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ニンジャと司教の再出発!  作者: のか
異世界 2.0
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ノームとゴブリン


 最近営業頻度の減ってしまったパン屋兼風呂屋の前を通り過ぎ、北門から街を出る。


 街の境界には形ばかりの壁が設けられていた。城壁のような立派なものではない。適当に石を積んでみたり丸太が立てかけられていたり、真似だけしてみましたといった風情である。

 門の方もただの木枠だ。扉すらない。高すぎる物干し台みたいな感じだ。



 北門から川を挟んで向こうに、なだらかな丘陵が続く。いくつかの工房がぽつりぽつりと建ち並んでいた。

 水と同時に火を扱う施設が多いのだ。万が一の出火に備えて隔離されている。街は木造家屋ばかりなので、火の手が上がればあっという間に燃え広がってしまうことだろう。大きな火の扱いは外でやれという方針らしい。


 丸太を三本渡しただけの橋を通って坂道を登り、目的の工房へたどり着く。

 ノームの爺さんたちがやっている窯元だ。




「御免、爺さんはいるか?」

「おっスー、ギルドから来たっスよー。骨っスー」


 粘土をこねたり足で踏んだりしている連中に声をかける。どいつも白いナマズのようなヒゲを生やし、頭に手拭いを巻いている。ここの職人たちだ。


「ほぅ、来おったか。ちょっと待っておれ、仕上げてしまうでの」


 白ナマズの一体から返事が戻ってきた。粘土を踏んでいた小さい爺さんだ。

 ノームという種族である。土いじりが大好きな種族らしい。どいつも見た目がほぼ一緒なのでいまいち判別がつかん。髪型から靴まで丸被りした女子大生みたいな感じである。お互いに気まずそうな表情をしていない辺りは違う。流行に敏感すぎるのも考えものだ。


 この街に出回っている壺だの瓶だのは、だいたいこの窯で焼いたやつらしい。

 我らがギルドが新しい企画を持ちかけている取引先である。



「すげェ匂いだな。アンタら何ともねェのかよ?」

 ヘグンが木箱を置いて鼻をこする。そのまま豪快にくしゃみをした。

「もう慣れたでの。鼻が馬鹿になったわい」


 濃厚な豚骨スープの香りである。豚ではなく大蝙蝠(ジャイアント・バット)だが。

 ここの火をお借りして蝙蝠の骨を煮込んでいるのだ。


「肉の匂いもですが、ニンニクの方も結構なものですね」

「ねぇ、くさいわ。耳がもげそうよ」

「……どこから吸ってるんですか」



 ひとしきり粘土をこね終えたノームの爺さんが裸足でぺたぺた寄ってくる。骨と皮ばかりの小柄な老人だが、見たところ結構な力仕事だ。きっと能力値は高いのだろう。


「そこの鍋は仕上がっとるだろう。持って帰ってくれ」


 窯で焼く前の壺が並ぶ中、大鍋が火にかけられている。覗き込むと、脂だの屑肉だのが浮かんだこってりスープがふつふつと煮立っていた。これを限界まで煮詰めると(にかわ)になるはずだ。竹馬を作るときに使った接着剤である。


「見た目はひでーっスな。腐ってるようにしか見えんス」

「……このくらいなら大丈夫です」



 前から気になっていたのだが、この街の栄養事情は炭水化物に偏り過ぎているのだ。俺たちだって酒と干し肉ばかり食っていたわけではない。食事のメインはあくまで、泥のような粥や木屑のようなパンだったのだ。

 この街は農村ではないのだ。輸送と保管の手間を考えると、どうしても穀物主体になってしまうのだろう。米とパスタばかり食っている貧乏学生みたいなものである。スーパーが近いならうどん玉でもいい。たまに一玉も残っていなくて愕然とすることがある。


 そこでギルドより、栄養満点なスープのご提供である。動物性のタンパク質と脂質が豊富であろう。コラーゲンもたっぷりだ。栄養不足な地元の方々に、いいものを食べていただきたいという純粋な親切心である。

 原材料について聞かれたら『いろいろ』と答えておこう。



「用はそれだけか? 別に急がんでもいいだろう」

「匂いにつられてゴブリンどもが集まっておる。火を止めると鍋に入られるぞ」

「そうなのか。それは困るな」


 工房を見回す。床は一面が土間になっている。火を使うので壁も土壁だ。


 壁の低いところを這い回る小さな黒い影があった。

 褐色の肌に六本の手足、長い触角を振っている。ゴブリンだ。


「森が近いっスからね。どうしても寄ってくるっス」

 アーウィアが戦棍でど突いてゴブリンを倒した。

「こりゃ、壁が割れる。とにかく何とかしてくれ。ゴブリンどもに住み着かれては仕事の邪魔になるでの」


 爺さんは迷惑そうな顔で(ほうき)を持ってきてゴブリンの死骸を外に掃き出した。下手に転がしておくと粘土に練り込んでしまうのだろう。


「わかった、ギルドの方で手を回しておこう。明日からは鍋を引き取りにこさせる」

「そうじゃの。ついでにゴブリン退治もしといてくれ」


 ゴブリンは一匹見かけたら数十匹はいると言う。繁殖力の高い奴らだ。大量発生したゴブリンが街に押し寄せたら大問題になってしまう。経費はかさむが対処は必要だ。


「仕方ないか、討伐魔物にゴブリンも追加だ。部位など持ってこられてはかなわん。討伐数の確認はそちらで頼む」

「骨も使う分だけ持ってくるがよかろ。置いとくとゴブリンが寄ってくる。余った骨は焼いてしまうでの」


 ということは、せっかく俺たちが持ってきたこの骨も焼いてしまうのか。何だか損をした気分である。




「思ったより臭みは気にならんス。慣れればこんなもんスね」

「塩気が足りねェな。そこは冒険者向けじゃねェ」

「ちょっと脂がしつこい気がします」

「あら、おいしいわ。これは何のスープなの?」

「……おかわりしていいですか?」

「ほぅ、これはなかなか精が付きそうだの」


 何だかんだ言いつつも、結局全員でスープの味見をしている。

 しょせんこいつらは蛮族である。他のやつが食ってて美味そうなら自分も食ってしまうのだ。一口食ってしまえば、後はなし崩しである。ちょろいものだ。


「悪くないな。宿へ持っていって女将と飯屋の大将にも味見をしてもらおう」


 何だかんだ言って俺も味見をしている。もう警戒するのも面倒くさいな。普通に食ってしまうか。



 今回の企画はギルドと窯元と宿屋に加え、陽気な蛙亭の協賛を得ている。

 俺とアーウィアが贔屓にしている飯屋だ。この鍋も貸してくれた。アップデートの煽りを受けて、食材の仕入れが追いつかなくなっているそうだ。無駄飯食らいの冒険者が増えたせいである。

 代官様の認可を受けて食糧の手配をしていると申し出たら簡単に信用してもらえた。知人に権力者がいると話がスムーズだ。今度ユートにも礼をしないといけないだろう。いい飯屋を知っているので新作のスープでもご馳走しようか。



「それでは骨は引き上げるでな。本当にこれが役に立つのかの?」

「よく焼いて粉にしてくれ。詳しいことは知らんが追々形にしていこう」


 骨は焼き物の方にも利用するつもりだ。確かボーン・チャイナとかいうお高いティーカップなどは(ボーン)をどうにかして作っていたはずだ。うろ覚えの知識で『きっといい焼き物ができる』と窯元を口説き落としたのだ。無責任なことを言うニンジャである。


 一部は肥料として撒く予定だが、こちらも知識不足なので少しずつ実験をするしかない。下手なことをすると畑を駄目にしてしまう恐れがある。そんなことになると縛り首だろう。どう言い繕ったところで、骨を撒いて畑に呪いをかける怪しい男でしかないのだ。




 ヘグンと二人で大鍋を搬出する。二人がかりで鍋を運ぶなど給食当番以来だ。


「ついでにニンジャ式高馬も取ってくるっス。追いつくんで先行っててください」

 アーウィアは木工職人の工房へと走っていった。


 竹馬を修理に出していたのを忘れていた。前に雨の中を乗り回したせいで踏み板が不安定になってしまったのだ。


「そこ、ゴブリンがいるわ!」

「……始末しました」


 地面を這っていたゴブリンをニコが一突きで仕留める。短剣を振って死骸を草むらに放り捨てた。かつての愛刀をそういう風に使われるのは内心複雑である。



「交通の便も悪いな。道も整備したいものだ」

「その辺りはギルドの扱う話ではないと思いますが……」


 そうは言っても何かと大変なのだ。鍋など抱えていると特にである。うちには竹馬しか乗り物がないのだ。乗ると楽しいだけで移動手段としては役に立たない。


「姉御が走ってきてるぜ。結構な勢いだ」

「……さすがアー姐さんです」


 竹馬に乗ったアーウィアがもの凄い速度で追いかけてくる。やめろ、そういう力技での解決は望んでいない。俺は技術で何とかしたいのだ。




 宿に鍋を担ぎ込み、ようやく雑用から解放された。後は料理人に任せよう。

 そのまま流れで酒場に入り、安酒をかっ食らう一同である。


「アーウィア、俺の本業は何だ?」

「うっス、ニンジャっス」


 こんなことばかりやっているから職業がころころ変わってしまうのだ。

 さっきまで俺の職業は『ギルド職員 Lv.(レベル)2』であった。一体何なのだ。高レベルになると決裁の速度が上がったりするのだろうか。


 ゴブリン対策も手配しないといけない。

 確かに、ニンジャというよりは保健所の人か何かである。


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ゴブリン…?長い触感…??
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