心当たり
半壊した小鬼の集団を包囲することに成功した。
機動性に優れたニンジャを両端に据えた鶴翼の陣で攻め上げる本隊と、敵部隊の背後をとったアーウィアによる挟み撃ちの形だ。
「うらぁーッ!! 逃げんな、こっちこいやぁーッ!」
戦棍を振り回しながら司教が吼える。アーウィアの役割は威嚇による足止めだ。その後、包囲を狭めて殲滅に移る作戦となっている。
退路に現れたアーウィアを見て、小鬼たちが恐慌状態となった。金切り声を上げながら全力であらぬ方向へと走り出す。まるで頭を紙袋に突っ込んだ猫の群れである。小鬼どもが怯えすぎて予想外の動きをしているのだ。やり過ぎである。
「あいつは本当に魔法職なんだろうか……」
無防備に駆ける一体に素早く接近しムラサマを振るう。軽い手応えを残し、小鬼の身体が無残に両断された。走者アウトである。カタナが届く距離であれば、物の数ではない。
「ルー、向こうに逃げた奴を狙うのだ!」
「んにーっ! 『魔弾』!」
包囲を抜けようとした奴がユートに発見された。逃げ惑う小鬼の背中をエルフの魔弾が撃ち抜く。
「娘っ子ォ、そっちに行ったぞッ!」
「……ぅあぁぁぁ――ッ!!」
ヘグンが追い込み、駆け寄ったニコが跳躍。ドワーフ娘は小鬼を蹴り倒し、馬乗りになって短剣を振り下ろす。
「待てこら、最後の一匹ぃーッ!」
妙に足の速い司教が、逃げる小鬼に追いすがり戦棍で殴りつけた。そのまま滅多打ちの態勢に入る。まことに残虐な行いだ。
「うむ、一方的ではないか。後味の悪い戦闘だな」
「敵が弱いですからね。我らに非はありません」
善の僧侶が言うならそうなのだろう。気にすまい。もし誰かに怒られたらボダイに釈明していただこう。
朗らかな秋晴れの空の下、草生す丘を風が優しく撫でる。そんな光景を小鬼の血で染め上げて、ひとまず勝利である。
「……耳を持ってきました、アー姐さん」
「うっス、ご苦労。そいつで最後っスな」
小娘たちが切り取った小鬼の耳を革袋に入れている。前もって用意してきた耳袋である。
部位買い取りの報酬を出すのは我らがギルドだ。本来であれば俺たちには必要ない耳である。だが、ちゃんと回収しておかないと他の冒険者に拾われ換金されてしまう恐れがある。
「アーウィア、耳はいくつあった?」
「揃いで六体分あるっス。一体分駄目にしたんで、倒したのは七体っスね」
魔法の直撃で破壊されてしまった耳であろう。俺たちは換金目的ではないので惜しくはない。討伐数だけ把握できていればじゅうぶんだ。
「ふむ、あれだけ大騒ぎしてこの結果か。メシ代にもならんな」
「半日仕事で銀貨六枚ってか。駆け出しどもでも面倒がって手を引いちまうぜ」
ヘグンの言うとおりだ。今日一日頑張っても、冒険者全体で五十体も狩れたら良い方だろう。まずいペースだ。何か対応を考えないと冒険者たちも小鬼を狩ってくれなくなるだろう。かといって買取価格を上げるのは避けたいところだ。色々なところから借り入れをして自転車操業をしているギルドである。経費削減、財布の紐は固くせねばならん。
「迷宮で蟻ンコでも殴ってた方がマシっスな」
「あいつらは真っすぐだからな。今思えば好感の持てる相手だ」
敵を倒したというのに、残るのは徒労感ばかりではないか。
「ねぇカナタ、お腹が減ったわ。いちどお昼ごはんに帰りましょう? ユートの装備も何とかしないといけないわ。それにお腹も減っているの」
「――私を口実にするのではない。自分が空腹なだけではないか」
へなちょこ同士で不満のぶつけ合いが発生したようだ。
ルーは握っていた手の中からドングリをつまみ出し、ユートに向かって投げ付けた。先ほどの潜伏中にでも拾ったのだろう。ドングリはユートの鎧に弾かれて地面に落ちる。
「むぅ、やめるのだ」
「…………」
ユートの抗議をスルーして、無言でドングリ爆弾の二射目を敢行するエルフである。幼稚園児同士の小競り合いだろうか。この二人も慣れない野外活動でストレスが溜まっているのだろう。
おそらく、腹を空かせたエルフは拾ったドングリを食ったのだ。不味かったのだろう。それで余計に攻撃的になっているのだ。目に浮かぶようである。
「お嬢もエルフも仲良くするっス。メシなら食わせてやるっスから」
面倒見のいいアーウィアがドングリを投げながら仲裁に入っていく。こいつも拾っていたようだ。手持ち無沙汰だと人はドングリを拾うものらしい。確かに俺も同じ状況に置かれると、きっと拾うであろう。
「こうなるとルーは役に立たねェんだ。メシを食わせようぜ」
「カナタ殿、ひとまず街に戻って立て直しましょう。どうやら我らは準備不足だったようです」
満場一致な空気である。これ以上時間的なコストを支払っても、得られるものは少ないだろう。手に入るのはドングリくらいだ。
「そうだな、帰還するとしよう。ニコは先に川を渡って馬を用意してくれ」
「……はっ!」
ニンジャ一号の指示で二号が丘を駆け下りていった。タクシーを呼ぶのは下っ端の仕事である。
街に帰還すると、北門の近くに簡易のギルド交易所が設営されていた。
ディッジ小僧を見付け耳袋の中身を渡しておく。あまり耳など持ち歩きたくはないのだ。薄気味が悪いではないか。
「この六体分と未回収が一体だ。他所のパーティーはどうなっている?」
「旦那以外はまだ交換に来てませんね。こっちからも眺めてましたけど、苦戦しているんですか?」
ディッジは小鬼の耳を数えて耳帳簿を付けている。
「駆け出しでも狩れる程度だが、逃げ足が速くてな」
「そうですか……。実は二組ほど戻ってきたパーティーがあるんですが、ここを素通りしてったんですよ」
何やら愉快そうに鼻を鳴らし、ディッジは耳を壺に放り込んだ。いずれあの壺が耳で一杯になるのだ。ぞっとする話である。
「――なるほどな。冒険者たちも馬鹿ではないか」
「ええ、うちが買取価格を上げるのを待ってるんでしょうね」
あくまで冒険者ギルドは互助組織である。お互いに利益があって初めて成立するのだ。好んで安い仕事をしたがる奴などいない。この状況下で小鬼を狩れるくらい頭の回るパーティーなら、報酬が適正価格に修正される可能性も考えるだろう。
「それで、値上げはするんですか旦那?」
「まさか。余計な小遣いなどくれてやる気はない」
「へへっ、そう言うと思いましたよ」
ディッジは嬉しそうにせせら笑った。悪の成金たちが浮かべる笑顔にそっくりだ。金勘定が絡むといい顔になる耳小僧である。
「こちらで考えがある。上手く事が運べば値上げなど必要ない」
「わかりました。旦那の手腕に期待してます」
陽気な蛙亭に趣き、ランチと洒落込むことにする。
俺とアーウィアはここ以外に飯屋を知らないし、出される料理も日替わりオンリーである。要するに、いつもと同じ昼食だ。
「冒険者たちに弓矢を導入しようと思う」
「はぁ、いきなりっスね」
人数が多いので二卓に分かれ、メシが出されるのを待ちながら作戦会議だ。
「迷宮では使い手がいなかったが、別に禁止されてるわけではあるまい?」
「そりゃそうっス。わたしの村でも、猟師が弓で鳥とか兎なんか獲ってましたよ。弓矢がなけりゃ生活してけねーっス」
やはり弓を持ち出すこと自体には問題ないようだ。いくら文明度が低い世界とはいえ、弓が存在しないわけがない。石器時代の遺跡からも矢じりなどは出土しているのだ。いくらこいつらが蛮族だとはいえ、原始人よりは文明的であろう。
「まぁ、俺ら冒険者にゃ馴染みがねェな。宝箱からは出ねえし、弓を扱えるって職業も聞いたことがねェ」
「冒険者ではないが、衛兵たちなら弓を使えるのだ」
「とうぜん、猟師も弓は上手いですね」
おそらく、例のレトロゲーシステム的に排除されていたのだろう。
思えば弓にしろ槍にしろ、間合いをとって戦える武器である。真正面から殴り合いをするより明らかに有利な得物だ。使わない方がおかしいではないか。
「ねえ、ごはんはまだかしら? おなかがへってうごけないわ」
「……動かず待ってれば出てきますよ。そうすると弓の訓練ですか?」
当然そういう話になるだろう。心なしかエルフの耳が萎れているような気がする。耳に蓄えていた栄養を消費しているのだろうか。
「そんなすぐ慣れるもんでもねーっスよ。今から弓手を育ててる暇なんかあるんですか?」
アーウィアの言うとおり、あまり悠長にしている暇はない。
しかし、何とかなりそうな気がするのだ。ニンジャには少々心当たりがある。