小鬼群進
久しぶりのギルド会議は大いに荒れた。
議題は小鬼の死骸をどうするかについてだ。
「だからよォ、突飛な策はやめとけってんだ。何が起こるかわからねぇ」
「しかし、このままではキリがない! 共食いで数を減らせるなら、減らしてから叩くべきだッ」
慎重派のヘグンと急進派のザウランによる一騎打ちだ。
小鬼闘士の発生は、共食いによる同族殺しが原因と目されている。
倒した死骸を放置しておけば、小鬼が拾って餌にするので同族殺しは減る。小鬼闘士の発生は抑えられるが、多くの小鬼を狩らねばならない。
逆に、死骸を片付けて奴らを飢えさせれば共食いは加速し、勝手に数が減っていくだろう。そのかわり、レベルアップする個体は多くなる。
「やめとけって。やつらがどこまで強くなるか誰も知らねぇんだ。それに死体を処分する手間はどうすンだ?」
「迷宮に捨てればいい。それも手間なら、俺が巨大蟻を連れてきて食わせる」
ザウランの奇策に場の面々がため息をつく。この男が会議を引っ掻き回しているのだ。これはニンジャのせいでもある。会議が始まる前、アーウィアに思い付きのアイデアをべらべらと喋っていたのを聞かれていたようだ。
「――少々話の流れがおかしくなっています。一度休憩を挟みましょう」
ギルド代表のボダイが停会を宣言した。本人に代表の自覚はないのだが、ちゃんと機能しているのが不思議である。
今回の議場は鍛冶工房の裏手にある広っぱだ。論戦に疲れた参加者たちは青空の下、思い思いにくつろいでいる。放牧された牛を眺めているような気分だ。俺も一頭の牛となって腰を下ろす。
「まさか、俺の『蟻に食わせて小鬼濃縮作戦』を持ち出されるとはな」
「よく本人の前でしれっと言い出せるもんスね。悪びれる素振りもねーっス」
ぷんすかしながら無意味に草冠を量産しているアーウィアだ。近年稀に見るレベルで女子っぽいことをしている司教である。感動のあまり目頭が熱くなる思いだ。もしかしたら影武者かもしれない。
「へっ、ありゃ旦那の策でしたか。そんな気はしてましたよ」
ディッジ小僧も会議に出席するため出張ってきている。連れてきたのはザウランのパーティーだ。こいつを降ろした後は、ユートと共に窯元の臨時戦力として詰めてもらっている。
「言っておくが、あの案は面白さに特化した与太話だ。もし蟻が逃げて大繁殖したらどうする。余計にややこしくなるだけだ」
きっと三つ巴の乱戦になって、今度は蟻がレベルアップするのだ。
「そこもふくめて笑い話っス。あの大男はわかってねーっスな」
アーウィアは完成した草冠をディッジの頭に載せる。すでに四つ目。帽子掛けみたいな扱いをされている小僧だ。
「どうも姐さん。しかし、分かりやすい男ですよ。英雄ヘグンに一泡吹かせたいって魂胆が透けて見えますねぇ」
ザウランはヘグンに対して一方的にライバル感情を抱いている。焚き付けて操るぶんには便利だが、足並みを揃えようという場面では問題になるのだ。
「ふむ、あそこにいる二人のように仲良くできんものか」
「ニコとエルフっスな。あぶねーから二人乗りはやめろって言ったんスけど」
竹馬で二人乗りができないか挑戦している様子である。会議中は暇そうにしていたニコとルーだ。ドワーフ娘を肩車したエルフが竹馬に飛び乗ろうとして派手に転倒した。投げ出されたニコが地面をころころと転がる。あのコンビでは土台の安定性が足りないのだろう。
「レンジャー! 敵襲! 敵襲ッ!!」
ふいに大声が降ってきた。屋根の上からだ。見張りの猟兵であろう。
「カナタさん、小鬼が出たみたいっス」
「ああ、会議の邪魔だな。まだ方針も決まっていないというのに」
一同は揃って屋根を見上げる。そっちを見ても見張りの男がいるだけだ。一同は揃って男の視線の先へと顔を向け直す。ここからでは小鬼の姿は見えない。当たり前だ。何のために見張りは高いところに登っているのだ。
「レンジャー! 小鬼の大群ですッ!!」
ちょっと様子がおかしい。どうやら緊急事態のようだ。
森から小鬼たちが溢れ出てきた。
ニンジャは屋根の上で竹馬に乗り、丘陵を見渡す。小鬼たちは十体ほどの集団に分かれ、次から次へと湧いてくる。どこにこれだけ潜んでいたのかという数だ。
寝ていた深夜番の冒険者も叩き起こし、襲撃に備えることとなった。
「『小鬼群進』ってやつかしらねぇ。おとぎ話にあるとおりだわ」
「なに、知っているのかルー」
意外とこのエルフは物知りだ。頭はバグっているがデータの破損は少ないらしい。車は壊れたが積荷は無事みたいな状態だろう。おかげで配送に遅れが生じ、こうして土壇場になって急に知識を語りだすのだ。
「古き言い伝えでは、小鬼の群れに滅ぼされた国があったといいます。雪崩のようにやってきて、すべてを飲み込み喰らい尽くすのだとか」
ボダイが付け加える。この坊主もいろいろ知っている癖に情報提供が遅いのだ。
「わたしは聞いたことねーっスな」
「とりあえず、俺たちだけで打って出るか。ゴザールで追い払えるかもしれん」
「……ござーる」
ニコは指揮能力以前にちょっとアレなので、ちびっこ小隊は解体した。猟兵たちは元のパーティーに返して木工房の常駐としている。慣れぬお役目から開放されたニンジャ二号は、安堵からすっかり腑抜けてしまっている。
「ザウランは窯元に行ってくれ」
「ぬぅ、なぜお前が仕切っているんだ」
細かいことを気にするやつだ。そんなもの今更だろう。
「一人で行くのが不安ならヘグンに送ってもらうが」
「いらぬ!」
「旦那、冒険者たちの準備ができました! どう動きますか?」
工房からディッジ小僧が飛び出してきた。非戦闘員の帽子掛けだからと避難させている時間はない。ならば小間使いの帽子掛けとして利用するのみだ。
「うちの三人で仕掛ける。細かいのは置いといて小鬼闘士を優先しよう。ヘグンたちは猟兵を連れて支援を頼む。まずは様子見といこう」
「うっス。やっかいな相手だけ潰しましょう」
「……ござーる」
「小鬼どもは小集団ごとに進行している。進路はバラバラだ。街の方角へ向かう奴らだけ狩ればいい。少々なら街の衛兵でも対応できる。深追いはしなくていい」
「あァわかった。質問もねぇ。さっさと出ようぜ」
「よろしい。ではご安全に!」
「「「「「ご安全に!」」」」」
小鬼たちの異常行動について探るべく出撃。ちょうどこちらに向かってくる集団がいたので標的とする。
「……あれは何でしょうか」
「新顔がいるっスね。小鬼闘士ともちょっと違うみたいっス」
「偉そうなやつだ。今度こそ、小鬼君主だろうか」
前回の思い違いがあったので慎重になっている俺だ。お名刺を頂戴するまでは、迂闊なことは言えない。
この個体は、小鬼闘士よりわずかに体格が勝っている。身体に革紐を巻いているのはオシャレのつもりだろうか。手にした木槌はどこかの工房から持ち出した物だろう。略奪品を装備した小鬼だ。
敵がこちらに気付いた。
殺意に濁った目で睨みつけ、息を吸い込み木槌を振りかぶった。口を開く。
「ゴゥ、グォッザァァールゥッ!! ゴザァァーッ!!」
「――もしかして、喋ったのか……?」
「しらねーっス。気に入ったんじゃないんですか?」
「……ござーる」
おそらく怪人ゴザールの真似だろう。どういうつもりで言ったのかは謎だが、きっとろくでもない意味に違いない。