レンジャー
「アゴヒゲ小隊! 小鬼どもだ、蹴散らせッ!」
「「オッス、レンジャー!」」
むくつけき男たちが野太い声を張り上げる。
我らが冒険者ギルドの誇る精鋭、猟兵だ。その隊名に反してヒゲは少数派である。
「小屋ン中は任せろォ! お前らは逃げるヤツをやれッ!」
「「レンジャー!」」
ヘグンは工房の扉を蹴破って突入。屋内にいた小鬼たちに切りかかる。袈裟懸けに一体、剣を返してもう一体の脇腹を切り裂く。いち早く反応した数体が裏口から逃げ出すのが見えた。あれは猟兵どもに譲ってやろう。俺たちは屋内を掃除せねばならん。
窓が閉ざされているので工房の中は薄暗い。部屋の隅にわだかまる闇から、小柄な人影が飛び出した。手にした薪を振りかぶる小鬼の姿だ。
「悪いが見えているぞ」
ひと声かけて刀を振るう。敵がのろまなので四連撃まで入った。奇襲のつもりならお粗末なものだ。我らは迷宮の闇に慣れた冒険者だ。この程度の暗がりなど真昼のようなものである。
「やはり暗くて狭いところを好むのか?」
所詮は虫から進化した生物だ。粘着罠でも仕掛けてやろうか。
「おう、こっちも片付いたぜ。っと、ひでェな……」
アゴヒゲ小隊長がやってきて奇妙な顔を床に向けている。つられて足元を見ると、バラバラになった木片と小鬼っぽい何かが転がっていた。サイコロ状である。色々とよろしくない物がはみ出している。調子に乗ったニンジャがはしゃいだ結果だ。なにが四連撃か。
「レンジャー! 小鬼の掃討を完了、うぉッ!?」
「レンジャー! うげぇッ!?」
猟兵たちが逃げた小鬼を倒して戻ってきた。彼らにも惨殺現場を目撃されてしまった。間の悪いミステリ小説の犯人みたいな感じだ。そして俺の手には刃物がある。かくなる上は、という状況だろうか。
「予定通り、アゴヒゲ三号はここに残れ。周囲を警戒しろ。耳の処理は後続に任せるように。俺たちは丸坊主小隊と合流する」
「オッス、レンジャー!」
うちの身内を隊長に据え、猟兵二人を加えたのが小隊の基本構成だ。彼らが所属しているパーティーの連中を後続部隊としている。人数の都合上、余り物のニンジャはこの小隊に編入された。
「後続と一緒に職人たちもやってくる手はずだ。小さくて痩せてる奴がいても射るんじゃないぞ。遠目だとノームと小鬼は見間違う恐れがある」
「レンジャー!」
木工職人の工房を奪還したアゴヒゲ小隊は、次の目的地へと向かう。鍛冶職人の工房だ。この二箇所は何としても押さえねばならない。矢の消費が馬鹿にならないのだ。増産が急務である。生産施設を取り戻さねばならん。
(なぁ兄さん、あの掛け声やめさせねェか? うるさくて敵わねェ)
(いや、あれにもちゃんと理由がある)
(だがよ、小鬼にも丸聞こえだぜ?)
まだ彼らは猟兵としてはひよっこである。失敗もあるだろう。それをきっかけに暗示が解けてしまうかもしれない。思い込みの力だけで、猟兵という職業になった連中である。ああやって連呼させておけば自己暗示になるだろうという考えだ。
「――敵の反応があるな。左前方の茂みだ。アゴヒゲ二号、見えるか?」
「レンジャー! えー、見えます! 小鬼が少数、レンジャー!」
「よし、俺が先行して囮になる。後手に合図をしたら射掛けてやれ」
「オッス、レンジャー!」
猟兵化計画は上手くいった。まだまだ本職には及ばないが弓も扱えている。狙いこそ甘いが、小鬼の投石とは射程も威力も段違いだ。矢の損耗にさえ目をつむれば、屋外戦では敵なしと言っても過言ではなかろう。被検体として斥候たちを集めたので、敵探知スキルも活用できている。
ふらふらと無警戒を装ってニンジャは前進する。距離を詰めて合図。鋭く空を切った矢が灌木の茂みを貫く。汚い悲鳴を上げながら小鬼が転がり出てきた。肩に矢を受けている。
「やはり便利なものだな、飛び道具というものは」
小鬼は三体隠れていた。無謀にも石を投げながら向かってくる奴がいる。こちらも間合いを縮めつつ投石を回避。一閃、致命の一撃。小鬼の首を刎ねた。矢を受けて手負いの奴も一息に首を落とす。
もう一体を探すと、一目散に丘を駆け上っていくところだ。走って追いつくのは難しいだろう。あとは猟兵の弓に任せよう。
小鬼たちの隠れていた茂みを覗き込む。ドングリだの小枝に刺した虫だのが残されていた。こんなところで餌集めをしていたようだ。
余計なものを見てしまった。そういうのは森の奥深くで勝手にやってくれ。こちらとて、わざわざお前らを狩りたいわけではないのだ。
「レンジャー! 第二目標の工房を確認! 丸坊主小隊が交戦中、ちびっ子小隊とお嬢さま小隊の支援を受けています! レンジャー!」
「ふむ、出遅れたようだな。過剰戦力だ。ちびっ子小隊が来ているということは、細工職人のところも確保できているな。第三目標へ進路を変更しよう。ヘグン、向こうの仲間に合図を送ってくれ」
「構わねェが、なんで俺なンだよ……」
文句を言いながらもヘグンは友軍に向かって大きく手を振る。見張りが気付いた。ヒゲの隊長殿は手旗信号の真似事みたいな姿で合図を送る。この合図を決めたのは俺だが、正直うろ覚えなのだ。
先方からも『了解』の合図が返ってきたようだ。たぶんそうだろう。
「第三目標の窯元を落とせば、少しはまともなメシが食える。行くぞ」
「オッス! レンジャー!」
「やっぱうるせェよ……」
蝙蝠スープの残りを薄めて出すのも限界に近づいている。無意味に欲張って湯を入れすぎたカップスープみたいな味になってきたのだ。180ccだと言われても250ccくらい入れてしまう。わけあって食材などが秘伝のため、あの場所でしか製造できないのだ。いつもは愛想のいい飯屋の娘も、最近は後ろめたそうな顔になってしまった。
この期に及んで魔物を食っているのは、正直どうかと思わないでもない。しかし食糧がほとんど流通していないのだ。悪代官が武器の禁輸を決めたせいで、行商人たちにも不人気な街になってしまったらしい。手に入るものを食うしかないのだ。
「前方に集団を発見! はらぺこ小隊です! レンジャー!」
「ルーのとこだなァ。何やってんだアイツらは」
第三目標へと向かう俺たちの前に、友軍が姿を見せた。どうも様子がおかしい。わたわたと変な動きをしているエルフを先頭に、こちらへと引き返してきている。何かあったのだろうか。
「てったい! 総員てったーい!」
無駄に手をくねくね振り回しながらルーが叫ぶ。やはり変な動きだ。創作ダンスでハニワを表現する人みたいな感じである。技術は拙いがテーマをよく理解している振り付けだ。
「どうしたルー、何があった!」
「あっ、カナタ!」
ハニダンスが慌てて駆け寄ってくる。はらぺこ二号は三号の肩を借りて歩いている。どうやら負傷者が出てしまったようだ。
「たいへんよ! 強い小鬼が出たの!」
「ほう、例の『小鬼君主』か?」
小鬼どもを率いているという噂のボスキャラだ。目撃情報が極めて少ないため、存在が疑問視されていた奴である。
「すっごく素早いの! まだ、アーウィー爆裂小隊が足止めに残ってるわ!」
「――何だと!」
ルーとの会話を放り捨て、俺は走り出した。
アーウィー爆裂小隊の構成員はアーウィア一人である。撤退の殿を司教一人で引き受けたのだ。何をやっているんだアイツは。
「ぐるぁぁーッ!! 勝負せぇやコラァー!」
「ゥゴァァーッ! ゴッヴァァーッ!!」
駆けつけた先では、二匹の獣が睨み合って咆吼を上げていた。
「待たせたなアーウィア!」
鉄火場にニンジャが飛び込む。闖入者の姿を目にし、司教ではない方の獣が一歩下がった。小鬼にしては随分と大柄な奴だ。中鬼くらいはありそうだ。普通の奴がお猿だとしたら、チンパンジーくらいだろうか。
「うっス。はやかったですね」
司教の方の獣は、白い法衣を土や返り血で汚している。激しい戦闘があったのだろう。その割には元気そうで何よりだ。
「強いのかコイツは」
「すばしっけーっス。あと腕を振り回すんで、掴まれないよう気を付けてください。けっこう力があるっス」
「わかった」
アーウィアがこう言うなら、なかなかの強敵であろう。
この司教は、迷宮六層の黒牙狼でさえ一人で叩き殺すのだ。
それもどうかと思う俺である。