロフに向けて蟹の影絵を繰り出す。基本技ではあるが、脚を上手く動かすことで躍動感を演出するのがコツだ。
「杏子の干したやつはありますかね。留守番の連中に買って帰りたいっス」
「そうだな、買えるだけ買っていこうか」
長屋で飼っているエルフとドワーフのおやつにちょうどいい。芋と違って冷凍庫が埋まる心配もないので買い溜めておくべきだろう。
「はぁ、杏子ですか? ご入用でしたら取り寄せられますよ」
「よぉし野郎ども、積み荷を運べ!」
「「「へい、ほー!」」」
オロフ氏の紹介があったので取引はスムーズに進んだ。査定を待つ間にラヴァルド商会の番頭と話をする。こちらが本命だ。
我が街はオズロー鳥の安定した出荷が可能だ。質と量に関しては満足いただける自信がある。当方としては商品の生産に尽力して販売は大手に任せたい。そういったことを先方に伝える。
「それに当たって荷運びの手を借りたい。アーウィア、例のものを」
「うっス、地図っス」
羊皮紙を広げて全員で覗き込む。物流の中継地点とするなら、俺たちが野宿をした沢かリノイ村だ。わざわざ言わないが、オズローに近いと魔物が出る。リノイ村に物流倉庫を建設するのが得策だろう。
「そのリノイ村ですか。ハウスラからそちらへ荷運びを出しましょう。ひとまず月に三度ほどでいいですかね」
協議の末、ラヴァルド商会の番頭は地図から顔を上げて言う。
「ああ、頻度と人数は追々見直していただきたい」
こういった話し合いは慣れているようだ。ハウスラ・リノイ間に定期便が出されることが決定した。ハウスラからリノイへ食糧を運んでもらい、オズロー鳥を持っていってもらう。差額は掛け金として、基本は物々交換である。
オズローからリノイまでなら一日で往復できる距離だ。交易が本格化すれば、そのうち道も整備されていくだろう。
「それでは、今後ともよろしく頼む」
「ええ。こちらこそ、ゴザールさん」
運んできた商品は、金貨七枚と小金貨六枚ほどの売上となった。76,000Gp少々、日本円にして百万ちょっとであろうか。なかなかの額に思えるが原価もそれなりにかかっている。部位買い取りと食肉加工班の費用だ。ボロ儲けというわけにはいかない。この売上で食糧を買い込み、オズローへと持ち帰るのだ。街の住人を食わせるには足りていない。
食糧の仕入れもラヴァルド商会の世話になる。オズローでは手に入らない魚の干物やら保存の効く豆や穀物を中心に、杏子の干したやつも手配してもらった。帰路でリノイ村から野菜も持ち帰る。多少はオズローの食卓も華やかになるだろう。小鉢がもう一品付く感じだ。
「やることはやった。結果は上等だろう」
「そっスな。あとは商店の小僧がうまくやるでしょう」
「帰りの積荷が用意できるまで数日ある。どこか行くか?」
「なんか面白いものありますかね。宿の娘にでも聞いてみますか」
空の荷馬車を率いて宿への道を戻る。
いつの間にかオロフは姿を消していた。やはり怪しい男だ。
それから数日、俺とアーウィアは街のあちこちを見て回ったり、露店での買い食いやら酒を飲んだりで過ごした。完全に観光客である。実際にメニュー画面で見ると、俺の職業が『観光客 Lv.2』になっていたほどだ。ニンジャに戻すのに苦労した。
そんな行楽気分も今日で終わりだ。ラヴァルド商会に手配を頼んでいた食糧を積み込んで、行商隊はオズローへと帰還する。
「では出発するか。世話になったな」
「またゼペルに来たときは、うちをよろしくね!」
声のでかい宿の娘に見送りを受ける。五匹蛙亭、麦酒の美味い店だった。
「声がうるせーっス。言われなくても、また酒を飲みにくるっス」
「ええ、今度はちゃんと寝台を二つ使ってね!」
荷運び人たちが揃って振り返った。何だその顔は。
頭目が馬を引き、荷馬車はごとごと東へ進む。オズローまで二日の道程だ。
税を払ってゼペルの城壁を抜け、ハウスラで荷車を返す。そこからは徒歩での移動だ。行商隊は山のような荷物を背負って野道を進む。
「――しまった、懐に入れていたぶんの税を払い忘れたな」
「なにすっとぼけてんスか。計画通りでしょう」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない。言ってくれたら払ったんだ」
「うっス、言わねーやつが悪いっス」
抜け荷である。大量の豆と杏子を懐に隠して密輸した疑いだ。とうとう前科者になってしまった。いよいよもって悪のニンジャである。
「しかし、最後までオロフは姿を見せなかったな」
「うさんくせー男っス。ぜったいなにか企んでますよ」
「だろうな。いざとなったらうちの代官を使おう。アイツなら嬉々として『縛り首なのだー』とか言ってくれるに違いない」
「お嬢もそこまで馬鹿じゃねーっスよ」
行商の間に暦は鳥籠の月へと変わっていた。わずか数日とはいえ、前にこの道を通ったときより秋が深まっている気がする。真昼の日差しがあっても吹き抜ける風は冷たい。枯れ草色の草原が波立つようにうねり、秋めいた小鬼の群れがちらほらと見え隠れする。
「旦那、小鬼がいやすぜッ!」
頭目が馬を止めて叫ぶ。大げさなやつだ。
「面倒だな。石でも投げて追い払おう」
「こんなとこまで出るようになったんスねぇ」
地域の平和を乱すオズローである。ニンジャと司教は海原のような草原に石を投げつつ帰路を歩む。我らが冒険者の街オズローはもうすぐだ。