飯綱落とし
「グォッザールゥ!! ゴォザァァーゥッ!!」
木槌を持った小鬼の親玉から得体の知れない罵声を浴びる。よく分からんが、敵に殺意を込めて投げかける言葉として広まっているようだ。ダーティ・ワードである。図らずも言語交流が成立する下地が整った。
「ゴザール! ゴザァァールッ!」
ニンジャも負けじと言い返す。元祖・怪人ゴザールとして後には引けない。ゴザール語に存在する語彙は一単語のみ。気迫で勝負だ!
「うるせーッ!! 『火散弾』ァァーッ!」
アーウィアの放った火炎の礫が小鬼を襲う。脇に控えていた二体の小鬼闘士も巻き込んで、小鬼の親玉が燃え上がった。
「――少しくらい、相手の言い分を聞いてやっても良かったのではないか?」
「しらねーっスよ。馬鹿にされて黙ってられんス」
小娘は愛用の戦棍を振り回しながら息巻いている。慈悲を知らぬ司教だ。
「……いえ、大丈夫です! 生きています!」
ニコの言葉どおり、炎を振り払った小鬼たちが怒りの形相で襲いかかってきた。何がどう大丈夫なのかは知らんが、確かに大丈夫そうだ。少しばかり肌が焼け爛れ、自慢の革紐も燃えてしまっている。あまり大丈夫な感じではない。
敵は生焼けの親玉と闘士が二体、無傷の闘士が一体に、残りはただの小鬼が六体そこら。手早く脅威度の格付けを済ませ、アイテム欄から掴み取った手裏剣を疾風のように撃ち放つ。後ろで傍観していた闘士が額に食らって無様に崩れ落ちた。
「親玉の相手は俺がする。手下どもは任せた」
「うっス、やるぞニコ!」
「……はっ! アー姐さんは私の後ろに!」
ムラサマを抜き放ち正眼に構える。親玉は足を踏み止め、半身になって木槌を突き出してきた。相手の攻撃を警戒している体勢。意外と冷静だ。
摺り足で踏み込んで刀を一振り。敵は不格好に飛び上がって回避。刀を返し、着地を狙って横払にニンジャの追撃。慌てた小鬼は咄嗟に木槌を投げつけ牽制。やむなく後転してやり過ごす。思い切りの良いことをする相手だ。
「おらぁーッ! 暴虐の戦棍をくれてやらーッ! 味わいたいやつから前に出てこいやーッ!」
「……駄目ですアー姐さん、私が前に出ますから!」
一匹の小鬼が彼女らの背後を狙って小走りに駆ける。小鬼は得意げに醜い笑みを浮かべ、手にした小石を振りかぶった。いざ襲いかかろうとしたところで、ぶるりと痙攣、絶命する。死因は頭に刺さっているニンジャの手裏剣だ。
やれやれ、あまり目を離すと危ないようだ。数で押されるこちらが不利。
背中越しに感じる小鬼の気配。よそ見をしている間に、今度は俺の方が背後を狙われている。
振り返ると、間合い三歩を一息に跳び超えて躍りかかってくる敵の姿。迎撃は間に合わない。遅れて回避動作。袖口、ニンジャの黒装束を小鬼の手が掴んだ。強い力で乱暴に引っ張られる。
「グォザルゥ……」
「勝ち誇った顔をするな」
刀を捨てて敵の懐に潜り込み、肘をかち上げ無防備なアゴを砕く。大きく仰け反り、口から血の飛沫を吐き出すも、小鬼は掴んだ手を離さない。その腕を取り、捻って肩を極めつつ前方に投げ倒す。
「さらばだ。ゴザール!」
がら空きの首を目がけて手刀を振り下ろす。
「失敗、もう一回」
致命の一撃。二度目の手刀で、ニンジャは小鬼の首を刎ねた。
「こいつは何者だったのだろう。小鬼闘士よりは強いようだが、いまいちパッとしない感じだ」
酢か何かを入れ忘れた感じである。料理人がうっかりしていたのだろう。何となく味の収まりが悪いのだ。
「いやいや、パッとされても困るっス。こんなもんですよ」
「ふむ、まあいいか。とりあえず呼び名を付けておこう。アーウィア頼む」
「うっス。それでは小鬼将軍で」
何匹か逃げたようだが、ひとまず小鬼の集団を撃破した。
なかなか大変だ。パッとしないとはいえ、強い方の小鬼の比率が増えている。こんな小集団がいくつもあるのだ。しかも、やけに好戦的だった。ゴザールで追い払うどころか、逆に本人がゴザられる始末である。
「さて、どうするか。多くて二百匹と聞いていたのだが」
「……どう考えてもそれ以上います」
「気にしてもしかたねーっスよ。遠慮して減ってはくれんス」
後方の支援部隊を見る。窪地を挟んで向こうの敵集団に矢を射かけている。みんなで夜なべをして作った矢だ。大事に使ってもらいたいものである。
「よし、細工職人の工房辺りまで攻め上がろう。状況を見て転進、一気に鍛冶場まで戻る。時間を稼いで作戦を立てるとしよう」
「うっス」
我らゴザール小隊は北へ進軍する。敵集団との激しいぶつかり合いを経て、新たに小鬼将軍の首級を二つ挙げ、目的の工房までたどり着いた。
「アーウィア、本当に大丈夫か? 無理はするんじゃないぞ?」
「だから平気っス。ちょっと背中を打ったくらいっスから」
「……正直、死んだかと思いました」
小鬼闘士との戦闘中、もつれ合って崖から落ちたアーウィアだ。急に姿を消したので驚いた。慌てて駆け寄ると、崖下がもの凄いことになっていたのだ。
「下に岩があるのが見えたんで、とっさに小鬼にしがみついたんス。動けなくして頭から落としてやりましたよ」
「……お見事です。さすが、アー姐さん……」
下手なニンジャ以上にニンジャな司教である。本当に無茶なことをする娘だ。
割れた頭からいろんな物を撒き散らした小鬼の傍らにアーウィアが転がっているのを見たときは、心臓が止まるかと思った。
「ともかく目的は果たした。急いで帰還するとしよう。まだ『小鬼群進』とやらは収拾が付いていない。反攻作戦を練らねばならん」
「そっスな。走って帰るとしましょう」
「――走っても大丈夫なのか? 俺の背中に乗るか?」
「だから心配ねーっスから」
元気に走り回るアーウィアの姿を見守りつつ撤退。丘を斜めに下って、鍛冶場と窯元をつなぐ道に出る。その窯元方面からぞろぞろとやってくる一団があった。先頭を行くのはザウランである。
「ふむ、窯元は放棄したようだな」
一行の後ろの方では、ご立派な兜がキラキラしていた。ユートもいるようだ。全軍撤退であろう。
「この拠点は一時放棄する。荷物を纏めて木工職人の工房まで下がるぞ」
ザウランたちやお嬢さま小隊と合流し、人口過密状態の鍛冶場である。
「だから、なぜお前が仕切っている!」
「いいンだよ、ここは兄さんに任せとけって」
「てっしゅー! 総員てっしゅー!」
やかましい連中だ。時間がないのだから疾く早く行動するのだ。
「旦那、他に持ち出すモンはありますか!?」
このディッジ小僧がいたのは幸いだった。荷運びの仕切りは慣れたものだ。
「矢じりと紐は持っていけ。矢柄は箱に入れて屋根の上にでも隠すとしよう。あとは藁を持てるだけ持っていくぞ」
「はい、すぐにッ!」
「藁など置いていけばいいのだ。失って困るような物ではないぞ」
このお嬢はこの期に及んで腕組みをしたまま、あくせく走り回っている連中を眺めるだけだ。頭が上流階級なのだろう。魔法銀製の兜がよくお似合いである。
「カナタ殿! 準備ができた者から向かわせてもよいですか!?」
「ああ、念のため猟兵を付けろ。道中で小鬼が出るかもしれん」
「わかりました! 丸坊主小隊、聞いての通りです!」
「「オッス、レンジャー!」」
冒険者たちは慌ただしく荷造りをして、ばたばたと出発していく。正月の郵便局みたいだ。よく知らんが、きっとこんな感じだろう。
「もったいねーっス。せっかく取り返したのにキリがねーっス」
アーウィアは竹馬を抱えてしょぼくれている。この竹馬は重要アイテムなので置き忘れに注意だ。作るのに結構カネがかかったのだ。
「心配いらん。すぐに取り返す」
「ふーむ、なにかアテがあるんスか?」
もちろん策はある。調子に乗っている小鬼どもに教育してやるのだ。ゴザールを怒らせると怖いということを。