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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
ニューゲーム編
88/126

五匹の蛙


「街に入るのに税を払わないといけないのか」

「そういうもんス。ほら、さっさと入りましょう」


 衛兵に銀貨六枚を払い、俺たちはゼペルへの進入を許された。通行税である。

 アーウィアは高くそびえる城壁が怖いようだ。ニンジャの袖を引っぱったり背中を押したりと落ち着かない。そういえば、迷宮内の昇降機も大の苦手だった。何となくわかる感じである。


「出てくときは積荷に税がかかりやす。そっちの方が高くてね」

「ふむ、なるほど。ハウスラといったか、あの町が栄えるわけだ」


 流通の貧弱な蛮族世界である。生産力のない都市部から物資をバカスカ持って出られると困るのだろう。


「そういう話は後でいいっス。はやく壁から離れましょう!」

「わかったわかった」

 アーウィアに袖を引かれて城門をくぐる。加減を知らない犬を散歩させているみたいだ。荷運び人たちは微笑ましく見守っている。


「大丈夫でさぁ。この壁はうちの爺さんが子どものころに出来たって話で。それから一度も崩れたことはねぇそうです」

「なにも大丈夫じゃねーっス! そろそろ崩れるかもしれんス!」


 荷馬車を連れて大通りを行く。大きな街だ。いや、規模としてはオズローとそう変わらないかもしれない。だが発展具合が明らかに違う。新幹線が停車する駅前としない駅前くらいの差だ。

 城門から続く通りには、様々な商品を取り扱う店が軒を連ねている。よくわからない動植物やよくわからない道具や細工物。アジアン雑貨限定のフリーマーケットみたいな光景だ。


「冒険者っぽい連中がいないな」

「いるかもしれんスけど、街にいる間はふつうの服を着てるんでしょう」

「ふむ、わざわざ着替えるとはお洒落さんだな」

「急に魔物が出たらどうするんスかね?」


 薄汚れた格好の行商人もいるが、全体的にこざっぱりとした身なりの商人や町人が多い。おかげでニンジャと司教が浮いている。武装しているのは見回りの衛兵くらいだろう。そちらは装備が統一されているので、街の風景に溶け込んでいた。


「さて、酒がうまい酒場に行きやしょうか。知ってる店があるんで案内しやす。宿もやってんで、うってつけでさぁ」


 頭目に先導されて一行はゼペルの街を進む。通りの先を石畳に舗装された道が横切っていた。人を乗せた馬車がガタゴトとその上を走っている。乗合馬車だろう。路面電車みたいな感じで運行しているのだろうか。蛮族暮らしが長かったせいで、ずいぶんと都会に来たという印象だ。しばらく歩くと、頭目は前方を指差して振り返った。


「あの店でさ。まずは宿の方で旦那がたの部屋をとってくだせえ。俺たちゃ馬屋の方へ行ってやすんで」

「ああ、わかった。馬と荷は任せる」


 まずはチェックインである。看板は出ているが店名は書かれておらず、五匹の蛙が楽しそうに酒を飲んでいる姿が描かれていた。なかなか尖ったセンスだ。


「なんという店だろうか。陽気な蛙亭を思い出すな」

「酒といえば蛙っス。うちら冒険者は酒場でばっか飲んでますけど、あの飯屋も酒を出してますから」

「ああ、そういうことか。縁起物だな」


 この世界の言い伝えだ。角笛の月に目覚めた三人の神様が酒杯の月に宴会をする。酔った草木が赤ら顔の花を咲かせ、神様はその蜜で翌年の酒を仕込む。放り置かれた杯が乾き、蛙の姿になって水辺に行くのが蛙の月だ。春先のことである。



 そういえば宿に泊まるのも久しぶりだ。しかも初めての店。我ら内弁慶どもは、こそこそと盗人のように入店する。


「いらっしゃいませぇー! お泊りですね、どの部屋がいいですかぁー?」


 威勢のいい宿屋の娘に不意打ちを食らった。袖まくりをして髪を一つに束ね、いかにも宿屋の娘といった風情だ。アーウィアが素早くニンジャの背中に隠れた。危険を察した小動物のような動きだ。


「初めてのご利用ですかぁー? ぅん……ぎぇッ!?」

 娘は興味深そうに首を傾げてニンジャの背後を伺い、司教の剣呑な眼差しに射抜かれて震え上がった。二体の小娘がお互いに恐れおののいている。落ち着きのないアニマルズである。


(カナタさん、いちばん安い部屋でいいっス。どうせ寝るだけっス)

(ああ、もちろんそのつもりだ)

(で、お客さん、どの部屋にします?)

(勝手に入ってくんじゃねーっス)


 あっさり馴染んできた娘から宿の説明を受ける。そう安い部屋はないようだ。当然だろう、この宿に泊まるのは冒険者ではない。何なら馬小屋で寝起きするのでも構わんというような連中とは客層が違うのだ。


「では、一番安い二人部屋を頼む」

「はーい、んじゃ銀貨六枚になりまーす!」

「声がでけーっス。ちょっと叩いて静かにさせてもいいっスかね?」

「やめろ。衛兵が飛んでくるぞ」


 声のでかい娘に案内された部屋は、うちの長屋と同じくらいの広さだった。もちろん土間などはなく、代わりに寝台が二つある。


「ちょっと贅沢しすぎじゃねーっスか? 行商の儲けが吹っ飛びますよ」

 アーウィアは不安そうにまごまごしている。酒代以外でカネを使うことに強い抵抗があるのだ。成金から転落した過去のトラウマが原因であろう。


「ここが一番安いのだから仕方がない。部屋を使わねば馬も預けられないそうだし、必要経費だと割り切ろう」


 地方で宿をとると高くつくような感じだろう。ちゃんとした宿ばかりで、ネット喫茶やらカプセルホテルなどがないのだ。需要と供給の問題である。いくら駅前のごとき街であろうと、実際に電車が走っているわけではない。終電を逃した酔っ払いが転がり込むような安宿など存在しないのだろう。探せばあるのかもしれんが、馬や荷車を預けられる場所を別に用意しないといけない。大した節約にはなるまい。


「荷物を置いて酒場に行こう。連中が待っている」

「うっス、ひとまず酒を飲んで落ち着きましょう」

 簡易な錠の付いている長櫃(チェスト)にアーウィアのズタ袋を押し込み、部屋を出る。そろそろ空も赤らんできた。酒宴にはちょうどいい頃合いだ。




「大司教アーウィアとデカい壁に、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 とりあえず麦酒である。荷運び人たちを引き連れて、宿に併設された酒場で酒杯を掲げ合う。


「ふはっ! 酒がうめーっスな! お前らもどんどん飲めっス!」

「「「へい、ほー!」」」

「料理もうめーっス! お前らも食えっス!」

「「「へい、ほー!」」」


 酒を飲んで上機嫌を製造するマシンみたいな感じのアーウィアである。まだ酒場には客が少ない。貸し切り気分でどんちゃん騒ぎだ。今のうちにフル稼働で上機嫌を製造させておくとしよう。


「しかし酒がうまいな。雰囲気だけではなく本当に味がいい」

 蒸した魚に酢をかけた謎料理をつまみつつ、麦酒をぐびぐびと飲む。香ばしい麦の香りと繊細な泡立ちが、重厚かつ柔らかな口当たりを感じさせる。酸味と雑味に支配されたオズローの安酒とは大違いだ。


「うちの自慢の麦酒よっ! 五匹蛙亭の麦酒といったら、これを飲むためにゼペルへ寄り道する行商人もいるくらいなんだから!」

 声のでかい娘が給仕をしてくれている。まだ酒場が忙しくなる時間ではないので宿の方と掛け持ちをしているそうだ。もう少しすると雇い人の女給がやってくるらしい。


「ふむ、自慢というならうちのオズロー鳥も大したものだ」

「そっスな。おい、積荷から肉を持ってくるっス!」

「へい、ほー!」


 荷運び人の一人が馬小屋へ走っていった。アーウィアは他人を顎で使うことに躊躇しない。じつに経営者向きである。


「ここの酒とうちの肉、どっちがうまいか勝負っス!」

「あら、どっちも美味しいのが一番よ。みんな幸せになるもの!」

 宿の娘が放った正論に、ぐぅの音も出ないアーウィアである。




「さて、この三品がうちの商品だ。塩漬けは水にさらして塩抜きをしてくれ。干し肉と燻製はそのまま炙って素材の味を楽しもう」


 今回は新商品の燻製肉を持ってきている。それぞれの評判に加え、加工や運搬の手間と売価から生産量を調整していくのだ。俺の予想では、最終的に燻製肉が主力商品になるであろう。


 蝙蝠肉の焼けるいい匂いが酒場に立ち込める。ぽつぽつと増え始めた客たちも、鼻を鳴らして関心を示している。出勤してきた給仕の女性に匂いの正体を問うては、客の持ち込みだと聞いて残念そうにしていた。


「ふはっ、肉を焼いただけでこれっス。勝ちはもらったようなもんですよ!」

 アーウィアは上機嫌に肉を待ち、荷運び人たちは匂いを肴に麦酒を飲む。


「焼けたわよー! もちろんわたしも食べていいんでしょ?」

「食うがいいっス! お前らも食え!」

「「「へい、ほー!」」」

「――あんまりコイツらに味をおぼえさせねぇでくだせぇ。積荷をつまみ食いしちまいやすぜ」


 賑やかに肉を食らっては酒を飲んでいる一同だ。そろそろ客も増えた。あまり騒がしくすると迷惑になるだろう。そう思っていると、ニンジャの背後に忍び寄る気配があった。



「――すみません、少々お話をさせていただけますか?」

 しまった、苦情が入ったか。恐る恐る呼びかけに首を向けると、こざっぱりとした身なりの若い男がいた。


「すまない、連れが騒ぎすぎた。静かにさせる」

「いえいえ、そうではありません。いい匂いだと思いまして。あ、失礼。私、この街で商いをしております、オロフと申します」


 オロフと名乗る兄ちゃんは愛想のいい笑みを浮かべる。実に人の良さそうな、親しみを感じさせる笑顔だ。


「そうか、俺はゴザール。オズローにあるウォルターク商店の使いだ」

 酒杯を置いて立ち上がり、両手を握って合掌。人差し指を伸ばして輪にした後、左の親指を伸ばしてオロフに見せる。急須の影絵である。


 こいつは気のいい兄ちゃんなどではない。初対面の相手に気を許す商人がいるわけがなかろう。ずいぶんと板についた作り笑顔だ。

 油断をすると食い物にされる。この男は、そういう手合いだ。


「――いやはや失礼。この顔は癖でして。改めてお話を伺ってもよろしいですか?」

「もちろんだとも」


 グーとチョキにした両手を正面でクロスする。カタツムリの影絵だ。相手は腹の探り合いにおいて強者。わけのわからぬ対応で煙に巻くしかないのだ。


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