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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
異世界 2.0a
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怪人伝説


「それでは二人とも、後を頼む」

「ええ、お気をつけて」

「無理は禁物なのだ。深追いはするでないぞ」


 戻ってきたボダイに引き継ぎを済ませ、準備万端。心置きなく出発である。

 いや、まだか。何やら憮然とした顔のアーウィアが手招きをしている。


 近寄っていくと、人差し指と小指を立てて見せてきた。

 俺は首を振る。一度合掌のポーズをしてから両手を離し、右手を水平に振った。

 対するアーウィアは右の手のひらに左手を重ねてぽむぽむ叩いてみせる。



「――何をやっているのだ。気味が悪いぞ」


 ユートが眉根を寄せ、眩しいものでも見るように目を細めている。メガネを忘れてきた人みたいな顔だ。怪訝そうな表情である。河童でも目撃したのだろうか。


「せめて『兎足』(ラビッツ・フット)の魔法を受けていけと言ってたんス」

 アーウィアが指を二本立てて振ってみせる。俺が考案した、うさぎのハンドサインだ。狐とかヘビメタの人ではない。


「効果が切れてしまうからいいと言っているのだがな……」

 シンバルを叩く猿みたいな動作で返す俺。


「ねんのためっス」

 偉い人が拍手するようなポーズで鼻を鳴らすアーウィア。



「……口で言うのだ」

 ユートは酷く疲れた顔で眉間を揉んでいた。

 仕方なかろう。アーウィアがふてくされて口をきいてくれんのだ。




 結局、大司教様より幸運の加護を授けられての出発となった。

 どうせ移動中に効果が切れてしまうのだ。『魔弾』(マジック・ミサイル)の一発でも使えるように回数を残しておいて欲しいのだが。心配性なことだ。



 さて、現在地である。

 この丘陵地帯は、地形に合わせてざっくり三層に分かれている。天然の段々畑みたいな感じだ。さっきまでいた鍛冶場はオズローからまっすぐ北の二層目だ。西に行くと窯元、東に木工職人の工房がある。


「森に行った後は東回りで戻るか」

 木工房の裏手は急斜面になっている。三層目に上がれる道はなく、むろん下りてくる道もない。そういった地形的な守りを考慮して、あまり戦力は置かないことにしている。現在はニコのちびっ子小隊に任せきりだ。帰りがけに御用聞きとして顔を出すとしよう。少々の崖など、ニンジャであれば逆落としに下って近道できるだろう。


 日暮れまであまり時間がない。行程も決まったことだし、さっさと用事を済ませよう。残業代など出ないのだ。



 探知スキルで周囲を警戒しつつ先を急ぐ。

 長い年月、職人たちに踏み固められてできた道だ。まばらに生える木々の合間を縫い、急勾配を避けて幾度も折れ曲がる。


 丘を斜めに抜ける坂道を駆け上がって三層目、細工職人の工房が見えた。ここはちびっこ小隊による急襲・制圧後、職人たちの仕事道具だけ持ち出して放棄している。あまり何か所も拠点を設けると戦力が分散してしまうのだ。ここに用はない。


 工房を横目に北を目指す。

 遠くそびえるオズロー山脈。白く雪のベールを被った峰々の、裾野を埋める大樹林。その入り口が姿を見せた。





「……失敗した。アーウィアを連れてくればよかった」


 森に入ってすぐに後悔した。木の幹を這い回っている気持ち悪い虫がいたのだ。足がいっぱいあるタイプの輩だ。長屋にもたまに出るが、いつもは同居人が始末してくれる。そのせいか未だに慣れない。ニンジャの天敵だ。


「見れば見るほど気持ち悪いな……」


 怖気を震うフォルムだ。自分から積極的に気持ち悪くなっているとしか思えない。サイズ感もよろしくない。ひと目で全身が目に入り、なおかつ絶妙に重量を感じさせる程度には大きい。細部がわからないくらい小さいか、逆に迷宮の蟻くらい大きければまだマシだ。


 そんなに嫌なら見るなという話だ。よからぬ虫のいる木を離れ、薄暗い森の奥へと足を向ける。羊歯(シダ)のような下生えが生い茂り、わずかな獣道があるのみだ。



 ニンジャは森を自在に駆ける。樹幹を蹴って飛び上がり、伸び散らかした枝に手をかけ、(ましら)の如き身のこなしで大樹林を進む。高い敏捷値と探知スキルの為せる技だ。


 小鬼たちの住処がある場所を偵察隊のヘンリクからよく聞いておくべきだった。同じ場所にいるとは限らんが、こう当てもなく捜索しているとキリがない。

 ――いや、探知スキルに反応あり。敵がいる方へ向かおう。




 行く手にあったのは小鬼五匹のちいさな群れ。そのうち二匹は一回り大きい。さすが小鬼の本場、小鬼闘士(ゴブリン・ファイター)が普通に出てくる。

 ちょうどいい、このまま飛び込むとしよう。



「ゴッザァァールゥッ!」


 奇襲成功! 小鬼集団の中に黒いやつが転がり込み、雄叫びを上げて小鬼を血祭りにあげる。その姿はまさにポン刀を持った頭のおかしい男、もといニンジャだ! すなわち俺である。


「ゴザァル! ゴザルッ!」


 太刀を浴びせた相手に執拗な追撃を加えるゴザルの人、すなわち俺。斬られた小鬼が血飛沫を撒き散らす。残忍非道、悪虐の限りを尽くすニンジャだ! 頭のネジが外れている!


「ゴザル、ゴザル……」


 だんだんテンションの落ちてきたニンジャが次の獲物に斬りかかる。思わず立ちすくむ小鬼闘士に向けて三連撃。血煙の向こうで、もう一体が背中を見せる。


「ゴザール」


 懐から手裏剣を取り出して投擲。逃げ出そうとした敵の背を凶器が穿つ。小鬼闘士の身体が投げ出されるように前方へ転がった。一呼吸おいて首が飛ぶ。致命の一撃(クリティカル・ヒット)が出たようだ。




「――ふぅ、こんなものか」

 手裏剣を回収して血を振り落としつつ周囲を見回す。残る二体の小鬼はちゃんと逃げてくれたようだ。うまく小鬼たちに噂が広がることを祈るばかりだ。


 言うまでもなく、これは演技だ。小鬼たちに恐怖を伝染させるための策である。奴らが街に近づかないよう恐怖を教え込む必要がある。そして学習にはわかりやすいイメージが大切だ。そこで編み出したのが『怪人ゴザール』の伝説である。この手の怪談は拡散力が高いのだ。


「しかし、誰もいないところで演技をするのはキツイな……」

 終わった後に言い訳をする相手がいないのだ。馬鹿なことをしても馬鹿のまま終わってしまう。いたたまれない気持ちだ。精神衛生上よろしくない。


 想像以上のハードワークだ。さっさと終わらせて帰ろう。もう二、三回やれば、今日のところは引き上げてもいいだろう。


 次の犠牲者を求めて、怪人ゴザールはふらふらと森を彷徨う。





 心のすり減るような一人芝居を終え、森を抜け出した。


 黄金色の西日が差している。鬱蒼とした森に馴染んだ目には眩い。

 大きく息を吸い、澱のような感情をのせて吐き出す。


 ――嗚呼、疲れた。


 結局、ゴザールの出番は三公演だけだった。森は見通しが悪く、探知スキルをもってしても敵を発見するのは一苦労だ。まだまだマイナー怪人である。俺一人では大変だ。見込みのあるやつがいたら、ゴザールを暖簾分けしたいところだ。みんなで作り上げる怪人ゴザールである。



 当初の予定通り、遠回りして道なりに東へ向かう。

 この辺りに小鬼の気配はないようだ。しばらく進むと一軒の工房があった。えらくボロボロだ。


「廃屋……ではないな」


 小鬼に手酷く荒らされたのだろう。ここまでの道はしっかり残っている。職人たちが毎日通っていた証拠だ。興味を惹かれたので覗き込んでみる。

 室内も荒らされ放題だが、落ちていた革紐を見て思い当たった。革職人の工房だったか。作戦とは関係ないので忘れていた。


 そういえば、小鬼君主(ゴブリン・ロード)は毛皮を羽織っていたという。おそらくここで手に入れたのだろう。散々遊び散らかして、飽きたらそのまま出ていったのか。革職人たちには気の毒な話である。



 納得がいったのでボロ小屋を出る。

 さて、そろそろ木工房か、と崖下を覗いてみる。


 工房はあった。

 そして、酷く痛々しい光景が広がっていた。


 見慣れたおかっぱ頭と子供服。しゃがみこんで地面を小枝で突いているニコの姿だ。周囲の人間と打ち解けられず、遊び相手もいないのだろう。

 なんと寂しいやつだ。


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