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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
異世界 2.0a
65/126

恩寵授与の儀


「よくぞ集まってくれた、勇敢なる冒険者たちよ」


 厳かな音楽が奏でられる中、張りのある男の声が発せられた。

 濃藍の衣を身にまとった初老の男だ。整えられた口髭、強い意志を秘めた瞳。歳を感じさせぬ鍛えられた身体付きをしている。



 旧・修練場、現・代官屋敷の一室である。

 威厳に満ちた壮健な初老男に比して、相対する冒険者たちは居心地の悪そうな様子だ。このような場には不慣れな者たちである。


「諸君も知っての通り、我らがオズローの街は脅威に晒されている。北の丘陵に跋扈する小鬼(ゴブリン)どもの襲来だ」


 そう言って男は押し黙り、しばし遠い目をする。


「――これは民の平穏を脅かすものだ。この地を治めるジェベール子爵家は憂慮している。何としても彼奴らを滅ぼさねばならぬのだ。しかし小鬼どもは狡猾である。そこで諸君らに集まってもらった」


 長台詞を言い終えた男が、己の言を噛みしめるように深く頷く。




(アーウィア、次の台詞だ)

(うっス、抜かりはねーっス)


 冒険者たちの背後、男の視線の先に立ったアーウィアが羊皮紙を広げる。次の台詞が書かれたカンペである。



「これより諸君らに『恩寵授与(おんちょうじゅよ)の儀』を執り行う。――窓の外を見よ!」


 男が右手を掲げ指し示した。冒険者たちがそちらへ視線を投げる。カンペ役のアーウィアが素早く身を隠した。


 硝子(ガラス)()まっていない窓は開け放たれており、屋外練習場が見える。

 遠くに、三人の人影がある。頭巾で顔を隠した軽装の者が一人。間合いを開けて二人、鎧兜を纏った長身の者らがいる。両者睨み合う格好だ。



「――始めよッ!」


 初老男の号令で、鐘を叩く音が轟と鳴り響いた。


 鎧姿の二人が剣を抜き、軽装の相手へと襲いかかる。鋭い斬撃。軽戦士は見切ってひらりと身を翻す。そのまま懐に潜り込んで腕を取り、長身の相手を軽々と投げ倒した。

 もう一人の鎧武者が、すかさず剣突を見舞う。軽戦士はそれを跳躍して回避。着地から滑り込むように低い蹴りを放つ。脛を蹴られた重戦士が無様に大地へ転がされた。


「あっという間に倒しちまった……」

「あの身のこなし、只者ではないな……」

「相当な使い手だぜ……」


 観戦していた冒険者たちが口々に感嘆の声をもらす。

 体格に勝る相手の剣を翻弄し、柔よく剛を制す。まるで九郎義経と弁慶が五条の橋で繰り広げた戦いだ。なぜか弁慶が二人いるのでお得感がある。通販番組で買ったらもう一個付いてきたのだろうか。変な形の掃除機とかでよくやっている。



 鎧の二人に勝利した軽戦士が悠々と歩く。地面に置かれていた弓を取り、矢をつがえて引き絞った。遠く狙いの先には、突き立てられた棒の上に据えられた、小さな藁束の的がある。


 冒険者たちは固唾をのんで見守る。

 緊張の瞬間、鐘の音が響く。

 放たれた矢は、狙いを(あやま)たず藁束に突き立った。



「見たか! あの者こそが『猟兵』(レンジャー)! 諸君に与えられる力だ!」

 初老の男は力強くそう宣言した。




 さて、ここまで茶番である。


(うまくいったみたいっスね)

(ああ、練習通りだ)


 さっきから偉そうに喋っている初老の男だが、別に偉い人ではない。ユートの世話係のオッサンである。実家に顔を出した際に、心配した親御さんが使用人を連れて行けと言ったらしい。何でも子どもの頃からユートの身の回りの世話をしていたとか。今回の作戦では、見た目と声が重要なので、無理を言って演者として登壇してもらった。それっぽい奴がそれっぽい感じで喋っていれば、何となく納得してしまうものだ。


 さっきの猟兵役はニコで、鎧の二人はヘグンとユートだ。当然のことながら八百長試合である。距離があるので、ちびっ子ドワーフだとバレずに済んだだろう。鎧コンビの方が大男だと感じていただけたはずだ。


 弓で的を射る演目も、もちろんヤラセである。弓につがえたのは矢ではなく太い紐だ。実際には発射のタイミングでその場に捨てただけだ。先入観なしで遠目に見れば、それっぽく見えただろう。

 的の方にはあらかじめ矢を刺しておいて向こう側の死角に隠し、鐘の音を合図に棒を90度回しただけだ。棒の根本に穴を掘ってルーを仕込んでいる。


 ちなみに鐘の音も、正しくはボダイが鎚鉾(メイス)でデカい鍋を叩いた音である。窓の外で聞き耳を立て、状況を見ながらのアクションだ。生真面目な性格のボダイでなければ務まらなかったであろう。


 あとはオッサンにカンペを出す係のアーウィアと現場監督のニンジャ、アルバイトで雇った名も知らぬBGM担当の吟遊詩人なども仕掛け人だ。




「かの力を求める者たちよ! ジェベール子爵家の名において秘跡を授けよう!」


 盆を捧げ持った老人が現れ、オッサンの元に粛々と歩んでいく。盆の上には酒盃と小皿がある。オッサンは小皿からつまみ上げたものを冒険者たちに見せつけた。黒く細長い、ちいさな種子のような代物だ。


「これこそはジェベール子爵家の秘宝。かの力を宿す希少アイテム『アイゼンの種』である。冒険者よ、これを飲むがいい」


 盆を持った使用人たちがぞろぞろ入室し、冒険者たちの前に並ぶ。

 一人、また一人と、意を決した様子で冒険者たちが種を口に含み、葡萄酒で流し込んでいく。



 何が『アイゼンの種』だ。その正体は、例のニンジャ式膨張麦である。バレないよう、念のため鍋底の煤をまぶして黒く着色してあるだけだ。他に小道具として用意できるものがなかったので苦肉の策である。いくら脳筋揃いの冒険者相手でも、さすがにドングリではバレバレであろう。

 ついでに言うと盆を運んできた老人は窯元のノームの爺さんである。小鬼のせいで工房が使えず暇そうにしていたので連れてきたのだ。



(裏の事情を知ってると馬鹿みたいっスな。この場には馬鹿しかいねーっス)

(そう言うな。みんな頑張っているんだ)


 別に無意味なドッキリ企画を仕掛けたいわけではない。今回は『思い込み』と『説得力』が重要なのだ。この茶番が成功すれば、嘘が真実に変わるはずだ。



「これで諸君らは『アイゼンの種』により猟兵の力を得た! だがしかし、今はまだ猟兵としては駆け出しである。かの力は戦いの中で芽吹くであろう。これからの研鑽に期待する!」


 台本に書いてある最後の台詞だ。

 どうにか段取り通りに茶番を終えられたようである。





「大司教アーウィアと諸君らの名演に、乾杯!」

「「「「「「乾杯!」」」」」」


 用が済んだ冒険者たちを帰らせ、そのまま打ち上げに突入する運びとなった。酒場に雪崩れ込みたいところであるが、冒険者たちに顔が割れては困る奴もいる。仕方なくホームパーティー形式での開催だ。


「マッシモの熱演が見られなくて残念なのだ。随分役者だったそうではないか!」


 世話役の初老男はマッシモという名前だそうだ。確かに堂に入った熱演であった。先ほどの茶番ではドワーフ娘に蹴り転がされる雑魚役だったユートだが、身内の活躍を聞いて上機嫌な様子である。


「お戯れをお嬢様。事情があったとはいえ使用人の分際でジェベール家の名を騙るなど。子爵様の耳に入ることがあれば、何とおっしゃられることやら」

「ふはっ、お嬢より役に合ってたっスよ。もうオッサンが代官やればいいっス」


 酒さえ飲めれば上機嫌なアーウィアである。麦酒(エール)をガバガバ飲みながら、初対面のオッサン相手にも軽口を叩いている。怒られたらどうしようとか考えないのだろうか。


 ルーとニコは仲良くアイゼンの種を奪い合い、ボダイは凹ませてしまった鍋をどうにか元通りにしようと鎚鉾で小突き回している。名も知らぬ詩人はこそこそと革袋に酒を注いでいた。持って帰る気であろう。貧乏人根性の染み付いた連中である。




「なァ兄さん、こんなンで本当に弓を使えるようになンのか?」

 せっかくのお疲れ様会だというのに、ヘグンは何やら渋い顔だ。

「ああ、連中の様子を見るに大丈夫だろう。完全に信じ切っている顔をしていた」


 退室していく冒険者たちを思い出す。猟兵としての力を授けられ、自信と誇りに満ちた精悍な顔。そこに若干の照れ臭さをブレンドした、気味の悪い薄ら笑いの集団であった。危うくアーウィアが吹き出しかけたので、仕掛け人一同で歓声と拍手で誤魔化したものだ。


「そうじゃねェよ兄さん。連中、自分が『猟兵』とやらだって思い込んだだけだろ。そんだけで、触ったこともねェ弓が扱えンのかって話だぜ」

 歴戦の戦士だけに、素人が武器を扱う難しさを理解しているのだろう。

「――ふむ、説明すると長くなるのだが」


 ヘグンの酒盃に壺から葡萄酒をなみなみと注いでやる。この酒も小道具として用意した余りだ。スタッフが美味しくいただこうではないか。


「構わねェよ。納得行くまで聞かせてくれ」

「――むぅ」


 ユートの鳴き真似をすると、マッシモが顔を上げてきょろきょろし始めた。世話係としての条件反射だろうか。


 仕方ない、軽く情報共有をしておくか。

 そろそろこの辺りの話をしても、素っ(とぼ)けられることはないだろう。


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