進路指導
「冒険者番号、五十一番から五十五番までお入りください……」
二日酔いのギルド嬢に促され、新人冒険者たちが入室してくる。ここはウォルターク商店の応接室。我ら冒険者ギルドは事務所を持たぬ。ノマドスタイルとかいうやつだ。使えるのはこの場所くらいしかない。
「まァ座れ。そんなに固くならなくていいぜ?」
「これより諸君らの才に応じた職業を授けようッ」
椅子に腰掛けた新人たちは緊張の面持ちだ。正面に座っているのは、ヒゲの英雄と毛皮の大男である。楽にしろと言われても無理だろう。どう見ても荒くれ者の二人である。笑顔が怖いのだ。
「あらかじめギルド職員がお話を伺っていると思います。それを元に、あなた方に相応しい職業をご用意しました」
むさ苦しい戦士たちに挟まれたギルド代表のボダイが告げる。そろそろこの男にも自分の役職を教える必要があるだろう。いまだに司会進行役くらいの意識でこの場にいるのだ。少しは疑問に思わないのだろうか。どこまでも付き合いのいい男である。誘えば三次会でも四次会でも付いてくる人みたいな感じだ。
「暇だわー。ちょっと遊びに行っていいかしら?」
「駄目ですよエルフの姐さん、大人しくしてください」
「ららら~、るら~」
「歌わないでください、怒られますよ!」
一応ギルド幹部のルーとディッジも同席している。ぶっちゃけいなくても構わんのだが体裁というものがある。冒険者たちの代表というお役目にザウランが大層張り切っているのだ。みんなで付き合ってやらねばならんだろう。
新人たちには事前に簡単なアンケートを実施した。『身体を動かすのが好きだ。はい、いいえ、どちらでもない』みたいなやつだ。『運転には自信がある方だ』とかである。なぜかたまに心の闇を感じさせる質問が混ざっている。『自分は他人から嫌われていると思う』とかだ。大丈夫だ気にするな。
色々と考えたのだが、シンプルにこの形式で職業を振り分けることにした。
「五十三番、ラーシュ。あなたは健やかな肉体と神を尊ぶ心をお持ちです。適職は僧侶でしょう」
僧侶仲間が増えるボダイは穏やかに微笑を浮かべている。坊主量産化計画を目論んでいるのだろうか。残念ながら、ニンジャや司教になれそうな人材はいなかった。上位職のハードルは高い。かろうじて聖騎士が一人いたくらいである。
新人たちには、ギルドで認定を受ければ職業が得られると説明している。先ほど例の幼馴染コンビが認定を受け、無事に職業が変化したのをメニュー画面で確認済みだ。そろそろ撤収してもいいだろう。
天井の隅っこに潜伏していたニンジャは静かに着地。扉を細く開け、猫のようにするりと部屋を出る。外に控えていたギルド嬢こと女給と目が合った。
「うぅ……すっごい気持ち悪いんですけどぉ……」
「――あとでボダイに『解毒』をかけてもらえ」
新人たちの卒業祝いという口実で、昨夜は久しぶりに高い酒を頼んだのだ。長いことお預けを食らっていた女給は狂喜して、鯨のように酒を飲んだ。その結果がこれだ。迷宮の食屍鬼みたいな顔になっている。なかなか完成度の高い物真似だ。
酒臭い食屍鬼と別れ、商店の裏口を通って表に出る。新人冒険者たちの姿が多い。晴れて職業を得た者たちは『チュートリアル』を終え、一人前の冒険者となる。同じ職業で集まり情報交換をしている者、パーティーを組むためにあちこち声をかけている者など様々だ。落ち着きなくうろうろしているのは、まだ職業を得ていない者だろう。どことなく合格発表のような雰囲気だ。
少し離れた路地の入り口に、ぽかんと口を開けたアーウィアが待っている。コンビニ前に繋がれた小型犬みたいに所在なさげな感じだ。高確率で派手な服を着せられているタイプのわんこである。
「すまん、待たせたなアーウィア」
「お、うっス。お疲れ様っス」
小型犬と合流し、ひとまず酒場に向かうとする。商店の前には、あの幼馴染コンビの姿もあった。何やら必死に話しかけているパウラ嬢と、しょぼくれて膝を抱えているステラン坊主だ。大学に入ったら付き合おうとか話していたら彼女だけ合格してしまった感じである。
「やはり、ああなってしまったか」
「しょうがねーっスよ。人間には向き不向きがあるっス」
パウラ嬢の職業は聖騎士だった。今回唯一の上位職である。信仰心の高さに加えて意外と身体能力も高く、何より精神が強靭だ。そしてステランの適職は盗賊だった。最近になって新たに追加された斥候系の職業だ。トリッキーな戦法を得意とする、ニンジャの下位職みたいな代物である。
「頑張れば転職もできると伝えているのだがな」
「わたしらから見たら、どっちもひよっこなんスけどねぇ」
Lv.2の『冒険者』に、それぞれLv.1の聖騎士と盗賊が追加されただけだ。ヘナチョコ極まりない存在である。ルーと殴り合いをさせれば、二人がかりでも一方的にボコられることだろう。エルフパンチの餌食だ。職業など誤差である。
「あいつは自分のことがよくわかっていない。質問のたびに答えがブレている」
「見栄っ張りなとこがあるっスからねぇ」
「ある意味、小器用で小賢しいのだ。盗賊への適正が高すぎる」
「ちゃんと鍛えれば猟兵やニンジャにだってなれるから、そう悪くねーっス」
自分は犯罪者みたいな職業で、幼馴染が上級の前衛職だったのがショックだったのだろう。あの小僧はヘグンに憧れていたのだ。いずれ自分も並び立つような英雄になる夢を持っていたのだろう。それがよりによって『盗賊』である。
まぁ、嫌ならさっさとレベルを上げて能力値を伸ばし、好きな職業に転職すればいいのだ。そのためには、現在の能力値を活かせる職業で頑張るのが近道だ。ギルドとて意地悪をしたいわけではない。未来ある若者たちを応援する愉快で健全な組織である。
「ギルドにできるのは冒険者として送り出すところまでだ。これからどうするかは本人次第だな」
「そっスな。これ以上はおせっかいでしょう」
少なくとも、何の特技もない『冒険者』よりは戦いやすくなっただろう。しっかり小鬼やら大蝙蝠を狩ってレベルアップしてもらいたいものだ。聖騎士と盗賊というのも相性が悪くない。努力すればすぐ中堅の仲間入りできるだろう。
「俺たちは自分のことをやらないとな」
「うっス。旅支度ですね」
ニンジャと司教はしばしオズローを留守にする。護衛を兼ねて行商隊に同行するのだ。ちょっとした出張である。今まで街の方が忙しかったこともあり、外回りは商店の番頭に任せきりだった。そろそろこちらの方も販路を安定させていきたい。そのための視察である。
「着替えはどのくらい必要だろう。雨具もいるな。食器は借りれるのか? 水筒とか帽子も用意した方がいいのだろうか」
「心配しすぎっス。行商隊もいるんスから、着替えくらいでいいっスよ」
「そんな風呂屋みたいな感覚でいいのだろうか……」
こちとら生粋のオズローっ子である。数日で戻るとはいえ、この世界で初めてオズローを離れるのだ。緊張もする。もし旅先で迷子になったら泣いてしまう自信がある。それはもう無様に泣きじゃくるだろう。
「そんな心配だったら全部懐に入れて持っていけばいいっス」
「どう絞っても8個に収まらない。やはりユートに馬をもう一頭借りてこようか」
何でも入るニンジャの懐だが、上限はたったの8個である。おそらくレトロゲー仕様の名残だろう。便利なのか不便なのか微妙な線だ。いや、間違いなく便利ではあるのだが。
「めんどくせーっスな。わたしが何とかするから着替えだけ用意しとくっス」
「うむ、何とか頼む」
ぷんすかしつつも面倒を見てくれるアーウィアである。色々と融通がきくぶん、この司教の便利さには敵わないのだ。