一件落着
「仕上げだッ! このまま押し返すぞォ!」
「いくぞ串刺し中隊、遅れるなッ!」
「お嬢さま猟兵団、第一班は追撃! 第二班は残って警戒に当たるのだ!」
逃げる小鬼を追い立てて、ゴザールのしもべが丘を駆ける。
侵略者どもの残党を森へと叩き出すのだ。この地は邪神ゴザールの聖域である。
「なんとか『小鬼群進』を退けることができたな」
「うっス。あとは冒険者どもに任せましょう。わたしは走れんス」
痺れた足をぽんぽんと叩いているアーウィアだ。なんとか最後まで気合で耐えてくれたようだ。もう一名はどんな感じだろう。俺は横たわる藁束からエルフを引っこ抜く。
「――ねえ、ごはんはまだかしら? わたし、がんばったわ……?」
「そうだな。いま麦を取りに行かせている。好きなだけ食え」
腹が減ってるだけなのに、死期を悟ったような顔をしているエルフだ。
坊主とおかっぱ女児が麦の袋を抱えて走ってくる。そんなにはいらん。
ニンジャは黒装束の藁を払い落とし、大きく一つ深呼吸。
俺たちの長く苦しい戦いは終わったのだ。
「大司教アーウィアと邪神ゴザールに、乾杯!」
乾杯、と冒険者たちが唱和する。
夕暮れ時の酒場である。集まったのは結構な人数だ。酒場が手狭になったので、表に木箱の椅子を並べて即席のビアガーデンである。近隣住民から苦情が出ないといいが。道端で身元の不確かなゴロツキどもが安酒をかっ食らっているのだ。
「ようやく肩の荷が下りたのだ。半分ほどだがね」
「気にすんなお嬢! 酒が飲めりゃ大抵のことは忘れられるっスよ!」
久しぶりの酒宴にアーウィアのテンションも鰻登りだ。底が抜けたような勢いでガバガバ酒を飲んでいる。同じペースで飲んでいるユートもアホである。
「……先生の『忍術』、お見事でした。私も精進します」
「ああ、俺はニンジャだからな」
一番弟子と酒を酌み交わす。こいつもちびっ子のくせに結構飲むな。
「よもや、カナタ殿があのような奥の手を持っておられたとは」
「うむ、ニンジャだからな」
坊主と酒を酌み交わす。突っ込んだ話を聞かれる前に酔い潰すべきか。
決め手となった『忍法・火遁の術』。あのタイミングで成功させられたのは、我ながらお手柄であった。こっそり練習はしていたが、今まではまったく発現できなかったのだ。誰かに見られないよう、怪人ゴザールとして森に行ったときなどにやっていた。ニンジャは警戒心が強いのだ。買い物をしながら店内ソングに合わせて歌っていたのだ。陳列棚の影に店員さんがいたのだ。あんな失敗を繰り返してはいかんのだ。
「ヘグンよ! 俺と力比べをするのだぁッ! さぁ!」
「なんなんだよこいつァ……勘弁してくれ……」
毛皮を脱ぎ捨てたザウランがヘグンに相撲を挑んでいる。
「逃げるな英雄! 全力で俺にぶつかってこいッ!」
意外なことに、この男は酒に弱いらしい。しかも嫌な酔い方だ。赤ら顔の大男を無視して、英雄は孤独に杯を傾ける。
「旦那、本当にいいんですか? 何人か向こうに残しても良かったんじゃ……」
「心配いらん。ちゃんと案山子が見張りをしてくれている」
北の丘には等身大の藁人形をいくつか立ててきた。邪神ゴザールの分霊だ。いくら小鬼といえど、無警戒に近寄ってくることはないだろう。それに長期案件が片付いたのだ。冒険者たちにも休暇を出さねば、ブラックギルドまっしぐらである。
「――今度子どもが産まれんだよ。カネがいるのさ」
「お酒がおいしいわね。なにか食べるものはないかしら」
「――いつまで冒険者なんてやってられるかねぇ……」
「お肉が食べたいわ。だれかくれないかしら?」
鼻高斥候のヘンリクが面白そうな話をしている。ルーを相手に独り言だ。誰かに聞いて欲しいわけではないが、話したい気分なのだろう。
「ねぇアンタ、もうレンジャー!ってヤツはやらないの?」
「俺はもう猟兵課程を卒業したらしい。教官がそう言っていた」
「なんだそりゃ。まぁいい、ちょっとおかしかったからなお前ら」
冒険者パーティーの連中も、ギルド提供の安酒をかっ食らいつつ会話に花を咲かせている。これは福利厚生費で落とす。しっかり飲んでギルドへの不満を忘れるがいい。
だいたい一周りしただろうか。特に後処理が必要そうな問題もなさそうだ。喧騒を離れ、ニンジャは木箱に腰を下ろす。
小鬼の一件、じつは片付いてなどいない。小鬼群進で森から湧き出した集団についてだ。俺たちが相手にしたのは全体の何割かだけ。どう考えても相当数がオズロー近郊から外部に流出している。近隣の村々に被害が出ないといいが。
ぼんやりと蛮族たちの宴を眺めていると、お綺麗な顔がノコノコとやってきた。似合わぬ革鎧を着たユートである。
「そんなところで何をやっているのだカナタ」
「今後の方針について少々考えていた。小鬼の件だ。ギルドの冒険者を使って適度に間引くことになるだろう。耳代がかさむ」
無償でのサポート体制が必要な案件になってしまった。資金力に乏しい弱小ギルドにとっては大打撃である。
「ふむ、小鬼群進が発生する危険はないのか? アレが度々発生するようなら、実家に泣きついて兵を借りてこなければならんのだ」
ユートは凛とした困り顔で堂々と情けないことを言った。器用なやつだ。
「おそらく大丈夫だ」
「むぅ、おそらく――か」
想像になるが、小鬼群進の原因はきっと怪人ゴザールのせいだ。
森は奴らの縄張りだった。そこで怪人が暴れたせいで、小鬼たちを森の奥に追いやってしまったのだろう。大移動の結果、森の深部が過密状態になったのだ。
狭いところに大勢が流れ込み、彼らの食糧事情もよけいに悪化した。そうなれば考えられるのは、共食い祭りだ。
ある種のバッタを連想した。そのバッタは過密状態で育つと、羽の長い飛行形態のバッタが生まれるようになる。こいつらが一億匹とかいう規模の群れで飛び回り、あらゆる物を食い尽くしながら新天地を探して移動していくのだ。
蝗害という災害である。大きな大陸では、歴史上何度も大変な目にあっているという。遺伝子に秘められたバッタたちの生存戦略である。テレビで見た。
小鬼たちにも似たような生態があるのだろう。餌が足りず、共食いの果てに小鬼将軍が誕生する。この個体は群れを率いて新たな餌場を探すのだ。そこには『レベルアップ』を利用した、この世界特有の進化の形があるのかもしれない。
そんな考えを、細部をぼかしつつユートに語ってやる。俺が関与した部分は特に念入りにぼかす。ニンジャとて怒られたくはないのだ。
「面倒くさい話なのだ。とにかく、あまり追い込まず適度に狩れということか」
「そういうことだな。お前のとこでも衛兵の訓練に使えばいい。ただの小鬼ならさほど危険もない。新兵の練習相手にはちょうどいいだろう」
もう一つ。
小鬼を森に追い返すとき、一匹の小鬼が目撃されている。毛皮を纏ったちいさな個体だ。そいつが小鬼君主だろう。
ほぼ間違いなく、その毛皮は革職人の工房に送られた悪魔の皮だ。毛が生えていたのなら、おそらく下級悪魔の山羊頭に近い部分だろう。この皮を例の虫が囓ったのだ。廃屋のようになっていた革職人の工房が小鬼の発生地である。
君主が悪魔の皮を持っているのだ、今後も小鬼たちは増えるだろう。これはユートには話せない。ギルドの秘匿事項である。
ようするに、今回の騒動はすべて我ら冒険者ギルドが原因なのだ。