一里塚
「レンジャー! 物資の搬入はこちらだ、レンジャー!」
後方より設営部隊が到着したようだ。陣地構築に必要な物資が続々と運び込まれている。
「おぅ、やっと荷物を下ろせるぜ」
「任務ご苦労! レンジャー!」
「……なんで大声出してんだ、コイツら」
「いいからさっさと運びなさいよ。重いんだから」
藁束を満載した背負子を担いだ男や、ズタ袋を抱えた長衣の女。迷宮産の木箱を肩にのせた戦士風の男などがやってきた。ギルドの前衛派閥代表、毛皮のザウランが率いる部隊だ。天秤棒を担いだご本人の姿もある。
「水はこっちだザウラン。そこのデカい瓶に移してくれ」
「人使いが荒いニンジャだな、少し休ませてくれ」
「無理だったらヘグンに頼むが」
「ぬぅ! 無理だとは言っていないッ!」
額の汗を拭いつつ、この場にいない相手へ対抗心を燃やすザウランだ。じつに扱いやすい。取説の薄い家電みたいな男だ。直感的な操作が売りである。意味のわからんアイコンも並んでいない。
「カナタさん、矢が届いたっス。あとは矢じりを付けるだけっス」
スイカ泥棒みたいな格好で矢束を抱えたアーウィアが走ってくる。
「親方に伝えてくれ。手の空いている奴にも手伝わせる」
「うっス」
矢の生産については、部品の状態で流通させ現地で組み立てる方式だ。素人細工になるが時間がないので仕方ない。ここで作った矢じりも各拠点へと分配される。在庫管理やら生産管理などは諦め気味である。実効性のない管理システムなど悪影響しか生まないだろう。作れるだけ作って適当に送り付けるのだ。
「やはり馬を荷運びに使ったほうがいいのではないか?」
偉そうなやつが何か言っている。皆が忙しく働いているのに腕を組んで見ているだけのユートお嬢様だ。さすが支配者層である。
「――小鬼に襲われるかもしれん。暴れ馬になって崖から落ちたらどうする。こんなところで馬を失う危険は冒せん」
藁束をほぐして寝床をこしらえているニンジャだ。慣れたものである。
今回のプロジェクトは予算規模が小さいのだ。手間のかかる割に儲けの少ない仕事である。得られるのは将来的に被る損害の回避だ。具体的には、工房が自由に使えるようになるのと豚に食わせるドングリが手に入るくらいだ。高級車を壊してしまっては採算が合わない。
「しかし馬を遊ばせておくのも、もったいないではないか」
「だったら馬を売った方がマシだな。食糧の買い付けと街の防衛強化にカネを回すことができる。相応の見返りが確保できる選択だ」
「むぅ、そういうものか……?」
打てば響く感じのアーウィアと違って煮え切らないユートだ。民草の上に立つ者であるが故だろう。自分が判断を誤ったとき、苦しむのは領民なのだ。
しかし、すでにこの案件は炎上しかかっている。泥縄になる前に中間目標を明確化したいところだ。マイルストーンというやつである。
「いいか、俺たちの目的は小鬼を一匹残らず殺すことではない」
「いきなり何を言うのだ」
「やきがまわったんスか。そんな弱気なこというニンジャ見たくねーっス」
ザウランの部隊が去り、車座になって矢を作っている一同だ。矢柄に矢じりを差し込んで紐を巻き縛る。内職である。
「――そうではない。よく考えろ。俺たちが欲しいのは土地だ。小鬼の耳などではない」
「私の家の領地なのだ。小鬼どもをのさばらせておくわけにはいかん」
「たしかに耳はいらんス。あー、お嬢、紐が緩んでるっスよ」
お綺麗な顔のやつがアーウィアにダメ出しをされている。不器用なユートだ。武器は冒険者が命を預ける大事な物。検品は万全である。
「小鬼どもが近所に住み着いて襲ってくるのが問題なんだ。森の奥で勝手に生活している分には、わざわざ我々が出向く必要はない」
「むぅ、現に襲ってきているではないか」
「そっスな。それができないから奴らの頭を割ってるんスよ。言葉が通じないなら殴って言うこときかせるしかねーっス」
アーウィアは手元も見ずにくりくりと紐を巻いていく。熟練者のごとき危なげない手付きだ。何かと小器用な司教である。
「半分は正しい。奴らは敵意を持ってこちらを襲ってくる。これが迷宮なら倒すしかあるまい。迷宮の魔物たちは引くことを知らんからな」
「まぁそっスな。ちょっと脅かせば小鬼は逃げるっス」
ニンジャの手付きは普通である。誰にでもできる簡単な軽作業だ。勤務地は物流倉庫とかであろう。お中元やお歳暮の時期は大忙しだと聞く。
「ようするに脅しが足りんのだろう。だから、ちょっと行ってくる」
「どこへだ?」
「森へ」
「誰がだ?」
「俺が」
「何しに?」
小鬼さんたちに、恐怖という感情を植え付けるのだ。
久しぶりに『アイテム欄』の整理などしつつ、ボダイが帰ってくるのを待つ。
遠足前にリュックの中身を確認している子みたいな感じだ。これも醍醐味である。『財布があれば大丈夫だろう』みたいな怠惰な大人になってはいけない。
「あぶねーっスよ! わたしがついてってあげますって!」
「いや、心配ない。アーウィアは留守を頼む」
過保護なお母さんと化したアーウィアだ。はじめてのおつかいに挑むニンジャを前に、とても心配しているご様子だ。
「森の中なんて、なにがいるかわかったもんじゃねーっス! ここはへっぽこ小隊の出番ですって!」
「気を付けるから大丈夫」
やはり手裏剣はアイテム欄に入れた方がいいな。トゲトゲしてるから危ない。身に付けるならホルスターのような物が必要だろう。ムラサマは腰に吊っとくか。
「大丈夫じゃねーっス! そういう油断が命取りになるんスよ!」
「ちゃんとお土産持って帰るから」
懐から邪魔になった竹馬を取り出す。せっかく持ってきたのに使い所がなかったな。まさか丸太橋が架けなおされているとは予想外だった。まぁ、あんな浅瀬では橋があってもなくても防衛上大差ないから当然か。
「むぅ……それは――」
「ニンジャの特技だ」
「そう、か……」
適当に誤魔化しておく。少々のことは『ニンジャだから』で何とかなるらしい。こいつらはニンジャを何だと思っているのだろう。
ユートは困り眉になって首をくねくねしている。本心では納得していないようだ。買ったつもりのハムを買っていなかった人みたいな姿である。誤魔化せているか微妙なラインだ。
「ボダイの帰りが遅いな。出発できんではないか」
「きっと神様が行くなって言ってんスよ! やめときましょう!」
俺の知っている神様は言っていないと思う。ここの守備戦力に穴を開けるわけにもいかんのでボダイ待ちである。連絡手段がないというのは不便なものだ。手旗信号だけでなく狼煙の準備をしておくべきだった。しばらく前に後続部隊が向かっていたので、そろそろだとは思うのだが。
「レンジャー! 遠方に丸坊主小隊、帰還してきます! レンジャー!」
いきなり屋根の上で大声を張り上げるやつがいたので少々驚く。見張りの猟兵がいたのを忘れていた。
「よし、いよいよ出発だな」
「よくねーっス! あれはたぶん知らない人っス! 坊主がもどったら起こすんで、カナタさんはちょっと昼寝でもしててください!」
苦しい言い訳だ。この状況下で知らない人がやってくる方が怖いではないか。心配してくれるのはありがたいが、ここまで大仰にされるとウケ狙いの疑惑が湧いてくる。
いや、アーウィアはそんな不謹慎な娘ではない。おそらく、自分のテンションに持っていかれて、心配するのが楽しくなっているだけなのだ。