両手いっぱいの
「準備はできたかアーウィア。そろそろ出よう」
「うっス。遅くなりましたね、いそぎましょう」
「ちょっと待って、棒がつっかえて出られないの!」
「いっかい奥に引っ込んで棒を倒すっス」
今日はギルド主催のちょっとしたイベントがあるのだ。参加者は迷宮前に集合である。
朝も早くに長屋を出たのは、ニンジャと司教にエルフの三人だ。背丈ほどの長い棒を担いで集合場所へ向かう。てくてくと通りを歩いていると、同じように棒を担いだ冒険者たちが西の丘を登っているのが見えた。
「しまった、俺たちが最後のようだ。走るぞ二人とも」
「うっス。エルフも遅れんなっス」
「ちょっと待って、棒が地面につっかえて動けないの!」
「棒を持ち上げるっス」
わちゃわちゃやりながら迷宮前にたどり着くと、すでに参加者たちが列を作っていた。場を仕切っているのはギルド幹部のザウランだ。トレードマークの毛皮が温かそうである。
「はやく並ぶんだ! 新人は前に集まれ、棒を持ってる者はその後ろだ! 危ないから棒を振り回すんじゃない!」
まるで遠足を率いる先生のような感じだ。無理もない。規律より場の流れで行動したがる冒険者たちが相手だ。それに比べて新人たちはお行儀よく前列に並んでいる。低学年の子たちは先生の言うことをちゃんと聞くのだ。我ら長屋組も列の後ろに並ぶとしよう。
「では出発するぞ! いま並んでいる列の者たちで班になれ! 話し合って班長さんを決めろ! 迷宮内の順路を伝える!」
冒険者たちは騒々しく世間話などを交わしている。声のでかいザウランに任せてよかった。もしアーウィアにでも任せていたら、今ごろ何人か殴り倒されていただろう。
「けして無理はするな! 獲物の数よりも、怪我をしないことだけ注意しろ! ちゃんと班長さんは新人の面倒を見てやれ! では、ご安全に!」
「「「ご安全に!」」」
冒険者志望の受け入れを開始してから数日、それなりの人数が集まった。今日は迷宮での実技演習である。新人三人に同数程度の熟練者を組ませて臨時パーティーだ。例の幼馴染コンビも参加しているだろうが、身バレが怖いので別行動である。
棒を持った我ら熟練者に守られて、新人たちは迷宮の闇へ挑んでいく。緊張に引きつった顔、震える膝を叩きながら、鼻息荒く第一層を進む。しばらく歩くと、前方からカタカタと硬い足音が響いてきた。ニンジャの探知スキルに頼るまでもない、敵だ。
「巨大蟻がきたわ! 前衛は棒で押さえて! 正面にいると酸がくるわ、新人は後ろから攻撃して!」
「「「はーいッ!」」」
「ちゃんと盾を使って! 脚の攻撃がくるわよ!」
「「「はーいッ!」」」
なぜか俺たちの列はルーが班長をやっている。ちょっとした悪戯心である。
「――なんだ、ちゃんと指揮できているではないか」
「つまんねーっスな。せっかくの笑いどころなのに、わかってねーっス」
俺とアーウィアも、蟻に棒を突き込む役目の人である。どんなことをやらかすかと期待していたのだが、ルーはてきぱきと指示を飛ばしている。以前に猟兵部隊を率いた経験が活きているのかもしれない。
「む、酸がくるぞ」
蟻が腹を持ち上げた。蟻酸を吐き出す予備動作だ。咄嗟に棒を振りかぶり、脳天に一撃入れて敵の頭を下げさせる。蟻の首がぽろりと取れた。いかん、致命の一撃が出てしまった。
「カナタ、勝手に倒さないで!」
「すまん……わざとではないのだ」
ルーに怒られてしまった。しょんぼりである。
「大丈夫っスよカナタさん。安全第一っス。怪我をするよりマシですよ」
アーウィアに慰めてもらいつつ棒を振るい、なんとか新人たちが蟻を始末するまで持ちこたえた。手加減の苦手なニンジャである。
「班長、終わりました!」
新人の報告を受けてルーは周囲に目を配り、危険が残っていないことを確認する。
「怪我人はいないわね? 質問はある? ないなら次よ。カナタ、敵の反応は?」
「ああ、左に入って二つ目の小部屋だ。おそらく大蝙蝠だろう」
「そこへ向かいましょう。棒で叩き落とすから新人は落ち着いて止めを刺して!」
「「「はーいッ!」」」
ルーはどうしてしまったのだろう。なんだか怖い感じである。むかし乗った釣り船の雰囲気とそっくりだ。知人に誘われて船釣りに行ったのだが、早く投げろだのさっさと巻けだの凄い剣幕で船長に指示されたのだ。海の男だから口調が荒いのである。鯖がいっぱい釣れたのである。
「なぁ、あのエルフお前らの連れだろ? なんで怒ってんだ?」
同じ班の男も、俺と同じ思いをしているようだ。申し訳ない話である。
「おそらく、新人たちに敵をたくさん狩らせたいだけなのだろう……」
あの船長だって鯖をいっぱい釣らせたかっただけなのだ。
「いつもはあんなピリピリしてねーんスよ。もっと頭がおかしいんス」
「ふぅん、よくわからんが大変だな」
知らない男に同情されながら敵の待つ小部屋へと突入する。やはり大蝙蝠、天井からぶら下がる四つの影が羽ばたき出した。
「おらァー! 叩き落とせーッ!」
「なーっ! なぁーっ!!」
司教とエルフも棒を振り回して蝙蝠を狙う。
「そら、やれ新人ッ!」
さっきの男が蝙蝠を叩き落とした。新人たちが駆け寄って剣を乱雑に突き立てる。あまり傷つけると肉質が悪くなるのでやめてもらいたい。
「自分で仕留められないのは面倒だな」
軽く跳躍して飛び回る蝙蝠を捕まえ、新人のところへ持っていく。下手に叩くと首を刎ねてしまいそうだ。そうしたらまたルーに怒られてしまう。
「す、すぐに止めを刺しますッ!」
「待て待て、危ないから振りかぶるな。ゆっくり突くだけでいい」
追いつめられたような顔で剣を構える若者を落ち着かせ、蝙蝠の心臓を狙わせる。きっちり攻撃を当てれば一撃でじゅうぶんだ。
「うらぁーッ! 最後の一匹!」
アーウィアの落とした蝙蝠を新人に始末させて、無事に勝利である。銀杏の収穫風景みたいな戦闘であった。
ひとしきり魔物を狩り、両手いっぱいの蝙蝠を持って迷宮を出た。探索中に敵が宝箱を落としている。罠を解除して蝙蝠を入れる箱として便利に使わせてもらった。緊張もあってか新人たちは疲労困憊だ。再突入は見合わせたほうがいいだろう。無理は禁物だ。
迷宮前広場には他班の冒険者たちの姿もある。朝の人数からして、半数ほどのパーティーが探索を終えたようだ。
「戻ったら班長が報告にこい! ちゃんと全員揃っているか確かめろよ!」
ザウランは大声で冒険者達を仕切っている。ぼちぼち終了に向かう流れだろう。
「カナタさん、もう大丈夫そうっス。わたしらは先に帰りましょう。明日の準備が残ってるっス」
「そうだな。ルーはどうする? 残っていくか?」
「魚が食べたいわ」
いつものエルフだ。ちゃんと壊れているようで安心する。
「そうか。すまんが後は任せても構わないか?」
同行した名も知らない男に声をかける。新人たちを放って帰るわけにもいかん。
「なんだ、精算まで待てないのか? タダ働きになっちまうぜ?」
「ああ、ちょっと用事があってな」
どうせ我々はギルド側の人間だ。冒険者に支払うカネを都合する立場である。
怪訝そうに片眉を上げている男に別れを告げて、広場を離れ街へと向かう。
棒を担いだ三人組は昼下がりの丘をぽてぽて下る。こんなに長く迷宮にいたのは、ずいぶんと久しぶりだ。小学校からの帰り道を歩いているような、どこか懐かしい感じがする。
「もうじきギルドの仕事も一区切りだな」
「そっスね。なげーお勤めだったっス」
秋を感じさせる涼やかな風が吹いた。草薮がさらさらと揺れる。司教の娘が風に乱された麦藁色の髪をかき上げた。もうじき帆の月も終わり、鳥籠の月になる。
「明日には新人連中のレベルも上がっているはずだ」
「これで上がらなかったら冒険者やめたほうがいいっス」
「最後の仕上げをしたら、後は放っておいてもギルドは勝手に回るだろう」
「うっス。やつらを働かせて、わたしらはラクに稼がせてもらうっス」
このために今まで頑張ってきたのだ。『稼ぎたかったら上流工程へ行け』と前世ではよく耳にしたものだ。いつまでも現場仕事では駄目らしい。意識高い系のエンジニアたちが言っていた。参考にさせてもらおうではないか。
「ねえ、魚はまだなのかしら?」
そうだな、好きなものが食える生活はもうすぐだ。