山賊の宴
「鳥だ! 鳥の肉がきたぞ!」
「みんな集まるのよ! お出迎えしなきゃ!」
「おい坊主、走って村長を呼んでこい!」
行商隊の姿を見つけた村人たちが、あちこちからワラワラと湧いてきた。仲間を呼ぶタイプの魔物みたいだ。鍬を放り出したオッサンやら乳飲み子を抱えた女性、縄を編んでいた老婆やボロ着の子どもたちが行商隊を待ち構える。ずいぶん熱烈な歓迎である。
「ちいさな村の割に人が多いな」
「貧乏人の子沢山っス。村中から集まってきてますね」
「番頭は上手くやったみたいだ。オズロー鳥の評判が知れ渡っているらしい」
「うっス。おこぼれに与ろうと必死っスな」
オズロー名物の塩漬け肉は人気商品だ。虚弱疲労や病中病後の体力回復、産後の肥立ちに精力増強など、様々な効能があるとの触れ込みである。肌が綺麗になり髪の艶もよくなるとの噂もあり、若い娘さんたちにも人気らしい。
嘘ではあるまい。この世界の連中は基本的に麦ばかり食っているのだ。もう少し動物性食品を摂ったほうがよろしい。
「カネを払えば普通に売ってやるのだが」
「無理っスよ。こんな村じゃカネ持ってるやつなんていねーっス」
僻地の農村だと現金収入の機会もそうないのだろう。限りなく自給自足に近い暮らしである。蛮族世界らしく物々交換がせいぜいだ。
「よくぞお立ち寄りくださいましたッ! ご入用の品があればお申し付けください。あ、村の者に馬の面倒を見させましょう!」
薄ら笑いの老人が行商隊の前に走り出てきた。彼が村長だろう。卑屈な愛想笑いだ。蝙蝠肉を食うために全力で媚を売っている。ご老人のこんな姿は見たくなかった。業の深い商売である。
「野郎ども、塩漬けの壺を一つ下ろせ! 旦那、ここでメシを食わせてもらいますんで。しばらくお待ちになってくだせぇ」
「ああ、任せた。俺たちはそこらを歩いてくる」
「うっス、メシができたら呼べっス」
食事が用意できるまで自由時間だ。アーウィアを連れて人垣を抜け出し、しばし村を見て回ることになった。観光気分のニンジャである。
「長閑な村だな」
「うっス、なんもねーっス」
「見ろアーウィア、馬小屋みたいな家だ」
「馬小屋の方が上等ですよ」
貧しい村だ。村の子どもたちが遠巻きにニンジャと司教を眺めている。冒険者など見る機会がそうないのだろう。きっと物珍しいのだ。あの子らもいずれ、オズローに来て冒険者になるのかもしれない。
「うらぁー! 見せもんじゃねーっス!」
アーウィアが戦棍を振り回しながら追いかけていった。村の子らは恐怖に引きつった顔で逃げ惑う。ただのおふざけであろう。いくらアーウィアでも本気で頭を割るつもりではあるまい。きっとナマハゲみたいな感覚だ。地域住民との心温まる交流である。
塩漬け肉と正体不明の野菜が入った麦粥を食い終わり、村を出発することとなった。食事に使った塩漬けの残りを壺ごと村に進呈し、物々交換で諸々の物資を補給する。とはいえ、そう荷物は増やせないので掛け売りのような形になる。
「トカゲの皮は置いていきやす。帰りに薪や野菜と一緒に積んで戻りますんで」
この村には手斧や鉈を供給して薪の生産を推奨している。他に大した産業がないのだ。うちの街は小鬼のせいで薪拾いに冒険者の手を借りている始末だ。せっかく近所にあるのだから優良な顧客になってもらいたい。我らがオズローの発展のために、それを支える裾野も必要なのだ。豊かな生活を送るには地域の活性化も課題である。
「そうだ、酒をいくらかもらっていこう。今夜飲むぶんだけでいいだろう」
「お、いいっスな。野郎ども、持てるだけ持ってけっス」
「「「へい、ほー!」」」
まるで賊だ。荷運び人たちはてきぱきと荷物をまとめ、村から略奪した酒の壺を荷に加えた。まぁ、運ぶのは連中自身なので構うまい。酒を手に入れた荒くれどもも、肉を手に入れた農民たちもニヤニヤと幸せそうである。
村人たちに見送られ行商隊は旅路に戻る。その後も黙々と歩き続け、夕刻前には予定のキャンプ地へと到着した。じゅうぶんに自然を満喫できたが、自然しかなかったともいえる。
「アーウィア、疲れていないか」
「平気っス。さっさと野宿の準備をしてしまいましょう」
「無理はするなよ。さて、俺たちは何をしようか」
荷運び人たちは荷をほどいて野営の支度をしている。手伝いをしたいが勝手がわからん。我らは行商ビギナーだ。かえって邪魔になってしまうかもしれない。
「この下に沢が流れてやす。水を汲んできますんで、旦那がたは焚き火の用意をお願いしますわ」
「うむ、それなら得意だ。いくぞアーウィア」
「うっス。枯れ枝を拾ってきましょう。目にもの見せてやるっス」
枝拾いであればギルドの採取依頼で経験がある。なるほど、こういうときに役立つとは冒険者ギルドもよく考えたものだ。もちろん、ただの偶然である。ニンジャと司教は枝を拾うために森へ分け入った。
「アーウィア、でかいキノコがある」
「毒があるから食えないっスよ。あと歩くっス」
「本当だ、逃げていった」
「森の中にゃ変なのが多いっスから」
自らを引っこ抜くように立ち上がり、キノコは森の奥へと駆けていく。やはり遠出をしたかいがあった。色々と珍しいものを見ることができる。
「小鬼の森にも生えてたっスね。けっこうどこでも生えるっス」
それは聞かなかったことにする。近所でも見れるではないか。目に入っていなかっただけらしい。ニンジャと司教は枯れ枝を抱えてキャンプ地に戻る。
「戻りましたか旦那。他の連中も枝を拾いに行かせてやす。明るいうちにメシにしちまいましょう」
「そうか。では俺たちも、もう少し枝を拾いに行こうか」
「お願いしやす。夜通し火を焚くんで、多けりゃ多いほどいいんでさ」
夕食には早いのではないかと思ったが、日も暮れて夕飯の準備が整ったころには理解できた。夜の森は暗く、焚き火の明かりでは手元もろくに見えない。大きな火を起こすのも燃料の無駄だ。光明の魔法もあるが、夕刻から日の出までは長い。こちらも気軽に使っていてはすぐ回数切れだ。
「カナタさん、いい匂いじゃないっスか」
「ああ、やはり野外で囲むメシは五割増しだな」
「旦那、お先にどうぞ。熱いんで気を付けてくだせぇ」
干し肉と玉葱のスープに、固く焼いたパンを加えて煮込んだやつだ。塩気の強い肉と玉葱の甘み。ふやけたパンを木匙ですくってふーふー吹いて冷まし、ほふほふと食らう。よく煮込まれた干し肉は筋がほろほろとほぐれ、噛みごたえが楽しい。素朴だが、歩き疲れた身体に温かく染み渡る一皿である。
「こりゃうめーっス、酒が進みますな! お前らも飲めっス!」
「「「へい、ほーッ!」」」
揺れる炎に照らされて、夜の森に影法師が踊る。山賊たちの宴である。荷運び人の連中は壺を回してガブガブと酒を飲んでいる。頭目も苦笑いで壺に口をつける。こんな人気のない森で浴びるほど酒を飲むなど恐れ知らずな行為だ。護衛は二名ほどいるが、そちらも飲んでいるから同じである。
「交代で火の番をしながら夜が明けるのを待ちやす。おう手前ぇら、旦那に毛布をお持ちしろ!」
「へい、ほー!」
「寒いんで焚き火で暖を取ってくだせぇ。夜はなげぇです」
「へい、ほー! 姐さんも毛布をどうぞ」
荷運び人たちは何くれとなく世話を焼いてくれる。VIP待遇だ。まるで山賊どもの親玉にでもなった気分である。
「俺たちは護衛として来ている。あまり気を使わなくてもいい」
「そう言われましてもね。商店からは失礼のねぇようにと厳しく言われてまさぁ」
「うるせーっス。がたがた言ってると頭を割るっスよ」
「へぇ、そりゃおっかねぇことで」
馬の世話などしながら交代で眠りにつく。夜の帳は下りたばかりだ。ちいさな焚き火を囲んで、旅人たちは思い思いに過ごす。しだいに底冷えする寒さがにじり寄ってきた。毛布一枚では太刀打ちできない。焚き火に枯れ枝をくべる。くすぶる燃えさしが軽い音をたてて弾けた。
「いい感じだ。これぞ野営といった風情だな」
あとはフォークダンスでも踊れば完璧だろう。甘酸っぱい気分である。
「楽しむようなもんじゃねーっス。いつ獣に食われてもおかしくねーっスから」
アーウィアは酒の壺と戦棍を手放さない。前者はともかく、気は抜いていないようだ。夜の森を警戒しているのだろう。
そういえば、アーウィアが故郷を出てオズローへとやってきた辺りの話は詳しく聞いていない。もしかしたらこうして森で一人、心細く夜を明かしたりしたのかもしれない。ただの村娘がそうやって何日もかけてオズローまで旅をしたのだろう。想像するだけで目頭が熱くなる。
いつか、アーウィアの故郷にも行ってみたいものである。