冒険者の街
「おせーっスな。待ちくたびれましたよ」
「何かあったのだろうか。心配だな」
オズローの街の西門で、ニンジャと司教は待ちぼうけである。
空の高いところを雲がゆっくりと流れていく。まだ日没まで時間はあるが、最近は日が沈むのも早くなった。夜は冷えるだろう。野宿には向かない季節である。
「――っス、見えましたよ。あれじゃないっスかね?」
「ふむ、遠くて人相まではわからんな。ひとまず隠れるぞ」
「うっス」
西の方角より、年若い二人の男女が野道を歩いてくる。一人はまだ少年の面影を残した赤茶けた髪の青年。すらりと引き締まった体格をしている。もう一人は落ち葉のような色の髪を二つに結んだ素朴な顔の少女である。歳は青年と同じくらいであろう。二人ともズタ袋を担いだ旅装束だ。
「はやく来いよパウラ! ようやくオズローに到着だぜ!」
「待ちなさいよステラン! そんなに走らなくても街は逃げたりしないわよ!」
藪に伏せて待っていると、二人の声が聞こえる距離になった。いかにも幼馴染といった雰囲気の会話だ。間違いない、待ち人である。
(カナタさん、なんかイラっとくる感じっスね)
(抑えろアーウィア。微笑ましい連中ではないか)
(ぜってーお互い意識してるっス。見てください。頬なんて染めて、準備万端って顔っスよ。道中何があったんですかね?)
(――いけ好かない連中だな。石でも投げてやるか)
こそこそと汚いコイバナをしている俺たちの前を通り過ぎ、二人はオズローへと向かっていく。仲のおよろしいことだ。気取られぬよう藪から頭を二つ突き出して、監視を継続する俺たちである。
「ここが大英雄ヘグンのいる冒険者の街かぁ……」
「うわぁ、大きな街ねぇ……」
二体の田舎者は口をぽかんと開けて西門を見上げる。悪い気はしない。頑張ってこの門だけはそれっぽい外観に建て直したのだ。こちら側は外からお客様を迎える玄関口だ。多少は見栄を張らねばならん。
門をくぐった二人は物珍しそうにオズローの街並みを見渡している。
「なぁパウラ、俺たち冒険者になるんだよな……?」
「そ、そのために来たんでしょ? いまさら帰れないんだから!」
「わ、わかってるって!」
まーたイチャつき出した。仲睦まじくて大変結構にござる。
アーウィアが不快気に鼻を鳴らした。
「この街に来たら、冒険者になれるって聞いて……」
「ええ、その通りですよ。どちらから参られたので?」
「ルバードっていう村です。北に二日歩くとゼペルの街があるって聞きました。行ったことはないんだけど」
「それは遠いところを。大変だったでしょう」
二人の相手をしているのは禿頭の僧侶だ。特に用事もなさそうな街外れに、なぜかふらりと通りかかって若者たちに声をかけたのだ。もちろん仕込みである。
「でしたら、まずは冒険者の酒場に行くことですね。この通りをまっすぐ進むと、ガルギモッサの酒場があります。そこで冒険者になりたいと伝えるのです」
「わ、わかりました!」
「ありがとうございますっ!」
二人に手を振られ僧侶は去っていく。なぜか少し戸惑ったような様子を見せた後、そそくさと路地裏へ消えていった。不審な行動だ。
「親切な人だったな。いい話が聞けたぜ」
「ええ、ツイてるわね、わたしたち!」
「そうだな!」
意気揚々と通りを歩いていく彼らを見送り、路地裏でボダイと合流する。
「なにやってんスか坊主。出番が済んだらさっさとハケるっス」
「すみません。台本には『去っていく』としか書いていなかったもので」
「この先は何もないしな。引き返すのも不自然だ」
いつもはギルドの交易所を設置しているが、今日は事情があって畳んでいるのだ。そうなるとこの先は空き地ばかりである。立ち去るなら西門から街を出るしかなかろう。手ぶらで旅に出る坊主など不自然を通り越して恐怖である。ロケハン不足であった。
物陰に潜伏しながら二人を追う。ちいさな村で育った彼らの目には、この街のすべてが興味深く映るようだ。物見遊山でもするように、あちらこちらへ視線を投げる。そのまま目的地を通り過ぎそうになったとき、耳の長い女とおかっぱの女児が酒場から出てきた。
「ガルギモッサの酒場で飲むお酒は最高ね!」
「……ガルギモッサの酒場といえば冒険者の酒場ですから」
「冒険者ならガルギモッサの酒場よね!」
わざとらしく店名を連呼しているエルフとドワーフだ。女性客も入りやすいお店だというアピールもしっかり組み込んでいる。もちろん仕込みだ。
「ねえステラン、きっとあの店よ」
「おっと、うっかり通り過ぎるところだったな!」
「しっかりしてよね、もう!」
二人は酒場へと足を向ける。アーウィアが鼻を鳴らした。
酒場は、この街でも滅多に見ることのない二階建てだ。田舎者の彼らも目にするのは初めてであろう。なお、二階部分は訳あって急遽増築されたハリボテである。
酒場には身なりの悪いゴロツキどもがたむろしていた。まだ日の高いうちから酒杯を傾けている。年若い二人連れに気付き、ガラの悪いニヤけ面を並べている。
「なんだ坊っちゃんお嬢ちゃん、冒険者になりに来たのかぁ?」
「へへっ、ギルドに冒険者登録でもしにきたのねぇ?」
「だろうな、ここは冒険者の酒場だからなぁ!」
アウトローな雰囲気を演出しながらの説明である。あまり新人を甘やかしすぎるのも問題だろう。ここらで少し脅かしておくのだ。
「やだ、何なのこの人たち……」
「こいつらが冒険者か?」
ゴロツキ相手に緊張する二人。そこへ割って入る声があった。
「お前たち、新顔に絡むのではない」
二人の後ろ、壁際の卓だ。声の主は長剣を背負った麗人だった。ゴロツキどもは気圧されたように黙り込む。
「冒険者になりに来たのだな。そちらにギルドの窓口があるのだ」
そう言って麗人は興味を失ったように酒をあおる。凛々しい顔付きからは想像もつかない可愛らしい声だった。もちろん仕込みである。
「あ、ありがとうございます……」
礼を言う少女に麗人は軽く片手を上げてみせる。
店の奥が長卓で仕切られている。その向こうに巻き毛の女性が一人、椅子に腰掛けて書き物をしていた。青年たちが近寄るのに気付いて顔を上げ、笑顔を浮かべてみせる。
「すまない、ええと……」
「しっかりしてよ、ステラン」
隙あらばイチャついてみせる男女を前に、巻き毛の女が切り出した。
「ようこそ冒険者ギルドへ。冒険者登録ですね?」
出番を終えた面々で集まって問題点の見直しをする。場所は酒場の裏手、俺たちが住む貧乏長屋だ。
「やはり西門に衛兵を置くべきでしょう。毎回通り掛かるのは無理があります」
「ふむ、普段は西門近くにギルドの交易所を出している。まずは衛兵がそちらへ誘導する流れにしよう」
「……酒場の方も不自然です」
「むぅ、相手は文字も読めぬ農民なのだ。看板が出ていても素通りだぞ」
「わかりやすく酒樽でも並べとくっス。ついでに盾でも飾っとけば、見ただけで冒険者の酒場って感じっスよ」
「いい考えだ。しかし酒樽は高いからなぁ。うちの街には樽を作れる職人がいない」
「べつに本物じゃなくてもいいんじゃない? どうせ飾りだわ」
我らが冒険者ギルドでは、新しい人材を随時募集している。その受け入れ態勢を整えるべく日々努力しているのだ。貧しい農村では子どもを出稼ぎに出すことがよくあるそうだ。不作続きで食い扶持を賄えないのだという。そこを狙って行商隊が営業をかけ、事前に情報を得て待ち構えていたのだ。今日は彼らを使って本番環境でのテストを実施している。
かつて、この街がレトロゲーシステムに支配されていたころ。若者たちはどこからともなくやってきて、修練場なる施設で冒険者へと生まれ変わっていた。今となっては失われた伝統だ。どのように実現していたのかは不明。一からノウハウを作り直さねばならない。
「次はわたしの出番っス。準備してきます」
「ああ、進捗に遅れはない。予定通り頼む」
「うっス」
女給による冒険者登録が終わればアーウィアの出番だ。ボロを出さないよう祈るばかりである。