ニンジャかく語りき
「では冒険者の職業について、俺の考えを語るとする」
「うっス。表情が硬いっスよカナタさん。肩の力抜いていきましょう」
余計なお世話である。
冒険者組とカタギの衆で席を分け、ニンジャによる独演会の開催だ。
久しぶりに『神の欺瞞』に踏み込むとしようか。
「知っての通り、俺たち冒険者には職業というものがある。ニコ、職業を得るにはどうすればいい?」
「……はい、修練場で申し込みます」
なぜか起立して答えるドワーフ娘だ。ここは学校か。
「ああ、その通りだ。座ってよろしい」
着席したニコの頭をアーウィアがワシワシなでている。褒めて伸ばす教育だろうか。お母さんか飼い主か微妙な線である。
「初めて冒険者になる者や転職をする場合、修練場で手続きをする。いま俺たちがいるこの場所だ。しかし皆気付いているように、もはや修練場ではない。お代官様のお屋敷だ」
「うっス、お嬢ん家っス。衛兵どもの詰め所でもあるっスね」
街の治安を預かる彼らを衛兵ども扱いである。ならず者のような娘だ。
「――はて、我々はいつそれを知ったのでしょうか……」
虚ろに視線を泳がせて、ボダイが自問する。ヘグンが何か答えようとしたが、首を傾げながら口を閉じた。答えられる者はいない。いつの間にかそう認識するようになっていたのだ。
囲んだ卓に、重い沈黙が降り積もる。
ぐびぐびと、司教とエルフが酒を飲む音だけが響いた。
「『神の欺瞞』の影響だな。ユート、修練場にいた職員たちはどうしている?」
「――ふむ、あれらは役人たちなのだ。当家が抱えている者たちだよ。税の徴収などを仕事にしている。迷宮へ入るための通行税を取ったのは本来の務めだね」
偉そうに頬杖をついて答えるお嬢様の頭をルーがなでている。いちいち甘やかすな。今日は参観日か。
「俺たちは彼ら職員に申請し、許可を得ることで職業を変更していた。具体的に何かされたわけではない」
俺がニンジャになったときの記憶はない。おそらく二度と取り戻すことはないだろう。しかしニンジャ二号の転職には立ち会った。書類の提出だけで、ニコは戦士からニンジャへと変身したのだ。修行もしていなければ改造手術も受けていない。冒険者と職員の間で『職業を変更した』という認識があっただけだ。
「仮説その一だ。職業は冒険者自身の認識でしかない」
論をぶち上げたニンジャへ、全員が胡散臭そうに視線を投げる。詐欺師を見るような目だ。まことに遺憾である。
「まァいいだろ。続きを聞かせてくれ兄さん。その一ってことは、その二もあるんだろ? おいルー、そろそろやめろ。ユートが禿げンぜ」
「おもしろそうね! もっとなでるわ!」
街の統治者を捕まえて頭をなで回すエルフである。ユートが助けてほしそうな顔をしている。いちいち構っていると話が進まないので放っておこう。
「――職業を得たとしよう。迷宮で敵と戦いレベルが上がれば強くなる。HPや能力値だけではない。前衛であれば武器を扱う能力、斥候の探知や罠解除、魔法職であれば使える魔法や回数などが勝手に伸びる。個人の知識や経験とは別に、職業によって起こる現象だ」
気持ちよく喋っていたが聴衆の目が虚ろになり始めた。この辺りの話は『神の欺瞞』に触れるようだ。少々システム的な内容に踏み込みすぎたか。さっさと結論を言ってしまおう。
「仮説その二。冒険者の能力は、その本人に職業の力を加えたものだ」
「むぅ、それは当たり前……ではないのか?」
納得のいかない顔で頭をなでられているユートだ。
「わからんでもないっス。同じ人間を二人連れてきて戦士と魔術師にして殴り合わせたら、きっと戦士が勝つっス。考えてみたら変な話っスよ」
話の飲み込みは早いが、暴力で解決しようという姿勢が気になるところだ。断りもなく同一人物が二人登場する展開にも倫理的な危うさを感じる。ついでに言うと、こいつ自身が司教としてはイレギュラーなので話がややこしい。
「ここまでの仮説を合わせると『自身が認識している職業の能力が付与される』ということになる。まぁ実際は、それなりの能力値も求められるだろうが」
アップデート以前からそういった制約はあった。剣も持ち上げられない非力な者が、戦士としての力を得られるとは思えない。
「……それで『猟兵』候補は斥候から集めたのですね」
似非猟兵の第一人者がうむうむと頷いている。
「そして最後。思っているより職業はどうとでもなる。『神の欺瞞』が薄れ始めて以降、俺の職業が何度か変化した。修練場での転職と違って能力値の低下もない」
「そこがわからねェ。兄さんはそれをどうやって知ったンだ? 職業なんて、それこそ自分がそうだと知ってるってだけじゃねェか」
さっきから酒が進んでいない様子のヘグンだ。休肝日だろうか。
「――こうやってだ」
空中を指で弾いてメニュー画面を開く。
「こう、って……何がだ……?」
「カナタさんの悪い癖っス。成長すればおさまると思うんで適当に相手してやってほしいっス」
酷い言われようである。
「そうではない。これは――俺の持っている能力だ」
「……! 『忍術』の奥義ですね、先生!」
「そんな感じだ」
適当に返事をしておこう。弟子の期待が重すぎるのだ。いつの日にか、退っ引きならない事態に追い込まれそうな俺である。
「それで、カナタはどんな職業に変わったの?」
ユートをなでるのに飽きたルーが普通の質問をしてきた。自由である。
「ああ、『プログラマ』とかだな」
ずいぶん久しぶりに口に出した単語である。異世界に来てエルフ相手に発言する機会があるとは思わなかった。なんだか場違いで気恥ずかしい思いだ。
「『ぷろぐらま』」
当のエルフがアホの子みたいな口調で復唱する。こんなのを相手に恥じ入る必要などなかったな。おかげで気が楽になった。
「わたし初耳っス! どんな職業なんです?」
アーウィアが鼻をふすふすいわせながら興奮気味である。
「世の理不尽を請け負う仕事だ。指先だけで大災害を引き起こしたりもできる」
「すげーっス! ニンジャとどっちが強いんスか?」
「僅差でニンジャだな」
「ふはっ! 司教といい勝負ができそうっスね!」
話が脱線してきている。俺しか話の本筋を知っている人間がいないのだ。誰かが軌道修正してくれるのを待っていてはいかん。
「とにかく、職業は自分の認識で自由に変えられる。必要なのは思い込むことだ。そうすれば職業に応じた能力が上がっていく。なにも今までの職業の範疇で考えることはない。猟兵だろうが構わんだろう。こんなもん言ったもの勝ちだ」
プログラマだって通ったのだ。この世界にはパソコンもないのにである。一体、何をする人なのだろうか。
「はぁ……思い込めば何にでも、ですか」
常識人ではあるが堅物ではないボダイは何とか話を飲み込もうとしている。
「さすがに神様とかは難しいだろうがな。いいとこ『自称・神様』くらいに落ち着くだろう」
たまに自分を神様だと思い込んでいるオッサンとかもいる。普通に会社員として働いているが、話を聞くと『いやぁ、実はわたし神様なんですよ』とかしれっと言い出すのだ。地位も名誉も求めない。アパートと会社を往復する日々の中、ただ神様として世の中を見守っているそうだ。ガチ勢である。
「まぁ兄さんの考えはわかったぜ。後は連中がどうなるかだな」
「あれだけ大掛かりなお膳立てをした以上、結果を出してもらわんと困るな」
ヘグンも一応は納得した様子だ。ため息を一つ吐いて、葡萄酒をがぶりと飲む。
「私だって困るのだ。ただでさえ色々と大変な時期に小鬼どもにかかずらわっている暇などないぞ」
ユートにもため息が伝染した。職業云々より、さっさと小鬼を退治して食糧問題に手を付けたいのだろう。そこに付け込んで衛兵用の弓矢を無償貸与していただいた。今回のスポンサー様である。
「わしだって困っておる。窯と粘土が無事であればよいがの」
俺たちの話が一区切りしたのを見て、ノームの爺さんも寄ってきた。この白ナマズみたいな御仁も被災者だ。ギルドの取引先でもあるので、何とかしたいところである。
「ひとまず手は打ったんだ。猟兵たちが仕事をしてくれれば、小鬼など一気呵成に滅ぼせるだろう。今日は酒でも飲もうではないか」
「うっス。お前らも飲め」
きっと明日は忙しくなるだろう。
がんばって小鬼さんの耳をいっぱい集めるのだ。