経験値を手に入れた
俺たちの主食となっている雑炊を配膳する。
膨張麦に薄いスープをかけた即席飯だ。フリーズドライのダイエット食みたいな感じである。もはやオズロー名物といってもいいだろう。
「熱いぞ。気をつけろアーウィア」
「うっス。気をつけろお嬢」
ボダイが麦を盛った木皿にニンジャが汁をかけ、受け取ったアーウィアが木匙を突っ込み、ユートが運んでいく。流れ作業だ。ひっくり返すと危ないので、エルフはお座りして待機である。
「腹に溜まらんのだ。いや、食べられるだけマシか」
「ヘグンたちが待っています。はやく済ませて麦を持っていきましょう」
お貴族様の贅沢発言をボダイが軽く流す。雑炊をすする姿が妙に似合う男だ。
食事をしながら、ここまでの情報を取り纏めることにする。
「ルー、窯元の周りに耳は見付かったか?」
「それがね、やっぱりなかったの。いっぱいあったはずなのに」
「……どういう会話をしてんスか?」
頭からサイドミラーを生やした司教が変な顔をしている。ニンジャ手製の羽根冠はお気に召していただけたようだ。被っているのを忘れているだけかもしれんが。
「皆は気付いていないか? 小鬼の死骸が少ないような気がする」
「ふむ、数えておらんから知らないのだ」
ユートは勢いよく雑炊を食らう。熱くないのだろうか。
「言われてみると、そのような印象はあります。あれだけ戦っていれば、屍が山となっていても不思議ではありません」
小鬼の耳を切るのは後続部隊の仕事だったので、俺たちはあまり死骸を気にしていなかった。しかし、折につけ何とはなしに感じていたことだ。ルーは疑問に思っていたようだが、頭がどうかしているので上手く伝えられなかったのだ。
「俺たちは倒した敵の死骸など、その場に打ち捨てていった。習い性だ。迷宮だと放っておけば勝手に消えるからな。だが、ここは迷宮の外だ。放置された肉が腐って大変なことになるはずだ」
「そんな光景みてねーっスな」
食事時にする話ではないが構うまい。この程度で気分を害するほど繊細なやつは一人もいないのだ。すでに食い終わったエルフが、タイミングを見計らっておかわりを言い出そうと待機しているくらいだ。ヘンリクに連れてこられてすぐに、二杯食わせたと聞いている。三杯食ってようやく遠慮の真似事をおぼえたらしい。
「死骸は転がってねえ、俺たちも始末してねえ。あとは小鬼しかいねえな」
俺たちに付き合って雑炊をすすっているヘンリクが総括した。
「おそらく小鬼たちは、持ち去った仲間の屍を食らっている。探せば食い残しが見つかるはずだ」
状況からの推測だが、ほぼ間違いなかろう。迷宮の食屍鬼とコンセプトが被っている連中だ。
「墓を立てるのに持ってったかもしれんス」
雑炊をふーふーしながら車体が合いの手を入れてきた。
「いや、そう考えると納得できることがある。小鬼闘士についてだ。おそらく奴らはレベルアップした個体だ」
もしかしたら転職もしているかもしれない。だが、その場合もレベルアップが先だろう。すべての小鬼が闘士になっているわけではないのだ。レベルアップによる能力値の上昇なりが必要だと考えられる。
「ほぅ、なるほど。そう繋げるんスね」
木匙を噛んで、アーウィアが不敵に笑った。対局が白熱してきた悪の将棋指しみたいな顔だ。主人公の棋力を認め始めたのだろう。
「そういうのはいらんのだ。難しいことはわからん。結論だけ言うのだ」
「ユート……もう少し、考えてみませんか……?」
ボダイは困ったような顔をしながらルーのおかわりを作っている。
考えるのが嫌いなユートだ。経営者目線である。いちいち細かいデータを突き回すのは仕事ではない。最終的な判断に関わる情報だけ欲しいのだ。もしくは極まった脳筋である。おそらく両方だ。
仕方ない、俺の見立てをさらりと話すことにしよう。
こんな貧しい地に湧いた小鬼の群れである。食糧の調達にも難儀している様子だった。おまけに冒険者という外敵までいる。だが、期せずして奴らは肉を得た。冒険者たちに殺された仲間の死体だ。痩せて小柄な小鬼とはいえ、奴らにとってはご馳走だろう。群れに被害は出たが、代わりに食糧となったのだ。
おそらく最初の犠牲は、冒険者が討ちもらした手負いの小鬼。そこに一匹の腹を空かせた個体がやってきた。この前食った仲間の肉は美味かった。この死にかけも美味そうだ。持っていた石を叩きつけ、肉の塊にして食ったのだ。『小鬼Aは小鬼Bをやっつけた。経験値を手に入れた』という流れである。
「見てきたような語り口っス。ニンジャ絶好調っスね」
「ええ、ええ、とてもわかりやすいお話でした。そうですよねユート?」
ボダイが駄々っ子をあやす母親みたいになっている。
「ねえ、ちょっと食べすぎかしら。残りはユートにあげるわね」
「だからどうだという話なのだ。カナタの想像ではないか」
エルフの残飯をお綺麗な顔が食っている。思わず懐に手が伸びたニンジャである。いかん、うっかりユートから経験値を得るところだった。
「ともかく、奴らは仲間の死骸を食う。そして共食いによってレベルアップする。以上が俺の推測だ。いくつか打てる手が考えられる。近い内にギルド会議を招集して方針を決める」
代官が残飯を食い終わったので話はここまでだ。続きは次回としよう。
「「「ゴザル、ゴザール!」」」「レンジャー!」
麦の袋を抱えて夜道を歩く。共連れはルーとアーウィアに猟兵が一名だ。前方に浮かべた光明の魔法を先頭に、百鬼夜行のごとき一行である。
残業代を出したくないのでヘンリクは帰らせた。ルーを送って麦を届けがてら、声を揃えて火の用心みたいな感じで夜回りである。
「軽いのはいいんスけど、かさばってしょうがねーっス」
「しばらくは辛抱だな。宿の女将が調理器を開発中だ。完成すれば膨らんでいない状態で持ち運べる」
「レンジャー!」
手軽に食べられるニンジャ式膨張麦だが、運搬の面では問題があるのだ。現地で膨らませるための道具を女将と共同開発中である。小型化に向けて、もう一工夫が必要なのだ。
「ござーる! この辺りはもう小鬼もほとんどいないのかしら?」
「そんなことはない。そこにいるぞ」
懐から取り出した手裏剣を藪に投げ込む。鈍い音がして茂みが揺れた。返り血を浴びた小鬼が二体飛び出し、泡を食って逃げていった。
「「「ゴザル、ゴザール!」」」「レンジャー!」
遠ざかる小鬼の背中に怪人ゴザールの遠吠えを投げかける。せいぜい恐怖するがいい。ゴザールの姿を見た者には無慈悲な死が待っているのだ。合わせる気のないやつが一名いるが、ゴザールの手下という設定にでもするか。
「で、死体はどうするんスか? 埋めます?」
「これまでと同じだな。小鬼たちにくれてやろう」
その辺りの対応をどうするかは、ギルドの方針会議までお預けだ。
「耳はどうするの? 埋めるの?」
ここでの耳は買い取り部位の意味だ。後半はただの雑音である。
「えーと、丸坊主二号? 削いで良し!」
「レンジャー! 丸坊主三号です、削ぎます! レンジャー!」
藪をかき分け、小鬼の骸から手裏剣を回収。うむ、やはり飛び道具は便利だ。もう少し作ってニコのやつにも使わせてみよう。持ち運びの問題はあるが、まずはあのノーコンにどこまで職業補正が入るか気になる。
「おや、カナタさん見てください。ヒゲが突っ立ってるっス」
「ああ、ルーを帰すのが遅くなったからな。悪いことをした」
「ご苦労なことっス。いちいち心配しすぎなんスよ」
「――そうだな」
遠く窯元の入り口に、屋内の明かりを背負って逆光に浮かび上がる男がいた。
ヘグンである。腕組みなどをして直立不動。帰りの遅い仲間を待っている。
最近どこかで見たような絵面である。