藪の中
「カナタ殿、耐え切りますか? 奴らとて石の数には限りがあるはずです!」
小鬼の投石に円盾を向けているボダイが俺に問う。
そういえばこの僧侶は兜も被らず禿頭を丸出しにしているが大丈夫なのだろうか。戦場に立とうというのに、安全意識がまるで感じられない格好だ。昨今は自転車に乗るにもヘルメットを被るものである。
「いや、これは攻撃というより威嚇だろう。石がなくなっても手当たり次第に物を投げてきそうだ。もしかしたら、糞とかを投げてくるかもしれん」
動物園の猿とかがたまにやると聞く。効果があると知られれば、喜んで投げてくるであろう。そうなれば大惨事である。
「そいつァ……弱ったな……」
「そうですね……むしろ対策を急ぐべきでしょう……」
「……か、回避すれば大丈夫、です……」
俺の一言でパーティー全員の顔が暗くなってしまった。投げつけられるなら石の方がマシである。普段は無表情なニコですら動揺している。
「ぐ……うおぉ――ッ! 『火散弾』ぁッ!」
怒号と共に駆けだしたアーウィアが魔法を放つ。しまった、ニンジャが余計なことを言ったせいで小娘が精神的に追い詰められたか。
撃ち出された火球は、小鬼に届く直前にかき消えた。射程外である。
「落ち着けアーウィア、一人で飛び出すな!」
「ぐわぁぁッ! ごぉぉぉ――ッ!!」
暴走するアーウィアは、戦棍で自分の盾をばんばん叩きながら小鬼に向かって丘を走る。鬼気迫る表情だ。怒りと暴力を体現したかのような姿である。
これには敵も味方もドン引きだ。怯える小鬼たちが石を捨てて逃げ出していくのが見えた。
敵を追い散らしたアーウィアを落ち着かせ、丘を登り始めた一同である。せめて相手に高所の利を与えることは防がねばならない。
「魔法で仕掛けるにしても、もっと接近する必要があるな」
「でもヤツら、近づくと下がっていくっスよ。意外と足がはえーっス」
「困ったな、迷宮だとこんなことはなかった。これでは、まともな戦闘にならんではないか」
「わたしら、壁がない場所で戦ったことねーっスからね」
戦力ではこちらが圧倒しているだろうが、一向に戦闘が始められない。俺たちが近寄れば逃げていく。当たり前だ。わざわざ有利な攻撃手段を捨てて接近戦に付き合ってくれる義理はないのだ。小鬼だって馬鹿ではあるまい。
「急ぎましょう。のんびりしていると小鬼が戻ってきます」
「そォだな、まずは上まで登ろうぜ」
「――ねぇ、みんな待って。ユートがバテてきたわ……」
ルーの声に振り返ると、確かにユートの歩みが遅れている。見るからに足が上がっていない。膝もぷるぷる震えていた。
迷宮への丘と違い、この丘は道が悪く体力を使うようだ。工房へ通う職人くらいしか通らないので、ろくに整備されていないのだろう。それにしても無様な姿である。鎧ばかりがご立派だ。
「当たり前っスな。そんな鎧着てるからっス」
呆れ顔のアーウィアである。
「――そう言っているルーだって、今にも吐きそうな顔をしているのだ……」
ユートの抗議を受けてエルフの方を見る。顔色があぶない感じだ。笑おうとして失敗したような奇妙な表情を顔に貼り付けている。下手に触れると起爆しそうな雰囲気を感じる。
「そっちのエルフは体力がないだけっスな」
かつて迷宮と商店の往復マラソンで鍛えられたアーウィアは飄々としたものである。魔法職として期待されていなかった分、体育会系の方向へばかりすくすくと育ってきたのだ。
「仕方ないな。ニコ、先行して場所取りをしておいてくれ。すぐに追いつく」
「……はっ!」
こちらも体育会気質が染み付いているニンジャ二号だ。号令一つで駆け出していった。気持ちがいいくらいのパシリっぷりである。
思えば、揃いも揃って脳筋やら素っ頓狂な人材ばかりのパーティーだ。知性派キャラを担当しようという気概のある奴が皆無である。
どうにか丘を登り、見晴らしのいい場所に陣取ることができた。
萌え声のお荷物と耳の長い危険物を休ませながら戦略を練るとしよう。
「接近戦は無理だな。やはりこちらも遠距離攻撃で対抗しよう」
「そうは言うが兄さん、魔法でも厳しいぜ。どうすんだ?」
「……アー姐さんの魔法、もうちょっとで届いたんですけどね」
さっきの様子だと、おそらく攻撃魔法の射程はテニスコートの長い方くらいだろう。俺はテニスの心得などないので何となくの感覚である。
何にせよ、距離を詰めるための一手が必要な状況だ。
「他所のパーティーもうまくいってねーみたいっスな」
アーウィアは腕組みをして丘陵一帯を眺めている。ぽつぽつと五、六人ほどの集団が、俺達と同じように開けた場所で身を寄せ合っていた。やはり作戦会議でもしているのだろう。
「……あちこちの茂みや窪地に小鬼が隠れています。冒険者の隙を伺っているみたいですね」
よくよく目を凝らせば、確かに物陰となった場所に見え隠れする小鬼らしき姿があった。
「よし、ここは待ち伏せしかあるまい。人間様の知能を見せつけてやろうではないか」
「わたしはエルフです。こんにちは」
「……ドワーフです」
「知ってるっス。で、どうやるんスかカナタさん?」
小鬼相手に遊撃戦の展開である。実に泥沼の様相を呈してきた。
アーウィアの円盾をユートに持たせ、三人の盾係に囲まれて一団は丘を下っていく。途中、いい感じの草むらがあったので、こっそりとアーウィアを植えた。そのまましばらく下って灌木の茂みにエルフを隠す。
「よし、仕込みは上々だ。予定の地点まで進むぞ」
「うまく動いてくれるでしょうか?」
「なに、警戒はするだろうが深く考えはしないだろう」
先ほど小鬼から投石を受けた辺りまで移動すると、丘の上に小さな人影が現れた。狙い通りである。
「やはり連中、自分たちが有利な場所に陣取ったな」
「しょせん小鬼だね、行動が単純なのだ。期待通りの愚かさだよ」
全員で『お前も似たようなものだ』という言葉を飲み込み、そのまま後退して小鬼をおびき寄せる。予定地点へ到着だ。
「よし、盾を構えろ。ニコは石を投げて挑発してやれ」
「おう、そんじゃァ始めるか」
「……お任せを」
丘の上下で小鬼さんチームとニンジャさんチームに分かれ、石投げ合戦が始まった。相変わらずニコの投石はでたらめな方向へと飛んでいく。対する小鬼たちの石は概ね狙い通りに俺たちのところへ降ってくる。
ニコが白熱するほど投球のコントロールは失われ、小鬼たちは見せつけるように伸び伸びと良い球を投げる。完全に負け試合の流れである。
「ニコ、熱中しすぎるなよ。そろそろだ」
俺も投石を回避しつつ、小鬼たちに届かない程度に石を投げ返す。
「……ぐぅ、すみません」
両チームの肩が温まってきた頃、敵マウンド脇の灌木が揺れる。ぱきぱきと小枝の折れる音をさせながらルーが姿を現した。
「ふあーっ! 『氷嵐』!」
エルフの魔法が側面から相手投手陣を襲う。小鬼たちの半数が冷気の渦に飲まれた。氷片が小鬼を切り裂き、噴き出した血液さえ凍らせながら嵐が吹き荒れる。
「奇襲成功だ、追い込むぞ!」
ニンジャ二人で左右に展開し、盾持ちの三人はのたのたと丘を上る。小鬼たちは頂上を目がけて一目散に逃げ出した。奴らの向かう先にあるのは、アーウィアを植えた草むらである。
「おらぁッ! 『魔弾』! かかってこいやぁー!!」
草むらからアーウィアが飛び出し、先頭の一体を魔弾で撃ち抜く。そのまま小鬼たちの行く手を塞いだ。
ようやく小鬼討伐が始まった。
ここまで長かったものである。