ニンジャ・クロス
「くらえ、おらァァーッ!」
司教が横薙ぎに戦棍を振り切った。
腰の入ったいいスイングだ。小鬼の頭部を鈍器が打ち据え、ぐしゃりと砕く。熟しすぎた果実が落ちて弾けたような有様だ。見るに堪えない。
「――惨たらしい光景だ……」
「むぅ、私が止めを刺したかったのだ」
ユートと二人で小鬼を足止めをしている間の出来事である。
非常にショッキングな映像を目の当たりにした弱い方の小鬼たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「やっぱ、囲めばイチコロっスね」
「少々手強いとはいえ、所詮は小鬼だからな」
背後から小鬼を一撃でコロったアーウィアと共にバリケードを乗り越え、工房の中へお邪魔する。室内は人でごった返していた。
騒々しく槌を振るう鍛冶職人たち。くたびれた顔で座り込む猟兵。坊主。怯えた目でアーウィアを見る冒険者。様々である。
「ちびっ子小隊がいないっスね!」
「後続が到着したので、木工職人のところへ増員に出したのだ!」
「ああ、確かに第一目標が手薄になっていたな!」
職人たちが金床をガンガン叩いている中での会話だ。大声を出さねば聞こえない。耳にも喉にも悪い環境である。丸坊主小隊の隊長が近寄ってきたので、場所を表に移すことにした。
「というわけで、ボダイは第三目標へ向かってくれ」
「わかりました。であれば後続部隊も連れていきましょう。それに補給物資も必要ですね」
「うむ、矢の回収を急がせている。持っていくのだ」
「っていうか、あの小鬼は何なんスか」
四人で膨らんだ麦をサクサクと食らいつつ作戦会議を開く。
激しい運動をした後の低血糖予防である。平穏な食卓だ。エルフとドワーフがいないので醜い争いが起こることもない。
「さっぱりわからんのだ。だが小鬼には違いないだろうさ」
ほとんど何も考えていないユートが、もそもそと麦を食っている。恐ろしく内容の薄い発言である。
「呼び名がないと不便だな。アーウィア」
「うっス。では、小鬼闘士で」
返答が早い。おそらく大事に温めていたネタであろう。自信あり気に胸を張り、鼻をふすふすしている。命名大好きっ子である。ちょっと鼻炎っぽいので心配だ。
「その小鬼闘士ですが、ここへ来る途中の後続部隊が襲われたそうです」
ボダイは俺たちの命名ごっこに律儀に付き合ってくれる。やはり呼び名があると楽だ。アーウィアもご満悦である。
「運んでいた荷の一部を奪われたそうなのだ。それ以外の被害は軽微とのことだ」
「冒険者のくせに、みっともねー連中っスな」
山賊か熊にでも襲われたような感じである。冒険者と言うより登山客みたいな奴らだ。今からでも登山家ギルドに変更すべきだろうか。
「――ふむ、それで呼び込んでしまったか。小鬼どもが味を占めたな」
先ほどの小鬼どもを思い出す。やけに執拗に襲撃してくるのが不思議ではあった。きっと冒険者から奪った荷の中にいい物でもあったのだろう。
最初に小鬼を目撃した職人もパンを投げて逃げたという話だ。熊などの場合、人間の食べ物の味を覚えさせると危険だという。興味を持って人里に下りてくるようになるのだ。更に危険なのは、人間の肉の味を覚えた熊である。
「まぁ済んだ話をしても仕方ねーっス。さっさと準備して坊主を出発させましょう。はらぺこ二号が待ってるっス」
「そうだな。俺たちも手伝うとしようか。矢でも拾いに行こう」
工房の周囲には点々と射損じた矢が転がっていた。ニンジャと司教も後続部隊に混ざって矢を拾う。たまに小鬼の死骸から耳を削いでいる奴もいた。落ちている矢の本数に比べて、奴らの骸が少ない気がする。やはり新米猟兵の腕ではこんなものだろうか。
「カナタ殿、出発の準備が整いました」
戦闘態勢の丸坊主小隊と、物資を背負った後続部隊が集まっている。
「よし、では諸君らは第三目標の窯元へ行ってくれ。負傷兵の治療を済ませた後は待機。現地部隊の後続が到着次第こちらへ帰還するように」
「はい」「「レンジャー!」」
「移動中の戦闘は極力回避するように。次回の補給は未定だ、矢を温存しろ」
「はい」「「レンジャー!」」
「襲撃の際は猟兵と盾持ちで投石に対処。それ以外の前衛は小鬼闘士を警戒。むやみに走り回るな。小鬼闘士は囲んでしまえば何とかなる。なにか質問は?」
「いえ」「わかった」「ないな」「大丈夫だ」「理解した」「うむ」「「レンジャー!」」
「返事は統一しろ。それではご安全に!」
「「「「「「ご安全に!」」」」」」「「レンジャー!!」」
丸坊主小隊を送り出して暇ができた。有閑マダムである。習い事を始めるにはいい機会だ。おそらくホットヨガとか手作りキャンドル教室辺りだろう。自分磨きというやつである。いずれアーウィアにもピアノとかそろばんを習わせようかと考えている。なにか特技でもあれば芯の強い子に育つはずだ。
「カナタさん、なにやってんスか」
「うむ、趣味の工作だ」
鍛冶職人の一人と工房の隅っこをお借りしているニンジャである。土間に腰を下ろし、試作品を確認しているところだ。
「親方、これと同じものを四枚頼む」
「わかった。道具は好きに使っていいが壊さんでくれよ」
親方はのしのしと炉の方へ戻っていった。温厚なドワーフの鍛冶職人である。入れ替わりにやってきたアーウィアが興味深げに手元を覗き込んでくる。ヤンキーみたいな座り方をする小娘だ。カツアゲをされている気分である。
「また新しい玩具っスか? そんなことやってる場合じゃねーっス。状況考えましょうよ」
「――玩具ではない。これはニンジャの武器だ」
菱形を十字に組み合わせた形の鉄板だ。砥石でゴリゴリと削って刃付けをしている最中である。
「ほぅ、ニンジャ・ブレード……ニンジャ・クロス……」
「『手裏剣』という名だ」
変な名前を付けられそうだったので早口で割り込んでおく。
「聞いたことねーっス。っていうか、そんなあっちこっち尖らせたらあぶねーっスよ。持つところがなくなるっス」
「ああ、心配ない。これは投げて使うものだ」
ニンジャといえば手裏剣である。ということは、当然俺にも装備できるはずではないか。できなかったらクレームものだ。訴訟も辞さない構えである。
「ほほぅ。ちょっとそれ投げてみていいっスか?」
「待て待て、まだ完成していない。もう一枚あるから削ってろ」
「うっス。砥石もってくるっス」
工房の隅っこで仲良く鉄板を削るへっぽこ小隊である。
猟兵たちは迷宮産ではない弓を使えているのだ。きっと手作りの手裏剣でも問題なかろう。ただし品質には期待できない。この鉄板はこの前ボダイが駄目にした鍋である。無理に直そうとして何度も小突き回したせいで穴が空き、再起不能になったのをユートから頂戴した。親方が焼いて叩き伸ばし、鏨を打って切り出してくれたのだ。仕上げは我ら素人である。完成しても手裏剣-3とかであろう。だが、小鬼相手なら十分だ。
「うっし、ど真ん中! 三点っス!」
司教の放った手裏剣が的を穿つ。
「こちらは二点だ」
「ふはっ! 勝利っス!」
小鬼の襲撃がないので、完成した手裏剣のテストである。破られた窓板を拾ってきて的を作った。中心の円が三点で、離れるごとに点数が下がる。ハンデとしてアーウィアは的から五歩、俺は十歩の距離だ。
「なかなか筋がいいではないか。お前も一枚持っておくか?」
「いえ、いらんス。とっさに出せそうにないんで」
「懐に仕舞えばよかろう」
「あぶねーっスよ。転んだら死ぬっス」
キャッキャしながら的当てゲームに興じる二人である。ダーツバーか何かだろう。ニンジャが本気で投げると的を破壊したり首を刎ねたりしそうなので接待プレイだ。窓板に首があるのか知らんが、そんな気がするのだ。
「二人とも、いつまで遊んでいるのだ。少し早いが食事にするぞ」
お母さんが呼びに来たので一時中断である。